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73 ※微
――そのときも事後であった。
俺の家の寝室、そこにあるクイーンサイズのベッドの上でのことである。――ただし俺たちは普段夜にセックスをすることが多いのだが、その日事が始まった時刻はまだ朝の十時前だった。
というのもその日は、朝、ユンファさんが何の連絡もなく突然我が家へと訪れたのである。
彼はこの日の夜に仕事があった。俺たちは彼の仕事が休みの日に会う――デートをする――ことが常例となっていた。…たとえば朝に会っても、その日の翌日の朝まで、いや、その翌日のユンファさんの出勤時間ギリギリまで、俺たちがなんやかんやと時間の許す限り共にいようとしてしまうためである。
それだから俺は、彼氏のその突然の来訪にいささか驚いた。もちろん驚きながらも大そう喜んでいたが。
それもユンファさんは、俺の家の玄関に入って早々にキスをしてきた。俺の「どうしたんです?」という質問にも答えないまま――俺のうなじに両腕をまわして抱きよせ、二度三度雑に俺の唇を食んだあと、何か焦燥にかられているかのようにすぐ舌を入れてきた。
そのまましばらく舌を絡めあったあと、俺はユンファさんの唇に「突然俺に会いたくなったの…?」と優しい吐息でたずねた。
彼は俺のうなじに抱きついて顔を隠し――俺の肩の上に顎をのせ――「違う…」とささやき声で、それを否定した。
「さっきまで会っていたセフレの家から近かったから…、…だからたまたま…――何となく……」
「……、…」
とすると…そのセフレに抱かれたあとすぐ、「何となく」の思いつきでこうして俺の家に来た、ということか…――俺はくゆりはじめた嫉妬の黒煙に胸中を曇らせた。…しかし、それに関して何を言うことも俺には許されていない。あの「約束」はユンファさんが俺の口にかけた「錠」なのであった。
……まあ何はともあれ、俺たちはそのまますぐに朝のうす明るい寝室へ――そしてそこにあるベッドに、おもむろに二人で倒れこんだ。
そうしてベッドに組み敷き、あらわにしたユンファさんの美しい白い肌には、あちこちに紅 い血痕のような痕 が残されていた。彼の青ざめた白皙には痛々しく見えるほど鮮やかなそれは、おそらくセフレの男が恣意的に唇で咬 んだ痕であった。
しかしその一方で…――俺はそれを目の当たりにしたとき、力いっぱい奥歯を噛みしめた。
まるで丹精こめて育てた自分の大切な紅椿 を、どこぞの誰かがいたずらにもてあそんで揺らし、新雪のうえに無残に散らした様のように見えた。その新雪に散った椿の紅い花びらを、今にも雪ごと捨鉢 に踏みにじって汚してやりたい気分にさせられた。
いいやそればかりか、枝にまだ残っているだろう椿を、今度こそ自分の手ずからすべて落として散らしてやりたいとさえ思えた。
椿、椿とはいえ、俺は「椿姫」の純情な世間知らずの青年・アルフレードではなく、ユンファさんもまたけなげな高級娼婦・ヴィオレッタではない――いいや、いいや、俺はそう思い込んでいただけだ。彼 は ほ と ん ど ヴ ィ オ レ ッ タ だ っ た 、そして俺 は 馬 鹿 な ア ル フ レ ー ド だ っ た のだ、――。
俺には、それは許されていない。
……その一方で、本来ユンファさんの肌にそれをつけて許されるべき彼氏の俺はというと、――よほど彼のセフレであったときより、――今はそうすることを許されていない。…あの「約束」のうちには、「(彼氏だからといって)セフレとのセックスに制限をかけない、束縛しない」というのが含まれていた。
するとキスマークというのは、一種の彼氏としての束縛の証、その象徴も代表格のそれであり、またそれはともすれば――気にしない男は気にしないが、「彼氏もち」と推測されては――、ユンファさんとセフレたちとのセックスを制限する、ひいては邪魔をする効果もあるかと思われては、俺はそれを彼の肌につけるのははばかられていた。
ましてや俺は文句も言えない。彼がどこの誰とどのようなことをしても、また――よほど彼氏の俺とよりも――どれほど恋人らしいようなことをしても、俺は決して「文句を言わない」と「約束」したからである。
どうしてそこまで耐えるのか、なぜ愚直なまでにその「約束」を守るのかと言われても、それは俺がユンファさんと決して別れたくなかったからという理由に他ならない。それ以外の理由などない。
それをもう少しそのときの俺の心境によせて言い換えれば、それで彼に「約束を破ったから」という、俺と別れるべき理由を与えたくなかった。つまり捨てられたくなかったのである。
しかし……俺は彼氏であっても、いや、それだからこそ我慢しているというのに……いいや、愛おしい白皙に散らされたその陰鬱な紅い痕の、その紅色さえ、この美男子の白い肌の下に通う俺の愛おしき血なのだ、問題はその紅を引き出したのが俺ではないことなのだ…――。
俺の胸中いっぱいに例の黒煙がもくもくと満たされていった。それによって息苦しくなるあまり、俺にかすかな吐き気をさえもよおさせたが、…俺はこらえて――しかし多少の報復に――ユンファさんの耳にこうささやきかけた。彼の胸とツンと凝った乳首を撫でまわしながら。
「今夜はお仕事があるはずでしょう…? どうするの、こんなにキスマークばかりつけられて……」
彼は以前、俺にキスマークをつけられたとき「仕事に支障が出る」だのなんだのという理由をもって、俺のそれを嫌がった。――そもそも仕事柄、この美しい白い肌を客の目に惜しみなくあたえてやるユンファさんは、もっといえば、客の男の恋情を多かれ少なかれ満たしてやるような行為をもって、客の心身を一時的になぐさめてやる仕事に勤めているはずである。
……すなわち俺のそれは遠回しな文句であったが、…といって「約束を破った」と彼に責められても「心配しただけです」と逃げられる、小ずるい陰湿なものであった。
ユンファさんはあえかな吐息でこう答えた。
「大丈夫、彼氏につけられたって言うから……」
「……、…」
俺はすさまじく腹が立った。
……これは俺が、…正真正銘ユンファさんの彼氏である俺がつけた痕ではない。
所詮セフレの男が好き放題につけたものである。――それをあたかも俺がつけたかのように、それも客へ向けた言い訳に、彼は俺を都合よく使って誤魔化すというのである。
いや、誤魔化すというのならまだ「セフレにつけられた」と正直に打ち明けたほうが、何かとメリットもあろうに――それこそこの美男子がプライベートにおいてもセフレをもつほどセックス好き、と聞いて興奮する客もあろうし、何より彼に恋情を抱いている客であれば、「セフレに」と言われたほうがまだ安心する、またあるいは自分にもチャンスが、などと期待まじりにも思われて丸くおさまるだろうに――。
「……正直に言ったらどうです。――セフレにつけられたものだと。…そのほうがメリットはあるかと。」――俺はユンファさんの耳もとでそう、固い声で言った。
「……、…」
するとすぐにはやや沈黙したユンファさんは、自分の片耳のちかくに顔をうずめている俺の後ろ頭をそっと撫で、それから指で俺の後ろ髪をおもむろにすきながら、「いや……」
「…どう、だろ…、……ね、ソンジュも別につけていいよ…、今日は…。これだけつけられてたら、一個や二個増えたところで今更だ…」
「…それで俺が〝約束〟を破ったからもう別れる、とでも仰言るおつもりですか。――つけませんよ。」
俺は激しい嫉妬のあまり意固地になってそう言った。――
そのあと俺は、その紅い痕を見るたびいやまさる嫉妬心のあまり、ユンファさんを三度も抱いた。
しかし、憤怒にも近しい激しい嫉妬を原動力としたセックスであったわりに、俺は彼をとにかく優しく抱いた。
ただし、その代わり執拗であった。
とにかく執拗に彼の全身あますところなく優しい愛撫をし、とにかく執拗に彼をただイかせて、とにかく執拗に彼の唇にキスをし、とにかく執拗に彼の耳に「愛してる、綺麗だ、俺の彼氏になってくれてありがとう」と愛をささやきながら、とにかく執拗に、執拗に、執拗に彼の白い細身を壊れものを扱うよう、やさしい加減で揺さぶった。
……それら執拗な優しさは要するに、俺のユンファさんへのおよそ隠微な、しかし恐ろしいほどの独占欲がなした業 であった。
そして――たしかに彼の膣内には、いまだセフレの男の精液が残っていたが――俺はやはりいつも通り、その三度とも必ずスキンを着けて――無論、度に付け替えて――彼を抱いた。
なおユンファさんは最初俺がスキンをつけているとき、キスマークの件と同様のことを言った。
「ねぇソンジュ…、わかってるだろ、僕もうセフレに中出しされてるから…――ソンジュもいいよ…、なまで挿れて、僕のなかに出していいよ…――もうなかにザーメンあるんだし、今更だろ…。わざわざゴムなんか着ける必要ないよ…」
「……、…」
俺はここまで優しい愛撫をしていようと、そのときにはまだ怒り――いいや、厳密には嫉妬――が甚 だしかったので、ついユンファさんのそれを無視してしまった。そしてその無言のうちにも、スキン装着の作業をつづけていた。
自分を見ることもない、不機嫌そうな真顔の俺に無視をされたユンファさんは、「はは…」と困ったように笑った。
「それとも…何、…君、まさか責任とか気にしてんの…? 僕が妊娠するかもって……? ――なあまさか、そんなこと絶対起こらないよ。ちゃんと避妊薬は飲んでるし、……あぁ、それかもしかして…ソンジュに中出しされたからって僕がそれ飲まないで、わざと妊娠して、――子供出来たから僕と結婚しろとか迫られるかもって、…はは、いやそんなことしないけど…。絶対しない……」
「したらいいのに。…まあスキンは着けますけれど。――確かに…俺はある責任を気にしているから、必ずこれを着けて貴方を抱くんです。……」
俺はそう言いざま、スキンの被せられた勃起の先をユンファさんのうす桃色の膣口に押しあて、そのまま挿入した。――
そのまま三度…――事が終わると、ユンファさんはぼんやりとした恍惚の顔をうす赤くしたまま、何も言わずにおもむろに体を起こし…――ベッドの上、その細長い白い両脚を妖麗 にくずして斜め座りをすると、俺の射精をおえた陰茎から、気遣わしげなやさしい手つきでピンクの薄膜を取り外した。
……そして俺の股間に頭をしずめ、精液にまみれたその勃起を入りうる限り熱くぬかるんだ口内にふくみ、尿道にのこった残滓 を手指でやさしくしごき出しながら、俺のそれの表皮にまとわりついた精液をも唇と舌できれいに舐めとってくれた。
更にはだるだるに伸びきった透明なピンクのスキン、それにたっぷりと溜まった俺の白濁した精液――なお、アルファ属男性の精液は他属性のそれよりも量が多い――を軽くくぼめた手のひらの上に出すと、長いまつ毛を伏せてそれをぼんやりと見下ろし……、
「……、…」
何も言わずに、そこに半開きの赤いふくよかな唇をつけたなり、ちゅる…と半分口にふくむ。
……そして残りの精液はというと――ユンファさんは目を伏せたまま両膝を立て、控えめにM字に脚をひらいて…――自分の閉じ切らない濡れた膣口に塗りこみながら、指でなかも奥深くまで押しこんでしまうのだった。
それもその赤い肉厚な唇には、もうほとんど何も残っていないスキンの口をくわえ、それの残りをもちゅう…と吸い上げながら。
ユンファさんは三度俺に抱かれ、俺がその三度スキンのうちに射精したなり――三度この一連の流れをやった。
つまり彼はその三回とも、必ず俺の精液まみれの陰茎を舐めてきれいにし、また尿道に残ったものまであまさず飲んでしまったあとは、さらにスキンに溜まった俺の精液も半分飲み、更にのこりの半分は膣内に入れてしまった。――まるで愛する俺の精液を惜しむように、自分の一部にしてしまいたいほどそれをさえ愛しむように。
俺はユンファさんの、その俺への愛情をうかがえる官能的な行為に、はっきりいってそそられた。――本来はなんとも思わないはずの射精後であるというのに、しかし俺の愛欲は、無数の針で刺されたような耐えがたい刺激を受けた。
……しかしそれでいて何となし、そうしてくれるユンファさんに重なる腹立たしい影を見た。――ついさっきセフレの男にもこれをやってやったのだろうな、と、俺の嫉妬心が邪推させたのである。
彼がこんなことをしてきたのは初めてである。
するとあるいは直前のその男に「やってよ」か、あるいは「やれよ」とでも命じられ、彼はまずその男にこのようなことをしてやった。――そして覚えたてのそれ、あるいは先ほどマゾヒスティックな悦びを得られたその行為を、それが得たいために、次に俺にもやってくれた。
俺はまた嫉妬した。
それは嫉妬妄想も、ほとんど被害妄想の域のそれであった。――俺は勃起した。
そしてはじめの一度ののち、新たな欲望を充満させはじめたために、なかなかしおれない俺の陰茎に気がついたユンファさんは、何もいわずに俺のそれをしゃぶってきた。――ベッドに膝を立てて座っている俺の股間に頭をしずめてきた彼は、片肘をついてなかば上体を起こし、…しかし腰を軽くひねった下半身は膝を揃えて横向きにベッドの上に寝かせて、そして内ももにはさんだ片手で、今しがた俺の精液を塗りこんだ膣内をくちゅくちゅといじりながら、ちゅぷちゅぷと俺のものを目を伏せてしゃぶってくれた。
当然俺のものはたちまち挿入可能な、怒 った硬度を取り戻した。――俺は自分のものを復活させた当人である以上、ユンファさんも「その気」なのだと判断し、彼の体をふたたびやさしく押し倒した。
……すると彼は何か儚げな、うつろな涙目で俺をじっと見上げた。
「ね…、君の精液、なかに入れちゃった…――もはや君に中出しされたようなもん…、そうだろ…――だから……」
「だから…何です…?」――俺は自分でも恐ろしいほどやさしく微笑し、そのような柔らかい声色で尋ねた。
するとユンファさんは俺の目をじっと見つめたまま、俺の――まだスキンを着けていない――勃起をする…と手のひらで包みこむように撫でた。それから彼は、誘惑的なささやき声でこう言ってきた。
「このまんま…挿れちゃえば…? なまで…――だって…もう僕のなかには、君の精液が入っているんだし…、それなら中出ししても…しなくても、結局同じことだろ…――だから、ゴムなしで……なまで、しよ……」
「……、…」
俺はユンファさんのその手をするりと取り、彼のたわんだ長い五本指の先に唇を寄せ、そのつやのあるきれいな縦長の桃色の爪に口づけた。――俺はたしかに嫉妬していた。
……しかし俺の先ほどまでのあらゆる邪推は、このときばかりは息をひそめ、ただ愛する人への純然たる優しさがよみがえってきていた。――俺は先ほどとは打って変わって、正真正銘の彼への愛によって微笑した。
「いいえ…――結婚するまでは」
……俺はそうとだけ言って、再びスキンを着けた。――
繰り返しおどろおどろしい嫉妬し、繰り返し純然な恋心から美男子を愛し――そうして三度のセックスが終わったのちも、例によってユンファさんは、俺の精液をすっかり体内におさめてしまった。
「……、…」
それも三度目ののち、彼はどこかもの憂い伏し目で、膣内へ入れていた指をくわえ、それについたものまで舐め取っていた。
俺は斜め座りをしているユンファさんの肩を抱きよせ、その人の手をその赤い濡れた厚い唇から取り上げて、斜めからキスをし…――すると、「ん…」とかすかな鼻声をもらした彼を、その唇ごと再び優しくベッドへ押し倒した。
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