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※いつもお読みいただきありがとうございます。
当ページにはユンファの過去の実母からの虐待、売春、罵倒等の非常につらく、胸糞悪い回想が含まれています。無論それら行為を推奨するための描写ではありません。また、ご自身のお気持ちに寄り添われた形でお読みいただきますよう、よろしくお願いいたします。※
婚約成立からおよそ二週間後――。
それは夕方ごろであった。俺はユンファさんのご両親と取りつけた約束どおり、彼のご実家であるある高級マンションの、その最上階の部屋に訪れた。
しかしこれは一見奇妙なことだろうが――たった一人で。
ちなみに高級マンション、それもユンファさんのご両親が住んでいたのが最上階の部屋ともあって、エレベーターでそこまであがった先にあったのは、それこそ一軒家の玄関先によく似た場所であった――もっともそこの装いとしては、まるで落ちついた日本料亭の玄関先、というようではあったのだが――。
しかし、俺がそれで気おくれするようなことはなかった。…俺の実家のほうも高級マンション、かつほとんど同じ造りであったためである。
そして俺が玄関先までたどり着くとすぐ、俺はユンファさんのご両親にあたたかく出迎えられ、そのまま来訪をいたわられながら、スムーズにその家の客間まで通された。
客間は広々としたモダンな内装――どこかおしゃれなバーのような雰囲気の、広くはあっても落ちつくような空間に調 えられていた。
そしてご両親に勧められるまま、その客間の三人掛けの黒革のソファに静かに腰かけた。またすぐにティーセットでお紅茶と、茶菓子のシフォンケーキを出していただいた。
なおもちろんこの日の俺は、礼装用のミッドナイトブルー――黒に近い濃紺色――のスーツを整然と身にまとい、またネクタイはチョコレートブラウンのものをチョイスした。カッターシャツは白である。銀の上等な腕時計のほかにはアクセサリーの類は遠慮した。
そして俺の前、茶色い木製の、やや広めのローテーブルをへだてた対面、その四人がけの黒革のソファには、言うまでもなくユンファさんのご両親がならんで腰かけている。
……なるほど、と俺は思った。
お父さまのほうにはユンファさんの面影があるのだが、しかしお母さまのほうには面影が見られない。――なおこのご夫妻は見たところ、お父さまのほうが五十代前半、お母さまのほうがもう少し若い四十代なかば、といった感じの風貌である。
お母さまは大人しげな、華奢な女性だ。
上品な紫の細ぶちメガネをかけている彼女はその細身に、ラベンダーカラーのカーディガンと白いカッターシャツ、そしてグレーのタイトスカートをまとっているのだが――それこそ理知的な落ちついた感じの女性であり、華やかな美貌をもつユンファさんには似ているとはいえない。
似ているのはお父さまのほうである。
ことその人の目もと――薄紫色の瞳、ツリ目がちな切れ長の目、黒い凛々しい印象の眉――と、鼻筋の細い高い鼻がそっくりである。髪も同じ黒だ。ただ唇は薄く、またお父さまのほうは肌がすこし浅黒い。
そして、冷艶とした印象のユンファさんよりももう少し柔和な、いわば人の良さそうな、親しみやすい感じの雰囲気がある。――ちなみにお父さまはその中肉の長身に、緑と黄色のアーガイル柄の薄手のニットベストと、あわい水色のカッターシャツ、臙脂 色のネクタイ、そして黒茶のスラックスをまとっている。スラックスはセンタープレスのしっかりとついたものである。
さて俺は早速、対面のご夫妻に軽く頭を下げながら微笑みかけた。
「お会い出来て大変光栄に思います。…私、この度ユンファさんと婚約をさせていただきました、九条 ・玉 ・松樹 と申します。」
するとお母さまが、その紫の細ぶちメガネの奥で「えっ」と目を大きくする。
「それじゃあ、…まさか、えっ…え、…九条家のご子息……?」
……九条家は歴史ある名家として一般にも有名なのである。ましてやアルファの父のほうは有名企業の社長でもあるので、そもそも彼に知名度がある。
「…はは、ええ。父はあのハンジュです。…しかし父らはともかくとしても、息子の私個人としては決して、大した存在では…」
「いやいや、そうですか…」
とお父さまが恐れ入った、というような笑顔で、隣の妻と笑顔を見合わせた。
「それなら…、…いや、しかし、ユンファとはどのようななれ初めで……」
また彼の薄紫色の瞳が俺を、何か見極めようという鋭い父親のまなざしで見る。
……さすがに出会い系サイトで、とはいえないので、俺はわざと照れくさい感じで破顔しながら、こう答えた。
「…実はあるバーで、私がユンファさんに一目惚れをしてしまいまして…――ははは…、それで私の方が猛アプローチをかけて、といった感じです。…お恥ずかしい話、未だにぞっこんなんですけれども。」
「ははは、あぁそうですか…バーですか、…そうかぁ…最近の方は出逢い方までおしゃれですねぇ」
「…いえいえ、……」
俺は笑顔で応えたのち、ふと目を下げながら「お紅茶頂きます」とささやくように言ってから、目の前に置かれたソーサーの上の、陶器のティーカップの取っ手をつまみ、持ち上げる。
「ええどうぞどうぞ、遠慮なく。」
とお父さまが言うと、隣でお母さまが「ケーキもよろしければご一緒に召し上がって」と幾分か親しげに勧めてくださる。
俺は「ありがとうございます」と彼女の目を見てほほえみ、また目を伏せ、ティーカップからひと口あたたかい紅茶を飲む。
……ここでお父さまが、声を沈ませてこう俺に尋ねてくる。
「ところで…あの子はどうですか…、元気にしていますか…」
「……ええ、それはもう大変よくしていただいていて…――勿論元気にしてもおりますよ。…もしや、あまりご連絡は取り合われない…?」
「ええ…。きっと私どもは、あの子には嫌われておりますので……」
俺が目を上げて見ると、お父さまは寂しげな微笑をたたえ、目を伏せている。
「実を申しますと、あの子は私の前妻との子なんです…。つまり彼女とユンファは血が繋がっていません…」と彼はチラリ、隣のお母さまを一瞥 し、また目を伏せる。
「そもそも妻はベータ属で…、ソンジュさんも、あるいは何となく察しているんじゃないかと思うんですが、あの子の実の母親は、私と同じアルファ属でした…」
「…ええ、それは何となく……」
オメガ属は突然変異的に誕生する属性である。つまりオメガ属は、両親の属性別の組み合わせがどのようなものであったとしても、誕生する可能性がある。
そして多くの場合オメガ属は、童顔・低身長といった身体的特徴があらわれやすいとされているが、ことアルファ属同士の両親のもとに生まれたオメガ属は、大人びた顔立ち・高身長など、アルファ属の身体的特徴を受け継ぎやすいという。
そしてユンファさんは、見るからにその「アルファ属同士のあいだに生まれたオメガ属」という風貌なので、お父さまも「ソンジュさんも何となく察していたとは思うが」とおっしゃったわけである。
お父さまは目を伏せたまま、少しつらそうに眉を寄せる。
「ユンファの母親は、あの子がオメガ属として生を受けたことに失望して、それで…あの子に非常につらく当たっていたようで……」
「……、それは…何と申せばよいか……」
お父さまは「すみませんね、こんな話…」と苦々しく笑うが、俺は「いいえ」と答える。
「むしろ…もし差し支えないようであれば、そのお話、もう少し詳しくお聞かせ願えませんでしょうか…――というのも何分 彼は、そういったご家庭の話はあまり…、…私には聞かせてくれないもので……」
するとお父さまはひそめた顔を、片手で覆い隠し、
「……では、…ユンファはね…――。」
そうしてお父さまから聞いた話によれば、まずユンファさんはその人の前妻の、あるアルファ属女性との間にできた子どもである。
そして彼の実母は、過剰なほど社会的体裁を気にする人であった。――アルファ属女性にはよくあることだが、お父さまと結婚をしたのちも、自分の会社を経営してバリバリ働いているような敏腕実業家であったそうだ。
むしろお父さまいわく、自分と結婚したのもステータスのためと見受けられ、またアルファ属同士であれば、アルファ属の子どもが生まれる確率が格段にあがるというのもあって、彼の実母は社会的な体裁を保つため、アルファ属の子どもを強く望んでいた。
ところがいざお腹の子が生まれてみるとその子、つまりユンファさんは、社会的に下等と見なされがちなオメガ属であった。
実母はオメガ属である我が子に失望し、その失望の深さのあまり正気を失って、出産後からにわかに元来のヒステリックなところが強く出るようになった。
そして子どものユンファさんにつらく当たった、…有り体にいえば感情のまま虐待行為を働くような母親であり、またそればかりか、幼児の彼を殺そうとした過去もあるという。
お父さまはその当時、いわゆる仕事人間でほとんど家にはいなかった――虐待行為においてものちのちになって知った――が、家庭をかえりみず、子どものことを任せっきりにしていた自分も悪いとはいえ、さすがに息子が殺されかけてはたまらなくなり、そのような真似をするのなら別れる、ユンファは自分が引き取るから出ていってくれ、と前妻に言った。
すると夫と別れたくないあまりか、次第にその人のヒステリーは落ちついていった――改心した――かのように見えた。
そして実母は表向き「普通の母親」となり、ユンファさんのことも申し分なく母親として愛しているようであった。
さらにあるとき前妻は、ユンファさんの幸せな将来のために、といって、ありとあらゆる教育を息子にほどこすようになっていった。
もっともそれは、偏差値の高い学校に通わせるだのという、一般にイメージされるような教育ではない。
ではその「教育」とは何だったのかといえば、「優秀なアルファ男に取り入らせるため」の「教育」であったという。――ただその思惑は、お父さまにはひた隠しにされていたそうだが。
たとえば家事なら一般的な家庭においてはいささか過分な、ハウスキーパーやホテリエレベルの高等なものをたたき込み、料理においてもわざわざプロの料理人を雇って教え込んだ。――つまりプロフェッショナルレベルの専業主夫になれるような「教育」である。
しかし中学校を卒業してからは学校には通わせなかった。家庭に入るべきオメガ属に、マナー以外の教養など必要がないからである。――そして練習といって、実母は家事炊事を毎日彼にやらせた。上流階級うまれの実母はそれらをやったことがなく、料理はおろか家事のたぐいは何もできなかったし、何より憎い彼を苦しめるため、わざわざ雇っていた使用人を解雇してまでそれをやらせていた。
しかしお父さまはその実情を、あるときまでよく知らなかった。
というのもお父さまは、ユンファさんがまだ小学五年生のころ、その前妻と離婚した。
ユンファさん誕生後から雲行きが怪しくなっていた夫婦仲が、仕事で多忙を極めていた自分のせいもあって、そのころいよいよ決裂したものと思われ、彼は離婚を決断したが、前妻は渋りに渋った。
しかし離婚調停でなんとか離婚、またその際お父さまはユンファさんの親権を得ようとしたものの、前妻はそれを拒否した。
さらに前妻もかなり経済的に自立していること、また彼への虐待行為は隠されていたため、表向きはちょっと精神的に不安定なところのある、しかしそれ以外は普通の母親のようであったこと――かててくわえて、自分が仕事人間で家庭をかえりみていない父親であった、という事実が悪く作用し、結果ユンファさんの親権は実母が勝ち取ることとなってしまった。
ちなみにお父さまとユンファさんの仲はよかった。
家にはあまりいなかったが、休みの日には遊んでやったり、一緒に風呂に入ったりして、親子の時間を楽しんだ。またユンファさんもお父さまにはなついていたし、我ながら彼に好かれていたと思う、とのことだ。が…――離婚調停の際、どちらに着いていきたいかとの意思確認には、ユンファさんは「お母さん」と答えた。
……それは前妻が「パパはオメガじゃなくてアルファが欲しかったんだって。オメガなんか大嫌いなんだって。パパはオメガのお前の顔も見たくないから、今までなかなかお家に帰ってこなかったの。ママとパパが別れるのもお前のせい。パパはお前のことなんか大っ嫌いなんだから、パパが好きなら着いていくな」と嘘を吹き込んでいたためである。
いずれにしても実母に親権が渡ってしまった。
そうしてお父さまは心苦しくも、離婚によってユンファさんとは離れて暮らすこととなってしまった。
また離婚のさい約束されていた週に一度の面会も、「ユンファが会いたくないって。反抗期なの」というような実母の嘘によって、反故 にされてばかりであった。
だが二人で暮らすようになればよりいっそう、ユンファさんがオメガ属というだけで、実母は日々彼をはげしく蔑 んだ。――生理現象であるというのに、オメガ排卵期がくれば「気持ち悪い。すぐ発情して。そうやって男を誘うしか能がないんだよお前なんか」と嫌悪し、彼が何か失敗をすれば「やっぱりお前はオメガだね。この能無し。なんでこれくらいのことも出来ないの。頭ん中セックスのことしか詰まってないんだろ。」と嘲罵 して、果てには……。
母親の知り合いの男らに、体を売らせた。
ユンファさんの初体験は、母親の取り引き先の社長であったと判明している。
彼は母親にそんなことを命じられてもなお、ただ従順にその男の家に一人で行った。
ベッドの上で抵抗もしなかった。――そして三時間後、家に帰ってきた。
母親は帰ってきてすぐのユンファさんの顔に、「ほら」と十五万円分の札を投げつけ、
「お前の〝ハジメテ〟はたったの十五万。これしか価値ないんだーお前の処女。」とあざ笑った。
「…………」
彼はうつむいて何も言わなかった。
そう言われても、返答が思いつかなかったのだという。――怖かった。
立っているのだけで精いっぱいだった。…玄関のたたきに散らばっている「自分の価値」を見下ろして、泣きたくなった。でも、なぜか涙は出てこなかった。
ただ虚しくて、ただ怖かった。――太ももに伝ってはりついた男の体液に、今にも嘔吐してしまいそうだった。
「でも、お前みたいなオメガはそれくらいしか使い道ないんだから。やっとママの役に立ててよかったね。――初めてのセックスは気持ちよかった?」
「……、…」
気持ちよくなんかなかった。
痛かったし、気持ち悪かったし、怖かったし、ただただ悲しかった。――でもお母さんが恐くて言えなかった。
母親はユンファさんの髪を鷲づかみ、「気持ちよかったのかよ!? 聞いてんだよ!」と揺さぶった。
彼は顔をしかめながらコクコクうなずいた。
「へー気持ちよかったんだ? あんな初めて会った脂ぎったおじさんに抱かれて、しかも初めてだったのに。やっぱ根っからオメガだねーあんた。――あとはさっさとアルファの男捕まえて早く出てってね。…でも、それまではママの連れてきた人たちとセックスしろよ? せいぜいそれくらい役に立ってよ、お前結婚でもしない限り一生タダ飯食らいなんだから、この穀 潰し。あとパパに言ったらお前殺すからな。」
……そう言った実母は、その後もユンファさんに、知り合いの男らに体を売らせた。
そればかりか「いい男を捕まえるための練習」といって、ユンファさん自らにも売春をさせていた。なお、もちろんその金はすべて実母が回収していた。
そしてその女はしばしば、このようなセリフを彼に言い放ったという。
「ちゃんとセックスのテク教えてもらえよ。お前みたいな愚図 が将来の旦那を引き留めるには、その体使うしかないんだから。体しか取り得ないんだよお前には。お前オメガなんだから」
「なかに出されたんだー。ふーんよかったじゃん、お前みたいなオメガでも男に求めてもらえて。――何、妊娠しちゃう? 大丈夫だよ、避妊薬飲めば。ていうかナマのほうが稼げるでしょ。これからナマね。自分から言えよ、ナマのほうが気持ちいいからゴム着けないでくださいって。」
「お前はいいねー。股開いて、あんあん言いながら気持ちよくなってれば金もらえて、それだけでぬくぬくこんないい家で暮らせるんだから。私が汗水垂らして働いてる金で養ってやってんだから感謝しろよお前。将来のための勉強まで出来てねー親の金で。いいご身分だよねーユンファ。…こんなのちょっと返してもらってるだけだから。家出るまでに今までお前につぎ込んでやった全額返せよ。――でも親に優しくしてもらえんのなんか今だけだからね。パパもそうだよ? パパ何ていうだろうねーユンファ、お前がおっさんに股開いて金稼いでるって知ったら。もっと嫌いになるだろうねー。でなくてもお前がオメガだからって、パパすっごいガッカリしてたのに。」
「こんだけ!? ふざけんなよお前、この役立たず。ほんっと使えない…なんの役になら立つのお前、おいクズ。もう一回行ってこいよお前、そこら辺の金持ってそうな男にセックスしてください、体買ってくださいって土下座でもなんでもして頼みこんでこいよ。――お前のせいでパパに別れられたんだから、ちょっとくらい役に立ってもらわないと困るんだけど。」
お父さまはこのことを知らなかった自分を、今でも激しく責めているという。
しかしある事件をきっかけに、お父さまはそのことを知ることになる。
あるときユンファさんが家出をした。
彼の体を買ったとある男と駆け落ちしたのである。
そしてそのとき、前妻からその旨 の連絡があった。
おそらくそのまま警察に駆け込まれてはたまらない、と焦ったのだろうが、もちろん表向きは行方不明の息子を心配し、気が動転している母親のようであったそうだ。
しかし幸い彼はすぐに見つかったが、――そこから芋づる式に、前妻の悪行が露呈していった。
あらゆる教育は息子の将来のため、かつ息子自身も望んでそれに精を出していた。性風俗などばかりしか働き口のないオメガながら、将来はハウスキーパーや高級ホテルのホテリエになって、自立したいのだ、との明るい信念をもって。――しかし実際は、実母のエゴから強制されたものであった。
そして進学をしなかったのも息子の意思。
あくまでもユンファさん自身が、その教育に集中したいと決めてのこと。――しかし実際は「お前に教養なんか必要ない。頭悪いオメガなんだから無駄」と、実母が差別的に決め込んでのことであった。
だがやがて当然のなりゆきとして、実母は売春斡旋 など複数の罪で逮捕された。
なおここまでの話は、ユンファさんがうけた被害者事情聴取からの情報である。
しかしその女は社会的に優遇されているアルファ属であったため、二千万程度の罰金刑のみで済まされてしまった。
また当時、ユンファさんは警察からの呼び出しには応えたが、それでお父さまのところへ来ることはなく、――お父さまは猛反対したが、――駆け落ちしたその男とは恋人関係にあったため、そのままその男と暮らしはじめた。
そしてその男との破局後も、彼はお父さまを頼ってくることはなく、今やほとんど連絡を取り合うことはなくなってしまった――が、
「はは…驚きましたよ、突然ユンファから連絡があって、…それも〝結婚するかもしれない彼氏がいるから、ちょっと会ってほしい〟というんですから、それはそれはもう……」
お父さまはうなだれ、そうどこか嬉しそうに言ってから、しかし悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「………未だにね、私ね、物凄く後悔しているんですよ、――事件後、家に来いと、私と一緒に暮らそうと言ったとき、…」
彼はあきらかに涙をこらえながら、詰まり詰まりにこう続ける。
「あの子に〝あんただって母親 と同じだ〟って、…未だにあの時の、あのユンファの顔が忘れられないんです、――っそりゃこんな父親じゃ信じられないですよね、信じられるわけないんですよ、…そりゃあそうですよねぇ、…何年そんな酷い、…何年、…耐えてきたのか、…あの子が、…なぜ気が付けなかったのか、…あの子ね、会っても何にも言わなかった、…どうして言ってくれなかったのか、……私を、信じてくれていなかったからでしょうね、――いえ、でも……でも、…でもねぇ、貴方みたいに素敵な人に、やっと出逢えたんだから、ユンファも、…」
とお父さまが涙に潤んだ薄紫色の瞳で俺を見て、苦しそうに笑う。
……俺はティーカップからあたたかい紅茶をひと口飲んだのち、それを静かにソーサーへ置きなおす。
「…思い出すのもお辛いようなお話をお聞かせいただき、本当にありがとうございました。…しかし僭越ながら私、お二人にお聞きしたいことがあるんです。…お聞きしてもよろしいでしょうか…、ユンファさんは何故…――。」
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