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「九条家も、近年はとにかくよい家柄なのだなというくらいの認知をされているばかりで、…まあ仮に何かニュースになったとしても、それが特大の不祥事でもない限りは、せいぜい新聞の(すみ)に小さくあらましを載せられるくらいのもんですよ。」  とアルファの父がにこやかに続けると、 「というより」――と続けて、オメガの父が少し怒ったような顔をする。 「もし、すでに片がついている貴方の過去のあやまちを問いただす人らがいたとしても、そんな人らのことなんか別に放っておけばいいんです。――検察が、貴方がやってしまったことの罪を問わない・問えない、と不起訴処分の判断を下した。――それで終わった話を今さら蒸し返すような人らなんて、所詮ただ悪口を言ってスッキリしたいだけで、本当に九条家やソンジュ、貴方のことを案じてそう言っているわけではないんですから。」  さらにオメガの父は「いいえ」と厳しく断る。 「それでもなお誰かが過去の貴方を無理やり裁こうとするのなら、そのときは私たち、貴方を護るために必ず断固(たたか)いますよ。――だって貴方はもう、私たちの九条家(群れ)の一員なんですから。」  そう…アルファ属もこと条家には、「群れ(パック)」という価値観が存在する。――要は世間一般よりも家族・仲間意識が非常に強いのである。  それこそ群れの一員の敵は群れの敵、というような意識が本能として組み込まれており、またアルファ属のつがいとなったオメガ属も、その群れの本能が芽ばえるとされているので、…つまりオメガの父のこれは本気で言っていることである。 「……え…、……」  するとそう、ユンファさんは驚いている弱々しい表情ながらも、パッと一筋の光を見たかのようにその顔を明るませた――が、…しかしその晴れ間はたった一瞬のことで、彼はまたその表情を曇らせてうつむく。 「ぁ…あのいえ、ですが……」  そしてユンファさんはもの憂げな伏し目のまま、ささやくようなか細い声でこう言うのである。 「実は僕は…五条家に、事実上勘当されている…身で……」  するとアルファの父が目を丸くする。 「……五条家…? とすると、貴方……」  ユンファさんはもう言うしかない、というように目を伏せたまま眉を寄せ、「その…」 「……はい…、一応、父が…五条家の…」  ここで両親が驚きの目を俺に向けてくる。  お前は知っていたのか、と確かめるように。――俺は彼らに浅くうなずいて見せた。もっとも俺も今日そのことを知ったばかりではあるのだが。  ユンファさんは目を伏せたまま、話すのも気が重そうな小さな声でこうつづける。 「ただ…父と母が離婚したとき、僕は母のほうに引き取られましたし…――何より、僕の罪を不起訴処分にしてくれたのは…、実は父で……、……」  彼のふくよかな桃色の唇がふと合わさる。  ……しかし一身にうける三人の視線に急かされたように、彼はまもなく「それで…」と話をつづける。 「まあ…もともと父とは疎遠なほうではあったんですが…、その一件があってからは、より…――いよいよ呆れられたんだと思います、当然ですが…、…いえ、といっても僕は、はじめから父には嫌われていましたが…――ただ、母から聞いた話によれば……」 「……、…」  俺と両親は複雑な胸中に眉間をくもらせながら、息も止めがちな慎重な姿勢で彼の話を聞いている。  ユンファさんはうつむき加減のまま、小さな声で更につづける。 「父はその一件のあと…あいつは五条家の面汚しだ…と、憤慨(ふんがい)しながら母に()らしていたそうで…、…そして、…一応僕の実の父親ではあるから、これからも自分から連絡はしてやるつもりだが、本音を言えばもう息子とも思えないし思いたくもない、本当なら絶縁してやりたいくらいだ…と――それから父は、〝間違ってもユンファには、もう五条の名を名乗らないようにキツく言ってくれ〟…と…そう、母に言っていたそうなんです……」 「……、…」  俺もそうだが、ユンファさんのその話を聞いている俺の両親もまた、ほとんど同時に眉をひそめた。 「そういった感じで…」ユンファさんはまるで罪を懺悔をする罪人かのように、か細い声で言葉を継ぐ。 「一応…まだ父とは、連絡は取れるんですが…、それでも僕は、事実上勘当されたもの…というか…――あとまぁ…父は数年前に再婚したんですけど…、そもそも前妻との間の子なんて、それこそ父にとっても今の奥さんにとっても、正直、邪魔者でしかないじゃないですか……」  そしてユンファさんは儚げな伏し目のまま、「ですから…」と諦めきったような、力ないささやき声でこう続ける。 「自分でも、極力父とは連絡を取らないようにはしているんですが…、それでも表向きは、二人とも僕のことを心配してくれているような感じで、たまにまだ連絡が…――まぁでもそれは…〝実の息子と絶縁した父親〟という汚名まで被りたくないから、というだけのことだとは思うんですが…、はは……」  とその青ざめた横顔に薄ら笑いをうかべた彼だが、すぐにまた「すみません…」とうなだれつつ、もの憂げな表情にもどる。 「つまり…それこそ僕はもう、自分でも自分自身のことを五条家の者だとはさらさら思ってもいないですし…、…何より、正真正銘五条家の人である父とも、もうほとんど関わりがないような感じで…――何が言いたいかというと、…その……」  そしてユンファさんは怯えたように眉を寄せながら、こう一旦この話を結んだ。 「五条家に勘当された身の僕が、九条家の…その…、九条家の人…になるというのは、…それこそ九条家の方々にご迷惑が…――五条家の…というか…、父の面目が……それで、何かこう…悪ければ、家同士のトラブルにも発展してしまいかねないような気がして……」 「いいや、貴方はもう堂々としていなさい。」と固い声で即座に返したのはアルファの父である。父はいかめしい顔をして腕を組み、 「そんな父親なら、この際勘当されたも何も関係なく、貴方の方から五条の名など捨ててしまえばよいんです。――そして、これからは九条の者として堂々としていなさい。…もう貴方は何にも怯えなくていいんだ、ね。」 「そうだよユンファさん。ねぇ、」と少し怒ったような顔をして、オメガの父が彼を呼ぶ。 「…は、はい……」  するとユンファさんがハッとしながら顔を上げ、オメガの父を見る。と父は、鋭い真剣な顔をして彼をまっすぐに見る。 「お家のことやお父さんのことは、私たちに任せて、というのももちろんなんだけれども…――ねぇ、貴方のお母さんとも闘いましょう? だって許せないから。私たちが。」 「……、…は…、……え…、ぁ、あのでも…いえ、」  思いがけないその提案にユンファさんは驚いたが、しかしそののち困惑ぎみにふるふると首を横に振る。しかしオメガの父はすかさずこう笑いながら、ゆるやかに首を横にふり返して制止する。 「そんな迷惑は私たちにかけられない…、貴方はそう思うんでしょうけれど」 「いやいや、」  と継いでアルファの父がほがらかに破顔する。 「迷惑も何も、息子に迷惑をかけられたことのない親などいないんですよ。――ですから貴方も、どうぞ私たちに、存分に迷惑をおかけくださいよ。ねえ。」 「……え…、…ぇ…――えっ…と、…」  するとユンファさんは困惑に見開いた目を白黒させつつ――そ…と隣の俺へふり返り、助けを求めるような目を向けてくる。  ……なるほど彼は「この距離感」を知らないのだろう。――まあ確かに俺の両親は、見方によればいささか馴れ馴れしいようではあるが――しかし彼のご両親の話を聞くに、何より彼自身が「このような親」を知らないから、こうして返答に困っているものと見える。  アルファの父は、そのように困った横顔を自分へ向けてくるユンファさんへ、――彼が自分を見ていないのも構わず――その俺によく似たタレ目を極限まで細め、明るい声でこう言った。 「ユンファさん…――貴方ももう私たちの息子なんですから、ちょっとくらい親の我々に迷惑をかけてもいいんですよ。」 「……、…、…」  ユンファさんはパッと眉尻の下がった困り顔を父へ向け、それからまたすぐ俺へその顔を向け、そして唇をふわふわ動かすばかりで何も言わない…というよりか、どうしたらいい? と俺に助けを求めてきているのだろう。  要は頼るも甘えるもはばかられるというのである。  俺は父たちを見て微笑し、彼の代わりに答える。 「ありがとう。…ではお父さんたち、そのようにどうぞよろしく。……」  それから俺は自分の腕時計へ顔を伏せた。  ――なるほど、ちょうどユンファさんのお父さまの家へ向かうに程よい時間だ。 「…ところで、そろそろ行かないと…」 「じゃあソンジュさん」とオメガの父が言う。 「…これ以上ユンファさんを傷付けるより…ここは何かしら理由をつけて。お願いしますね。」 「……それもそうですね。わかりました。」  と俺はソファから立ち上がった。 「ソンジュ。先方へも、くれぐれもよろしく頼むぞ。」――アルファの父も、そうそれだけで俺に頼もしく命じる。 「はい。…では向こうに着いたら、アサツユお父さんのスマホに電話をかけますね。――お邪魔している最中は電話を繋げておきます。」  すなわち俺のこれは、…あるいはユンファさんのお父さまも「敵」なのであれば、会話を記録しておく必要があるかもしれないから…――という言葉少ななアルファの父の言いつけに、その具体的な方法を提案したのである。 「うん。それで頼む。」 「はい。では、行ってき…」  しかしユンファさんばかりは「え…? ちょっと待ってよ、ソンジュ、」と一人だけ、(当然だが)状況を把握できていない様子である――ので、俺は彼を見下ろして微笑んだ。 「すみません、勝手に話を進めてしまいまして…。…今日のところは俺だけで、ユンファさんのお父さまの家に行きますね。――ユンファさんは…、すみません…少々息苦しいかもしれませんが……」  ……聞くにそんな父親なのであれば、少なくとも俺の両親といたほうがまだマシではあるだろう…――と俺には思えたのである。  ましてや今のユンファさんを一人にしてはおけない。――そもそもが落ち込んでいる様子というのもあるが、内心よくないとはわかりつつもすがっていた実母と縁を切ったばかり、また背負っていた借金は俺によって完済されても、それだからこそそのことをいまだ気に病んでいるらしい彼では、最悪……今は誰かしらの目があるところにいてほしい。  ということで――。 「俺も出来る限り早めに切り上げられるよう努めますので、――先に父たちと夕食でものんびり召し上がられながら、ここで待っていてください。」 「……は…? いや、でも、」 「いえいえ、ここはどうぞ俺に全てお任せを。――ではお父さんたち、」  俺は父たちを見やる。 「ユンファさんのことをどうぞよろしく。…それでは行ってきます…――。」  すると父たちは「行ってらっしゃい」と俺をにこやかに見送った。  ……ユンファさんだけは呆然としていたが――

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