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広々としたガラスのローテーブルをはさみ、俺とユンファさんの対面に位置するソファに、アルファの父と並んで上品に座っているオメガの父は――俺とよく似た水色の瞳にひとかけら聡明さの光る、凪 いだ海の水面のような穏やかさをたたえてユンファさんを見ながら、
「私は九条家に嫁いできた身ではありますけれど、九条家のアルファにはあ る 本 能 があると、確信しているんです。――それは……」
と優しい声色で話しはじめる。
「自分にもっともふさわしいつがい…つまり、出逢った相手がいわゆる自分の〝運命のつがい〟かどうかを、正確にかぎ分けられる本能…――私はね、ユンファさん」
「…はい…」
「……ふふ…」――オメガの父がそのアーモンド型の両目をやわらかく細め、ユンファさんに微笑みかける。
「今日のソンジュを見て、確信したんです。――ソンジュのその本能が、自分の〝運命のつがい〟は他でもないユンファさんだ、と告げている…――つまり、ソンジュの〝運命のつがい〟は間違いなく貴方なんだな、と。――だってね、」
とオメガの父は、上品な苦笑いをその色白の美貌ににじませる。
「九条家のアルファのその本能は、ただそうして自分の〝運命のつがい〟を見つけ出すだけでは終わらないんです。――見つけ出したならば必ず自分のつがいにしよう、と夢中になって、時に我をも忘れ、それこそその相手が自分のつがいになるまで、とにかくしつこく迫ってくるし、絶対に諦めない…――でも、それでも相手が自分のつがいにならないとわかったら、それこそ…人聞きは悪いんですけれど、手段を選ばない…どんなことでもしてしまう……」
さらに父は「ほら今もこの子、駆け落ちだなんて極端なことを、平然と言って退 けたくらいでしょう…」と、なかば同情的な――もうなかばは俺に呆れた――目色でユンファさんを見、…そしてやはり苦笑の翳りを晴らさないまま、彼にこう尋ねる。
「…実際…今までもしつこくなかった? ソンジュのアプローチは……」
「……、あぁ…あの、…」
するとユンファさんは父を見たまま強ばった表情をうかべ、かなり言いにくそうながらも、
「し……つ…――こかった、です…、というよりか、正直……」
今もしつこい…――と横目に俺をいささか憎らしげに見つつ、本音を明かしかけたはものの、皆 まで言わずしてそれを汲みとったオメガの父は、「本当にごめんね」と破顔しながら軽く彼に詫びてのち、さらにこう話す。
「ただ何にしても、九条家のアルファのその本能というか嗅覚というかは、これでかなり正確なものなんですよ。――だから下手に私たちがお相手を選ぶよりか、よっぽど本人に任せたほうが、むしろ九条家にとっても本人にとっても、もっともふさわしい人を選びとれるんじゃないかな…と、私たちはずいぶん前からそう考えていたんです。」
そしてオメガの父は、落ちついた微笑みをユンファさんへむけてこうつづける。
「…それでソンジュが――ソンジュのその本能が選んだお相手が、ユンファさんだった。…それなら私たちは文句なんてありません。――私たちは息子と、その息子が選んだ貴方のことを信じます。…ただ…」
「……、…」
しかし父の「ただ」という、否定につながりかねない接続詞を聞いた瞬間、ユンファさんはふと暗い顔をしてうつむいてしまった。
ところが父は優しくほほ笑んで、こう続けたのだ。
「何より、今日貴方に会ってみて、私たちもとても驚きました。――こんなに思慮深くて勇気があって、すごくしっかり者で…それもこんなに綺麗な人を、ソンジュが自分のフィアンセとして連れて来るだなんて…――私たちは息子が誇らしいです。」
「……、…え……」
するとユンファさんは――今はすっかり悲観的になっているせいか、続いた父のその言葉が予想外なものであったのだろう――ふと驚いたようにその薄紫色の瞳を上げ、ぼうっと父を見る。と、父は眉を寄せて笑った。
「ごめんなさい、あえてすごくいやらしいことを言いますけれど…――貴方は私たちやソンジュのことを考えてくれて、それで〝結婚できない〟とおっしゃった。――でもほとんどの人はきっと、逆に〝結婚できない〟だなんて絶対に言わないと思います。」
父は「だって…」とやはり苦々しく笑う。
「九条家のソンジュと結婚できるんですから。…つまりその…言ってしまえば、これは世の中の人がみんな羨むような結婚なんですから。――逆に〝何としてでも〟と思うんじゃないかな…――それこそ、親の私たちにもとにかく気に入られなければと、必死に取りつくろうような人がほとんどだと思いますよ。」
そして父は苦笑をゆるめると、それを優しい微笑に変えて「だけれど…」
「貴方は、ご自身の過去のあやまちを正直に打ち明けてくださった上で、自分のためにもソンジュのためにも、また九条家のためにも、〝結婚はできない〟と私たちにきっぱりおっしゃったでしょう。」
「……、ふ……」
なるほど…俺はニヤリとしながら目を伏せ、ここでやっと多少の安堵を得ては、出された目の前のモンブランを銀のフォークでひと口分えぐる。――口にふくむ。和三盆のしつこさのない上品な甘さと和栗のコクのある旨み、そして生クリームのまろやかさ……これは我が家御用達 の高級店のモンブランである(俺の大好物だ)。
……さて俺がそれを堪能している間にも、父はこう落ちついた優しい調子でユンファさんに話していた。
「なんて思慮深い人なんだろう、と私は感心しましたよ。…それに、貴方はご自身のことより何よりソンジュのことを――ソンジュの幸せのことを第一に考えてくださっているんだな、とも感じました。」
そしてオメガの父は、にっこりと屈託なくユンファさんに笑いかけ、確信的な明るい声でこう言った。
「世の中ね、ソンジュが九条家の者ともなると、なかなかユンファさんのような人とは巡り会えないものなんですよ、残念ながら。――そしてだからこそ、貴方のような素晴らしい人を逃してしまったら、ソンジュばかりか、きっと私たちもまた後悔してしまうと思います。」
……オメガの父はユンファさんのことを気に入ってくれたのだ。俺が先ほどニヤリとしたのはそれである。――父は気に入った相手のことを、自分が容易に世話をやける範囲に置いておきたい人なのだ。
したがって、このあとたとえ彼がなんと言おうとも、父は言葉巧みに言いくるめ、それこそ多少強引にでも、彼を自分の懐 へ入れようとすることだろう。
するともはや俺の出る幕はない。
ユンファさんの説得という点なら、かえってあとは父に任せておいたほうが、うまく事が運ぶに違いないものと思われる。
しかも…ここでアルファの父もニヤリとしながら、オメガの父の言葉にこうつけくわえる。
「端的に申せば、我々の目にも貴方は、九条家の一員となるに相応しい人だ…と、映ったということです。」
「……それは…、ありがとうございます……」
しかしユンファさんは依然浮かない顔をして、そう俺の両親に軽く頭を下げた。
すると彼のその表情を見て、アルファの父がほがらかな笑顔をうかべながら、明るい声でこう言う。
「いや、勿論貴方のご懸念は我々にも理解出来ますよ。…むしろ、そこまで我が家のことを真剣に考えてくれて本当にありがとう。――しかし今や九条家は、それほど社会的に注目を集めるような存在でもありませんから。」
――それは事実である。
九条家をはじめとした数字に条の名字をもつ家系はその昔、絶対的な権力を有していた。
それはなぜかといえば、そもそも条家とは王族を意味する名字――すなわち、国の頂点に立つ帝王になり得る(王位継承権を有する)王族一派だったからである。
しかし「だった」と過去形でいうように、この国の王制はもうずいぶん昔に撤廃された。…現代におけるヤマトの政治形態は、首相が国のトップに立つ共和制である。
つまり――もはや条家は王家ではない。
すなわち王族の血を濃く引く条家の者とても、いまや一般国民に分類されるということだ。
……もっとも、だからといって条家の権威が失われたかといえばそうではなく――条家は王制撤廃後も、結局は王族一派であったころの権威を表向き失ったばかりで、実態は今にも引きつづいて一般国民よりも絶対的な権力をもつ、いわば上流階級も頂点の地位を保っている――、また近代においても世間からは、条家といえば(元)王族直系の高貴な血を引く一族…との、畏怖にもちかい特別視的な認識をされてはいる。
しかし――。
とはいっても――俺の父のように大企業の社長や、この俺のように小説家を仕事にしているなど、元王族一派の条家とはいえど、すっかり一般社会に馴染んで生活している者が大半となった現代においては、たとえば「九条家」は知っていても、その一家の個人個人(たとえば九条 ・玉 ・松樹 )においては知らない…というような世間の人がほとんどとなっている。
……それは、それこそ条家が「国の象徴」である王族ではなくなって久しい今、まさか国を代表しての公務など課されていない――その有名人たらしめる露出などない――のだから、当然である。
ましてや権力があるとはいっても、その権力は上流社会の中でばかり発揮されるものである以上、その世界とはさほど関わりのない世間の人々のほとんどは、「噂に聞くすごい権威もち」というイメージしか持ちようもない。
したがって、たとえばマスコミなどがとりたてて条家の者の動向を追ったところで、世間は大して関心などしめさない。――「◯条家の…」という前置きがあれば多少、…ではあろうが、といっても世間の人たちからすれば、まことしやかな噂で名字ばかりは知っているが、といってもよくは知らない誰かさんの情報、といったような認識であるからだ。
つまり、それこそ条家の者のゴシップなど、よっぽど芸能人の些細なニュースよりもピンとこないネタでしかないのである。
となれば、まずマスコミもまたさほど条家に関心を寄せることはない。記事にしたってそれほど金にはならないからである。
……まあ俺の父は有名企業の社長かつ九条家の者、というのでよく注目されるが、かえってその注目は、前駆の「(誰しもが知る)有名企業の社長」というところに依存しているといってよい。九条家の…のほうが、かえって付加価値と化しているともいえよう。
したがって――少なくとも俺とユンファさんとが結婚をしたところで、何者かに彼の過去を掘りおこされ、世間からバッシングされる…ということは、極めて起こりにくいものと思われる(まあ俺は先ほど「たとえば世間に責められても」とは言ったが、それはあくまでも例え話である)。
……もっとも、ともすれば父の名を冠した上で…という可能性もなくはないにせよ、そもそも九条家の権威を恐れているだろうマスコミが、わざわざ我が家に――ひいてはその人の名を出すのだから、その現当主の父に――喧嘩を売るごときそうした記事を進んで出すか、と聞かれれば、それははなはだ疑問である。
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