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 俺の隣にすわっているユンファさんは肩身をすぼめてうつむき、対面にすわる俺の両親のまえで困惑と緊張をしながらも――自分はソンジュさんと結婚するつもりはない、と言ったのである。  ……するとそこまで彼に向いていた両親の眼がじろり…とおもむろに横移動、責めたてるような厳しいまなざしと変化し、俺一人に集中する。 「おいソンジュ」 「ソンジュさん、どういうことですか。」 「……いえあのお父さんたち…いいえ、」  誤解だ。と俺は眉尻を下げる。  間違っても俺の早とちりやら思いこみやらではない。――俺はうつむいているユンファさんの、その蒼白い憂いた横顔へなかば顔をむけ、 「ユンファさんは間違いなく俺のフィアンセです。…そして勿論俺としては、彼と断固結婚はするつもりではあるんですけれど…――しかし、…先ほどその…――彼は実の母親に色々と酷いことを言われて…、きっとそのせいで、そうした結婚への迷いが生まれてしまったんじゃないかと……」  と説明のさなか、俺は眉尻をさげたまま、ふたたび両親に顔を向ける。 「それこそ本当に、自分なんかが九条の俺と結婚してよいものかどうか…、自分ではとても俺に相応しくないのではないか…、お父さんたちにも、自分なんかでは到底認めてもらえないのではないか…、と…――そう思わせられたんですよ…、先ほどその人の言葉によって、恐らくは……」 「…そうか…」とアルファの父の緑の瞳が、心配げな眼差しでユンファさんを見る。 「…だが、それはあくまでもソンジュの一推察に過ぎないからな…――ユンファさん…どうぞ貴方の口から、本当のところを聞かせてくださいませんか。…どうしてソンジュとは結婚出来ないと?」  するとユンファさんは目を伏せてうつむいたまま、そっと青ざめた肉厚な唇を小さくひらき、静かな声ではじめにこのように前置きをする。 「…まずは、申し訳ありません…。ソンジュさんが責められるようなことなど、本当に何一つとしてないんです…――これは僕が今日になって、勝手に言い出したことで…――先日僕が彼からのプロポーズに応じたことも、また、今日までは彼と結婚するつもりであったことも、事実ですから…、……」  そして彼の唇が一度そこで力なく合わさり――少しののち、覚悟を決めたように、また小さくひらかれる。 「ただ…僕には、その……、実は前科があるんです…。いえ前科というか、結果として不起訴処分にはなりましたが…――それでも僕は過去、事実、人を殺そうとして……つまり僕は過去に、殺人未遂を、犯してしまったんです……」 「……人を…、それは、どうして…?」  とユンファさんに尋ねたオメガの父の声には、どこか子どもの怪我を心配する親のような、もの静かなやさしい響きがある。 「…それは……、……」  すると、いささか答えにくそうに逡巡したようなユンファさんだったが、ややあってから彼は眉をひそめ、自嘲しながらこう答える。 「僕が弱い人間であったからです…。誰かに寄生して、その誰かの愛に縋らなければ生きていけないような、馬鹿で弱い人間だったから……」  そしてユンファさんは深刻げに目を伏せたまま、「ですから…」と話をつづける。 「やっぱり僕のような人間は、そもそも、結婚自体向いていないですし…――というかソンジュさんに限らず、我ながら誰とも結婚なんかするべきではないと思います…。――何より、一応前科は付いていないとはいえ、殺人未遂を犯してしまったような僕とでは、九条家の方々にもご迷惑がかかってしまうかもしれません…。ですから……」  ユンファさんは自分の黒ジャージの両ひざをつかんで、対面の二人に深く頭を下げた。 「突然の大変身勝手な話で、ソンジュさんにもお二人にも本当に申し訳ないんですが、…ソンジュさんと、結婚は出来ません…、ごめんなさい……」 「……、…」  もちろんそれでもユンファさんと結婚がしたい俺は、すぐさま反論しようと口を開いたが、――ふとまっすぐに俺を見すえ、その真剣な両目で俺の覚悟をたしかめてくる両親の視線に気がつき、…出かけた勢いまかせの言葉を呑みこむ。  そしてユンファさんになかば上体ごと顔を向ける。彼はもう背を正してはいるが、やはりうつむいている。――俺の手のひらは迷わず、黒ジャージの膝頭をつかむその蒼白い片手の甲にかさなった。  その上で俺はこう微笑しながら言うのだった。 「――では、駆け落ちでもしましょうか?」 「……、…は……?」  するとユンファさんはうつむいたまま目を見開き、唖然として固まった。――が、すぐにハッと素早く俺へ顔を向け、「な、何…」とひどい困惑の表情をうかべる。 「な…に……何を、言っているの、君……」  俺はあえて彼のその質問には答えないで、逆に自分がこう質問する。 「ユンファさんには、離婚のご経験が?」 「いいや…、結婚なんか、今まで誰とも…」 「それならば何故、ご自分は結婚など向いていない人間だ…と? ――そうご判断されるのは時期尚早かと。…せめて俺と結婚をしてから、その向き不向きの判断を下していただきたいものです。…ねえユンファさん。」  そして俺は、愚直なまでの真面目な思いをこめた両目で、彼の小きざみに揺れているその薄紫色の瞳をじっと見つめる。 「たとえ勘当されようが何だろうが、俺は絶対にユンファさんと結婚をしますよ。…それこそ…――たとえば…殺人未遂を犯した貴方と結婚することが九条の名に泥を塗る行為だ、と俺の両親や親戚に、はたまた世間にそう責められ、そんな人と結婚などするなと猛烈に反対されるようであっても、…俺はそれなら、潔く九条の名を捨てるまでです。」 「……、…、…」  困惑の表情で俺を見てくるユンファさんの唇が、何かもの言いたげに小さく動いている。でも…と言いたそうである。――しかし俺の意志は固い。 「だから駆け落ちしようかと言ったんです。…ユンファさんとなら、それさえも決してやぶさかではありません。」 「……っ、…」  ユンファさんは眉尻を下げ、今にも泣きだしそうな顔をした。俺は彼の片手と指をからめて手をつなぎ、彼に微笑みかける。 「…愚か者だろうが負け犬だろうが、俺は何だっていい。九条の名などどうだっていいんですよ。…俺はソンジュなんですから。――ユンファさんに恋をし、その愛するユンファさんとの結婚を切望している、ただの一人の男――俺はソンジュです。…九条という名字があろうがなかろうが、俺は貴方だけをただただ愛している、ソンジュです。…だから…、……」  それから俺はまっすぐに、自分の両親を見すえる。 「たとえ九条家を敵に回してでも、俺は絶対にユンファさんと結婚をします。」  これは宣言である。  アルファの父は険しい顔をして俺を睨んでいる。  オメガの父はというと、呆れ顔である。 「ふざけるんじゃないぞソンジュ!」  とアルファの父が俺を怒鳴りつける。 「諦めなさい。」とさらに、オメガの父が呆れた調子で言う。――しかし俺は二人を睨みつけた。 「いいえ、俺は絶対に諦めません。」 「…ソンジュ…、ほら…でも……」  するとユンファさんはそう、俺のことをなだめようとするのだ。 「…君は、ご両親と仲がいいんだろ…。僕かご両親かなら、絶対にご両親を取ったほうがいいよ…――ね、ソンジュ…、ご両親の反対を押し切ってまでだなんて…絶対に君、あとで後悔……」 「……っ、…」  俺は両端の下がった眉をひそめながら、そう優しく俺に言い聞かせるようなユンファさんにふり向く。 「じゃあ、俺が両親を説得出来れば、結婚してくださいますか、…」 「…それは…、だって、」  とユンファさんは困ったように笑う。 「どうしようもないだろ…、説得なんて、出来るはず…」 「どうなんですか、二人を説得出来れば俺と結婚してくださるんですか、…それなら俺、どれほど時間がかかっても頑張ります、…だからお願いしますユンファさん、どうなんですか、ねえ、…」 「……、…」  するとユンファさんは困り笑顔のまま、そっとその長いまつ毛を伏せた。 「それは…、……まぁ、…君のご両親が認めてくださるなら…ね…」 「何を勝手に!」  と……しかしここでアルファの父が怒鳴り声をあげるのだ。 「勘当だ? 九条の名を捨てるだ? 果てには九条家を敵に回しても構わない、だと? ――ふざけるのも大概にせんか!」  そしてチラリと横目に見ると、彼はすねたように顔をしかめ、腕を組む。 「我々はそんなこと一言も言っていないだろうが! 勝手なことを言うんじゃない! ――大体説得も何も、――二人の結婚は(はな)から認めているわ!!」 「……ふっ…、……」  と俺は思わず含み笑いをもらす。  見るとユンファさんは、その伏し目に『え…?』と意想外の展開に対する驚きをにじませている。  彼はあまりのことに、はたと目と顔を上げて俺を見た。 「……ということで。」と俺はにっこり笑い、つないでいた彼の片手を胸の前で両手のなかにおさめる。 「俺たち幸せになりましょうね、ユンファさん。」 「……、…、…」  彼は今誰がどう見ても『ハメられた…』という、がく然とした表情である。  それから彼はおそるおそる父らへその顔を向けた。――するとそこで彼と目があったオメガの父は、呆れた笑顔でこう言うのだ。 「諦めなさい。…我が子ながら、ここまで意志を固めているソンジュは、もう梃子(てこ)でも動きませんよ――ユンファさん。」 「……、…」  そう言われたユンファさんは唇を薄く開けたが、しかしまだ呆気に取られた状態である。  アルファの父が彼に対し「怒鳴ってしまってすみませんね」と、唐突におだやかな笑みを含ませていう。 「さあ冗談はさておき…――どうでしょうユンファさん、どうか私らの息子と結婚してやってはくださいませんか。」 「…で、ですが、僕は…」  しかしそこでアルファの父が「はは…」とおだやかな笑みをこぼして、ユンファさんの否定的な言葉を封じる。 「実はねユンファさん――私たち夫夫はこれでもお見合い婚でして。――つまり親に決められた結婚だったんですよ。…そしてそれは、いわば九条家のしきたりの内の一つでした。」  アルファの父はそうは言いつつ、「まあ結果として私らは幸い、お互いが〝運命のつがい〟であると確信するほど惚れあえはしたんですけれども」と、隣のオメガの父を愛おしそうに横目に見ながら言い添え、――それからまた、笑顔のままながら真剣なまなざしでユンファさんを見すえる。 「とにかく…そうして我々九条家は過去、厳格な基準で選んだ配偶者のみを一家の一員として迎え入れ、そうして名家としての威厳を保とうとしてきました。――しかしね」 「…は、はい…」――ユンファさんが困惑ぎみに相づちを打つ。 「…私たち夫夫は、愛する息子の両親として、」とアルファの父が俺を一瞥し、そしてまたユンファさんにその澄んだ緑の瞳を戻す。 「この子が生まれるときに二人で決めたんです。――息子には、まず結婚をする・しないの自由から与えよう。――そしてもし大きくなった息子が結婚をしたい、と望むようならば、その相手はもちろん、息子自身に選ばせよう。――そうして息子の代からは、自分が心から愛し、この人だと選んだその唯一無二の人…すなわち自分で見つけ出した〝運命のつがい〟と、結婚をしてほしい…と。…それで私は、」  にっこりとユンファさんに笑いかけたアルファの父のその笑顔は、我ながら俺の笑顔によく似ている。 「九条家の当主になった折に、その旧時代的なしきたりを撤廃しました。――つまり我が家はもう、自由恋愛主義、かつ恋愛結婚主義になったということですよ。」  ここでオメガの父が、「それに…」と聡明なおだやかなまなざしでユンファさんを見ながら、静かに口をひらく。 「私は九条家に嫁いできた身ではありますけれど、九条家のアルファには()()()()があると、確信しているんです。――それは……」

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