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 個人経営店のフレンチというのも、かえってよかったな…――と俺は満たされた想いで自然ほほ笑みながら、ガランガラン、とドアベルの鳴るガラスのドアを押しあけ、「どうぞ」と身を()けて、ユンファさんを先に外の夜の歩道へとおす。  その歩道は都心部近くの街中ともあり、いまだ比較的に明るい。 「…………」  すると俺には一瞥(いちべつ)もくれない、目を伏せた仏頂面で――店の人にはあれほど愛想がよかったというのに、ね…――、当然のようにユンファさんはさっさと外へ出たので、俺は最後に店内へ――出入り口対面のレジの前に立ち、俺たちを笑顔で見送ってくれている店員のご婦人と、シェフのご店主――へ笑顔でふり返り、ペコリと会釈をしてからユンファさんにつづく。  ……ガランッ…カランカラン…と音を立てながら、俺の背後でドアがゆっくりと閉まってゆく。  秋ともなると、やはり夜は冷え込むな…――。 「寒くなってきましたね…。どうぞユンファさん」  と俺は、上は水色のパーカ一枚――なお下は黒いスキニーのダメージジーンズ、白靴下に白いスニーカー姿――のユンファさんの肩に、自分のベージュ色のトレンチコートをかける。  先ほど店に入り、座席についたなり脱いだこのトレンチコートであったが、俺はこの冷え込みを見越して、それを着ずに腕にかけて外に出たのである。  ……するとまあ、俺の服装はなかなかに軽装となってはしまうのだが――白いカッターシャツに黒いフォーマルベスト、臙脂(えんじ)色に紺と白ストライプのネクタイ、黒スラックスに茶革のベルトと、黒い靴下に茶の革靴――、もとより俺は、筋肉量のおかげか基礎体温は高いほうである。  いや、それより何より、俺の愛するユンファさんが寒い思いをしないことのほうが大事…――もっといえば、(彼の彼氏候補として)俺の株を上げることのほうがよっぽど重要である。 「貴方がお風邪を召されては大変ですから…」 「……んあ? いいって別に、…」  と、しかしユンファさんはうざったそうに眉をひそめると、肩にかけられた俺のトレンチコートをつかみ、それを浮かせて退かそうとする。  ところが俺は無論それを許さず、彼の肩をトレンチコートごと両方つかんでそれを阻止する。 「いやいや、そうご遠慮なさらず…。ふふふ…」 「…っおい違う、遠慮なんかじゃ、…別に大丈夫だって、…そもそも、あとはもう帰るだけ…」 「ええ、家まで送りますね。…さあ行きましょう」  と俺はユンファさんの肩を抱き――ながらトレンチコートを押さえ――、夜となってもいまだほの明るいこの街の歩道を歩きはじめる。  するとユンファさんも俺の歩度にあわせて歩きだしたが、…彼は迷惑そうな怪訝(けげん)な顔をして俺を睨みつけてくる。 「君、僕を何だと…」 「俺の最愛の人。んふふ…」 「…ああ、あっそ…、いや何を勘違いしているんだか知らないが、…僕は女じゃないんだぞ……」 「ええ、勿論存じておりますよ。」  ……誰がこの長身の美男子を女だなどと勘違いするだろう? というかそもそも俺はゲイなのだから、女性相手にはこんなことはしない。――それでその女性に勘違いをされたところでも、俺も困るしお相手も何かと損をするだけ、と、お互いにメリットなど何一つないからである。 「まさか君、僕が夜道で襲われるとでも思っているのか……」  とユンファさんはげんなりとした半目で俺を見てくる。俺は「ええ」と彼にうなずいて見せる。 「…そりゃあ襲われないとも限らないでしょうね。…貴方ほどお美しい方を付け狙う(やから)は、何も……」  俺ばかりではない…――が、これは言うに及ばないことである。…かえって言えば株が下がる。  せっかく今日はなかなか良い感じだというのに…そのようなあまりにもったいない、迂闊(うかつ)な真似はするべきではない。 「何も…(みな)()()()()()()()()()()()をしている…、とも、限りませんからね……」 「ああ、お前のようにな…」 「……、…ところで」  ………俺はゆっくりと歩きながら――本当はまだ家に帰るのが惜しい、まだ貴方と一緒に居たい…、少しでも長く一緒にいるために、せめてこの帰りの道はできる限りゆっくりと行きましょう…というのを、ユンファさんにアピールするための歩調だ(デートにおけるテクニックの一つである)――、彼のげんなりとした顔に優しくほほ笑みかける。 「ご満足いただけました…? 高級フレンチではありませんでしたけれど……」  そうなのである。  その実、俺たちの夕食は先ほど出たばかりの、あの個人経営のフレンチ料理店で済まされた。  それこそユンファさんは、俺の家から出てショッピングモールへ向かう道で、要は「高級フレンチを(おご)れ」と俺に要求してきていたわけだが――俺もそれを(だく)し、その約束となっていたわけだが――、…しかし同じフレンチ料理でも、先ほどの店は「高級」とはいえない店であった(もちろんそれでも大変美味しかったので、それで高級かどうかというのをいまだ気にするのは不粋(ぶすい)な話ではあるのだが)。  ――とはいえ、である。  そもそも俺は、ユンファさんとのその約束をやぶるつもりなど毛頭なかった。  ……あのカフェを出たあと、俺たちはそのままショッピングモールをまわってウィンドウショッピングをした。もちろん手を繋ぎながらである――彼はいちいち『また手を繋ぐのかよ』というような嫌々な反応はしていたわり、やはり俺の手を振りほどこうとはしなかった――。  楽しい時間であった。  ユンファさんもどこか楽しんでくれているような、そんな気がした。――無論彼は目に見えてはしゃいでいたわけでもなかったが、ただいつもより少し口数が多かったし、ふっと笑顔をうかべる瞬間もけっして少なくはなかったように思う。  ちなみに俺は、本当にユンファさんには何でも買ってあげるつもりで、ウィンドウショッピングをしていた。…しかし彼はどこへ行っても――たとえば高級ブティック、高級宝飾店はもとより、比較的安価な品ぞろえの雑貨屋、ファストファッションブランドの服屋、それから百円均一店などで――なにを見ても、自ら「欲しい」とは一度も言わなかった。  ……それどころか、俺が『これ買いましょうか?』と勧めても、要らない、趣味じゃない、と答えて、…要するに俺には何も買わせてくれなかったのである――それこそ俺がそのウィンドウショッピング中に買ったものといえば、コーヒーチェーン店でのアイスコーヒーやアイスティーくらいのものであった(それは言うまでもなく歩いていて喉が渇いたからだが、それだって俺が主導して買ったものなのだ)――。  俺はユンファさんのその態度に、なんとなし心の距離を感じた。――これで何かをねだって俺に買ってもらえば、自分は俺の彼氏にならざるをえなくなってしまうかもしれない(物品で交際を強要されてはたまったものではない)、だとかと思われているような気がしたのである。  また彼が欲しいといえば何だって――マンションの一室をすら――(みつ)いでいるという他の男らより、俺はともすれば彼の心の内に入れていない存在なのではないか、とも思えた。  ……しかし、…楽しく話しながらのウィンドウショッピングもそこそこに、時間的に夕食のことを二人で考えはじめた頃――俺は彼との約束通り、このへんの予約なしでもすぐに入れる高級レストラン(もちろんフレンチのコース料理を提供している店、かつドレスコードも厳しくない店)をいくつか頭に思い浮かべた。俺はこのあたりに住んでいる上に――ユンファさんと関係を深める前までは――よく「遊んで」いたので、条件にあう目ぼしい店を何件か知っていた。  そして俺はある一軒の店に決め、ユンファさんと手を繋いだまま歩き出してショッピングモールを出た――幸い歩きで行ける距離にある店であった――が、…  ……ところがユンファさんは、俺と暗くなった道を歩いているさなかに目についた、あの個人経営のフレンチ料理店が気になる、そこにしようと自ら言いだして、…それで俺たちはその店で夕食をとることになったのである。  なお俺はもちろん構わない、と答えた。  だが…少なくともフレンチ料理ではあれど、どうも「高級」とつく店ではなさそうだが…――実際高級フレンチに比べれば安い店であった。とはいえフレンチ料理、それもその日仕入れたこだわりの食材を使っているともあって、それはあくまでも「高級フレンチに比べれば」という基準での話ではあったが――、…俺はひょっとして試されているのかと思い、念のため彼に『本当にこのお店でいいんですか…?』と確かめた。  ……が、ユンファさんは(自分が言い出したあの「約束」を忘れているのか)きょとんとして、『……? いや、君が嫌なら別のところでもいいけど…』と言ったのである。  俺は彼に首をかしげて見せた。 『今、実は高級フレンチの、あるレストランに向かって歩いていたんですけれど……』 『……そうなのか…? いや、べ、別に僕はどこでもいい、本当に……』  などとユンファさんは気まずそうに目を伏せた。  ……やはり忘れていたのだろう。 『…はは…、…だけれど、ユンファさんはここが気になってらっしゃるんですものね。――今夜はここにしましょう。』  俺はいささか困って笑ったが…――そんなところも何か愛おしく…――ということで結局、ユンファさんが気になっているというその店に入った。  個人経営の店ともあって店内は狭かった。  客の入りも少ない。俺たちの他には角席の老夫婦だけであった。  だが、その個人経営だからこそのおしゃれな――しかし「(高級レストランのように)洗練された」というよりか、長年愛されているのだろうこの店におとずれた客の少しだけ特別な日、特別な記念日の様子が、店のどの席を目にしてもそのたび、ふとこの目に浮かんでくるような、そうした――味のある、ロマンチックな装いの店内であった。  俺たちは店のご婦人に案内されるまま窓辺の席に座った。――夜の帰宅途中の人々の行きかいが覗かれる窓辺には、使い古されたアンティークの燭台(しょくだい)に、火のついた赤いろうそくが立てられていた。  ……偶然ユンファさんの目についた店とはいえ、記念すべき俺たちの初デートの締めくくりには、よっぽど高級レストランよりもふさわしい店であったかもしれない。――今日という日が俺たちにとっての「記念日」のひとつになるのだ。そしてこの店が、殊更(ことさら)特別な、俺たちの「想い出の店」のうちのひとつとなるのだ。  俺はそうしておだやかに感慨深くなった。そう思わせるに十分なほど素敵な店であった。  そして、俺と向かい合って座ったユンファさんは少し疲れたのか、つやのある(あお)白い顔をしていた。同じくつややかな目の下もクマらしいあわい赤味が差している。  しかしその歩き通しで汗ばみ疲れた感じが、そのつややかなまっしろな肌が、その泣いたあとのような目の下の赤らみがまたどうしようもなく(はかな)げで、恐ろしく色っぽかった。――彼は疲れ顔でもなお見とれてしまうほど美しく、むしろその青ざめた肌をろうそくの火がやわらかく照らしてあたたかみを与えているのが、その毛穴のみえないなめらかな痩せた頬や切れ長の目もとや高い鼻のつやが、その揺らぐ小さな灯火(ともしび)を映さんばかりであるのが、彼のその儚げな美貌をなおあでやかに引き立てていた。 『あぁ…貴方は本当にお美しいな……』  俺が見とれながらそううっとりと賛美すると、ユンファさんはふっと眉尻を下げて笑った。 『…君、恥ずかしくないのか? …って、…いつもその調子か…――今更だな。』 『ええ。貴方が美しいと思ったら、どうも口に出さねば気が済まない性分なものでね。』 『……ふぅん…』とユンファさんは鼻を鳴らしながら、――いつものように嫌味を言うわけでもなく――少しだけ顎を引いて、対する俺を、そのうるんだような光沢のある薄紫色の瞳で優しく見つめてくる。 『……ねぇソンジュ…』 『なんです…?』 『……デートって、こんな感じなの?』  とユンファさんが目を細めて、対面の俺にニコッとほほ笑みかけた――それはそれこそ花がほころぶような、とはまさにこの笑顔、といえるあまりにも美しく愛らしい微笑であった――。 『ほら僕、あんまりよく知らないって言っただろ。…みんなこんなことしているのかなと思って、…その、デートでは…――デートをする奴らっていうのは、みんな…こういう感じなのか?』 『……、…』  俺は一瞬面食らってしまった。  ユンファさんのその愛らしい笑顔にときめいたのは言うまでもないことである――何か、初めてこれほどまでの彼の笑顔を見たような気がする――が、 『え、…ええ…まあ…、…まあしかし、カップルそれぞれとは言えることでしょうけれど……』 『…そっか。…知らなかったな、初めてこんな…』  俺に…俺にだけ向けられたユンファさんのその微笑は、決して子どもっぽくはなく、むしろ大人の色気を感じさせる上品なものではあったが――どうしてか俺の目には、どことなくあどけない、無邪気なもののように見えた。  ……普段シニカルなユンファさんも…、こんな顔をするのか、と…俺にはどうも意外に思えてしょうがなかったのである――もちろん普段冷艶(れいえん)な彼のそうした顔を見られて、あまりにも嬉しかったし、ドキドキと胸も高鳴ったが――。 『…こんなに…、……』  しかし彼は、その先を言い渋った。  儚げに眉尻を下げ、そしてふと目を伏せ…――困り笑顔を、うつむかせた。 『……楽しかった、ですか』  俺は微笑しながら、声をやわらかくしてそう聞いた。きっとそう言いたかったのだろうと思ったのだ。しかし『全然』と、ユンファさんはすぐに低い声で答えた。といって、彼は伏せているその顔をほほ笑ませたままであった。 『いいや、楽しくなんかなかった。ちっとも…、馬鹿馬鹿しい…――そもそも僕は、死にたがりの君に死なれちゃ寝覚め悪いから、仕方なく付きやってやっていただけだし……』 『…そう…。ふふ、本当は楽しかったくせに。全く素直ではない…――ところで、次のデートは何処(どこ)に行きます?』  ……などと俺は――とまれかくまれ、ユンファさんのその微笑に「手ごたえ」を感じ――次のデートの約束を取り付けようと試みた。  しかしユンファさんは目を伏せたまま、『楽しくなかったのに次なんかあるわけないだろ』とツンケン答えたが。  ちなみに彼はあのフレンチ料理店においても、申し分なく愛想がよく礼儀正しかった。  ありがとうございます、いただきます、ご馳走さまでした、そういった挨拶はもとより欠かさず、また店員のご婦人やご店主に――であれば(あれきり照れ臭そうで、俺には少々冷たかったが)――微笑して、さらにはテーブルマナーまで完璧、また食べ方にも非常に品があり、「美しい」といいたくなるほど(そつ)がなく綺麗であった。  ――さて、俺はユンファさんの肩を抱いて道を歩きながら、「高級フレンチではなかったが、満足できたのか」と彼に聞いたろう。  ぼんやりと何かもの()げに目を伏せながら、俺の隣を歩いているユンファさんの答えはこうである。 「……ホテル…行こ……」 「……、…は…?」  ……いや、厳密には「答え」ではなかった。    ×××   ×××  皆さま、お久しぶりでございます…!  いつもありがとうございます!  昨日(というか厳密にはおととい)告知させていただきました通り、今回より当作の更新を再開させていただきます。 ※なお更新休止のご報告文にあったとおり、そちらの文章は、皆さまに作品をお読みいただくにおいて邪魔になりそうな気がするので、削除させていただきました。  ただ、現在連載中の「ぼくはきみの目をふさぎたい」ならびに「春さる神代の記憶(略)」と並行しての更新となりますので、当作の更新は最速で「二日おき」となりますこと、当作をご愛読くださっている皆さまにお詫びもうしあげますと共に、ご了承いただければ幸いです。 ※なお具体的な順番は、「鍵(当作)」→「目」→「春」→「鍵」……となります。 ※僕の私生活の運びやコンディションによっては、二日おき以上にお時間をいただいてしまう可能性もございます。申し訳ありません…><  改めまして、これまでの休止期間中、お待ちくださっていた皆さま、そしてそのあいだにも応援のお気持ちを下さいました皆さま、本当にありがとうございました! 大変おまたせいたしました……!  今後ともぜひよろしくお願いもうしあげます。ラブ! 🫎藤月 こじか 春雷🦌 ※余談ですが、表紙絵を微修正&「鍵」は大幅変更しました(というか編集データぶっとんでてそうせざるをえませんでした…)。よろしければチラリとご確認いただけたら嬉しいです! またあらすじ等も変更するかも…な予告だけさせていただきます。よろしくお願いします。 あ…あと、久しぶりに読まれる方向けに、二人の服装を今回のやつに盛り込んでおきましたが、くどかったらすみません(ノД`、) 鹿!

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