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しかし俺がスキンを着用してゆっくり…ずぷぷぷ…と挿入をしてゆくと、そこではじめてユンファさんは――後ろ頭をあずけるまくらの端をぎゅうっと握りしめ、またその黒い長いまつ毛を伏せたまま、眉をひそめながら――、
「………ぁ……♡」
と上ずった声のような吐息のような音を、その薄くひらかれた赤い肉厚な唇からこぼし、…そっと目をつむると――彼はその唇でほのかに微笑しながら、ゆっくりと斜め下へ顔を伏せ、その柳腰をくねらせた。
「……ッ♡ …っは、♡ ……っはぁ……♡」
そして時々びくっ…びくっと腰を跳ねさせながら、彼は下半身を震わせている。――膣内の反応から見て、彼は挿れただけで絶頂してしまったらしかった。
「…はは…、挿れただけでイッてしまったの…?」
「……、…」
……やはり今夜のユンファさんは何かが違った。
いつもの彼であれば、ここで何かしら剣突 な調子で言い返したり、あるいはマゾヒスティックなセリフで応えたりと、少なくとも口をつぐんでいるようなことはなかったろう。――ところが今夜の彼のその赤い唇はゆるく合わさり、震えているが何を言うわけでもなく、それも目をつむったまま俺を見てくれるでもない。
やはり、どうしても心配であった。こらえきれずに俺は彼にこう、優しい声をつくって尋ねた。
「……、ユンファさん…どうかしました…? 何だか俺の家に来てから貴方、少し変というか…――落ち込んでいる…、…いや…もしや拗 ねてらっしゃるんですか…? 俺がシャワーから上がるのが遅かったから……」
「……、…」
ユンファさんは目をつむったまま、かすかな動きでその顔を横に振ったようだった。しかしその動きはあんまり小さかったので、否定の意味合いをもって意図的に横に振られたのか、はたまた何かしらの生理的な微動であったのか、それさえ判然としない。
……ともかく俺は「動きますね…」と声をかけて、――だんだん今夜の彼から「言葉」というものを引き出すのを諦めはじめていた。まして彼が今酔っている、つまりぼーっとしていて頭の働きがにぶっているのだろうというのもあれば、なおのことであった――、ゆっくりと腰を動かしはじめた。
するとギッ…ギッ…ギッと、ベッドスプリングが規則的にきしむ音が、この暗闇の中にやたらと大きく鳴りひびく。
なぜといえ、それはユンファさんがやはりほとんど声をあげないためだ。
「……は…♡ …は…♡ ……ぁ…♡ ………ふ…♡」
……といった感じで、声をもらしてもそれはほとんど吐息、…もっとも感じてくれてはいるようで、その赤い唇からもれ聞こえてくる吐息は嬌声らしく上ずり、また彼の表情も恍惚としている。――そのぽうっとした伏し目はぞっとするほど美しかったが、なぜかもの悲しさを帯びて見えた。
「……、…」
すると俺は、ユンファさんのその表情をさえも悪いように捉えそうになった。――ともすれば、俺がまるで彼に無理を押し通しているかのような錯覚さえ抱きそうであったのだ。
反応が薄くて萎えるだとか、退屈だとか、面白くないだとか、不機嫌そうで何か癪 に障 るだとか、そうではない。全くそうではないのだ。――かえって、こうした大人しい抱かれ方をする人など世には山ほどいる。
ましてや往々にして、セックスの最中は口数が少なくなるものである。
しかし俺が気がかりなのは、「以前のユンファさん」と比べるに、あきらかに今の彼が百八十度といってもいいほど様変わりしている点なのであった。それこそが問題なのであった。
……とにかく終始ぼんやりとして、声を殺し、やたらとつつましげなユンファさんのその様子を見ていると、どうも無性に心配になってくるのだ。これほどまでに大人しげで、またかつ絶対に声をあげまいと努めているような彼には、再三だが、悪ければ俺が無理やり彼を暴いている感さえ覚えてくる。
しかし…もっとも声に関しては、先ほどユンファさんはこう言っていた。
声、好きじゃないだけ…――と。
自分のなまめかしい声が、好きじゃない…ということだろうか?
それはまた……もともと本当は自信がなかった…のか、はたまた誰かに何かを言われてしまった……?
そう…俺はこのところユンファさんを抱いていない。――するとその期間中、彼の身に何かあったのではないか?
かえってこのような反応こそが、今の彼にとっては尋常なのではないか…――。
まさかとは思うが、そのように調教されて…――すると俺と付き合ってくれたのも、ともすれば今のその「ご主人様」の命令なのか…――以前ユンファさんは『ご主人様に彼氏という存在を調教に利用されかねない』というようなことを言っていた…――SM好きのサディストの中にはまれに、「寝取り・寝取らせ趣味」とでもいおうか、あえてマゾに恋人を作らせ、その上で自分なり他の協力者なりがそのマゾを犯す、調教することに悦を見出すような輩 も存在している(彼氏持ちのマゾを好き勝手する優越感・背徳感を楽しんでいるのだ)――ともなると、あるいは『お前にしつこくアタックしてきているその馬鹿な男と付き合ってやれ。そして……』とでも命令されて、それで彼は渋々……。
「……、…、…」
腰を振りながらにして、いや、かえってその単調な動きに俺の被害妄想は悪い意味ではかどって、…それはみるみると抱えきれないほどまで膨らみ(なおのちの俺が言うことだが、これは正真正銘単なる「被害妄想」であった)――、
「……ん…♡ ……は…♡ は……♡ ぁ…♡ ソン、ジュ……」
俺の下でゆさっゆさっと縦にゆさぶられ、とろんとした顔をうす赤くして俺を見上げているユンファさんに、俺はこう言った。
「まさかユンファさん、…ご主人様の命令で、俺と付き合ってくれたんですか……?」
「……え……?」
とユンファさんは、ぽーっとしたままいたいけな、純粋に不思議がっているような顔をする。
「……? 違う、よ…、…ふふ……」
そしてそうふと何か――俺が見たこともないほど可憐に、幸福そうに――ふわ…と微笑した彼は、俺のうなじに両手をかけ、するりと俺のことを抱きよせる。
俺が素直に顔を近づけると、ユンファさんはその鼻先が触れるような距離、やわらかく微笑したその切れ長の目でじっと俺の目をみつめてくる。
「……今夜の僕は…何だかおかしいでしょう…。らしくない…よね…、…変だよね…、気持ち悪いよね…、ごめんね、困らせてしまって…――でも…それが何故か、ソンジュはわかる……?」
「……いえ、いえそんな…、…いえ…、わかりません、…どうか教えてほしいんです、何故……?」
わからない。だから俺は先ほどからずっとああではないかこうではないかと、悩んでしまっているのである。
するとユンファさんはそのたっぷりと潤んだ紫の瞳で、その俺が愛おしそうな愛らしい眼差しで俺の目を見つめ、ゆるいまばたきにまたそのこめかみへ、おだやかに涙を伝わせながら…――その美しい眉目に寂しそうな微笑をうかべた。
「肉 便 器 じ ゃ な い か ら …だよ…。今夜だけはね……」
「……、…、…」
俺の全身が鳥肌を立てた。
俺は、俺の唇は開いていたが、しかし俺は、しばらく何も言えなかった。俺の視界は揺らいでいた。涙にかすみながら揺らいでいた。――俺は今、もしや、俺は、…俺は今、……
〝『もちろんセックスのその快感にも依存しているし…――あと、セックス中は自分が自分じゃなくなって…どんなに惨めな状態にさせられても、何を言っても、そ れ は も う 一 人 の 淫 乱 な 肉 便 器 が 言っていること、やっていることで…――どんなに救いようのない淫乱になっても…、……』〟
今日ユンファさんが言ったその言葉が思い出されていた。
〝『僕は強い自分が好きなんだ。誰のことも必要がない、ただ自分のためだけに生きている自分が。…淫乱な自分が好きなんだ。何をされても、どんな惨めな状態に追い込まれていても、それでも自分のことしか考えていない、むしろ本当は僕が相手を操ってやっていて、馬鹿な相手は僕を気分良くいじめてやっているなんて愚かにも思い込んでいる…、それが快感なんだよ。強かで図々しい、そ の 最 低 な ク ズ の 肉 便 器 が 好きなんだ。』〟
「ユンファさん…――俺は…、俺は今…――やっと貴 方 を 、抱いていたんですね……」
俺は今――「ユンファさんを」抱いていたのか。
……そう思うと、とたんにユンファさんのあのつつましい反応のすべてが、いじらしい――あまりにも可愛らしいものと思えて、たまらなかった。急な変化で、ましてやなぜとも知れなかったせいとはいえ、彼のそのいたいけにあれこれ悪しざまな憶測を結びつけてしまったことは申し訳なく思えたが、もはや目に涙がこみ上げてきた、そうして泣きそうになるほど、彼がとにかく愛おしくてたまらなかった。
衝動的に腰が動いていた。ぱちゅぱちゅぱちゅと小さな衝突音が鳴るほど猛烈な、俺の腰のその進退は、それによってどちゅどちゅとそのたび子宮を押し上げられるほど突かれているユンファさんの、その美しい顔を歪ませた。
「ぁ、♡ …っはぁ、♡ ん、♡ …っん、♡ ソン、ジュ…――は、はげっしいよ、…っぼ、僕、…壊れちゃ……」
「壊すものですか、こんなに愛しい人を、貴方を、この俺が、まさか壊してしまうものですか、…」
といって俺のその動きはたしかに、ユンファさんを無理に揺さぶり壊さんばかりの乱暴ささえあるものだった。愛欲の燃えさかった男の獣性むき出しの動きである。――ユンファさんは俺に揺さぶられながら、泣きそうな、困ったような顔をする。
「ん…っ♡ ソンジュ…、奥ばっかり、ぃ、いや、♡ ぁぁ、♡ ん、♡」
「…どうして、」
するとユンファさんはいよいよ、今にも泣き出しそうに眉をひそめると、ふとまたその涙目を伏せ…――じわーっと頬を赤らめるのだった。
「だ…だって、…ぃ…いっちゃう、から……」
「……っ」
俺は腰の動きを止め、襲いかかるように彼の半開きの豊艶 な赤い唇を食んだ。――「んっ…」と驚いたような声をあげたユンファさんのその唇を、まるで走り抜いてやっと獲物を捕らえた獣かのように、俺はふーふーと鼻息も荒々しくむさぼる。
……すると一応彼の唇は応えてくれてはいるが、それにしても俺の唇の猛襲に圧倒されているようで力なく、ほとんど俺に一方的に「喰 われて」いるばかりであった。
しかし俺はわりにすぐ唇を離した。
そしてビクビクと痙攣しているユンファさんの上半身を撫でまわしながら、彼の首すじにむしゃぶりつく。
「……っは、♡ …は、♡ ……そん、じゅ、…ぁ…♡」
ユンファさんはこてんと首を逸らしてそこを俺に捧げながら、俺の後ろ髪を力なくつかむ。彼のもう片手は俺の肩をきゅっとつかむ。
その繊麗な鎖骨を舐めまわし、美男子の白い胸をなめ回しながら、その片胸をもみしだく。
「ぁ…♡ ……ァ……♡ ソンジュ……」
俺はユンファさんの耳もとに機敏に唇を寄せた。
「なんて可愛い声…、もっと聞かせてユンファ…愛してる、」
やがて俺はまた動き出した。――彼の耳を舐め回しながら。
「は…っ♡ ぁ、♡ ぁあ…♡ あん…♡ …ん♡ …ん♡ …ん♡」
俺は暗闇の中で獣のように目を光らせながら動いた。
朝の光が俺の姿をあきらかにし、俺を人間にもどしたそのときまで――動き続けたのである。
カーテンのすき間から射し込む一条の透明な朝陽に照らされた、そのあどけない美しい寝顔――光に照らされてまぶしいほど白いその頬にはしかし、いまだほんのりと桃色がにじんだままとなっている――俺の腕の中で疲れきって眠っているこの美男子は、昨夜はずっとああして恥じらいさえ見せ、つつましげに、しかし艶やかに、俺に抱かれつくした。
「……、…」
俺はユンファさんのなめらかな額に口づけた。
そして彼の黒髪を指ですきながら、彼の顔を首もとに抱きよせる。
惜しむらくはあの「約束」――俺はきっとこれでユンファさんを本当の意味で「手に入れた」のだと思った。…しかしそれは「俺のもの」になったという意味であり、「俺だけの」もの、という意味あいとまではいかなかった。
しかし、きっといつかはあの「約束」も何か、二人にとってよいものに変化するときが…――?
いいや…――。
俺は思い上がっていた。
……その翌日、ユンファさんは俺ばかりか、この夜の自分をも貶 めたのだ。――彼は俺に甘えてきて、そのまま俺を言いくるめ、巧く高額な腕時計を買わせた。
そしてそれを買わせたあと、俺が浮かれて甘い態度を取ったなりとたんにツンとして、「あんな可 愛 い 僕 は貢がせるために今までもよく使ってきたテクニックだ。お前だってメロメロになってたもんな」と皮肉に笑ったのだ。
俺は驚いた。すっかり戻 っ た ユンファさんに。
そして俺は感心まじりにこうした勘違いをしたのである。――なるほどこの人にまたしてやられた、と。
この人は自分が得たいものがあればどんな手をも使う狡猾 さをもっている。とは、もちろんこれまでにも知っていたつもりではあったが、…なるほど確かに、普段から高飛車な彼がとたんにああしてしおらしく純情な顔を見せてきて、それもその翌朝甘えてくれば、俺のみならず他の誰であっても胸を打たれ、そして彼のどのような要求をも――あわや多少の無理をしてでも――応えてやりたいと努めたくなるのが人の心、いや、男心というものだ。
ユンファさんはそれを掌握するに、やはり非常に長けている人なのだな…――。
もとより彼の「恐れ」を知ったあとの俺に言わせてみれば、それは俺の全くの勘違いであり、また何より、彼の自己欺瞞 にすぎない。
それだから今の俺はあのときのユンファさんを「恐ろしく可愛らしかった」と言えるのである。
しかしユンファさんはその自己欺瞞を、俺との結婚後もつい最近まで貫きとおしてきたのだった――。
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