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そうである――。
俺はそうした実家でのやりとりを踏まえ、約束どおり、絶えず通話中状態のままの自分のスマートフォンを、このミッドナイトブルーのスーツジャケットの内ポケット、そこにずっと隠し持ったまま知らん顔をして、五条夫妻と会話していたのであった。
……そうしたわけで――俺がユンファさんのお父さまの家に着いてから繰り広げられていた会話の一切は、今俺の実家にいるユンファさん、そして俺の両親の耳にも届いていたのである。
さて――。
現在時刻は夜十一時を回ったばかり――俺とユンファさんは、彼の自宅マンションに帰ってきた。
……いや…厳密にいえば、
「……ぅ…、んんぅ……」
「…ユンファさん、大丈夫ですか…、……」
酩酊状態のユンファさんの肩を担ぎながら――俺が彼を「連れ」帰ってきた。
……その実俺たちは、つい先ほどまである高級焼肉店にいたのである。
そう、言うまでもなく、俺たちはそこで夕食をとっていたのだ。が――その場には俺の両親と、そして、
ユンファさんのお父さま夫妻も同席していた。
というのも――。
まず俺はお父さまに、ああして「今までの会話はユンファさんの耳にも届いていた」と明かしたあと、ジャケットの内ポケットからその通話中状態のスマホを取り出して、ローテーブルの上に置いた。
そして俺はそうなった経緯を、――お父さま夫妻へ出会い頭にも話したとおり――ユンファさんの具合がどうもすぐれず、今彼は俺の実家にいるのだが、しかし、彼は彼でお父さまと俺とが何を話すのかを気にかけていたので、この状態を取らせてもらった。…と…多少の真実をまじえた嘘の説明をした(わざわざ関係性を悪化させてまで真実を明かす必要はない。嘘も方便、である)。
なお、それならばなぜ電話越しにも「会話」の形式をとらず、あくまでも「傍聴」の形式を取っていたのか――については、俺は実家で聞いた、ユンファさんのお父さまへ対する想いや考え――自分は五条家からほぼ勘当されている身、また「五条家の面汚し」として自分は大そうお父さまに嫌われている、など――をあまさず代弁した上で、こう説明した。
私が彼にそうするように勧めたんです。
正直私はお父さまからお話をうかがうまで、ユンファさんとお父さまの関係性がそうした状態にあることを疑いませんでした。なぜならそれが、彼自身から聞いた話であったからです。
そして、「本音を言えば完全に絶縁したいくらいだ」とさえ、お父さまに疎 まれていると勘違いしていた彼は、会えばこの結婚についてお父さまに何を言われてしまうかわからない、と怯えているように私には見えました。――それにもかててくわえてあえて電話で、…すなわち一見すれば、その場から(お父さまから)逃げたような形式下での会話……となると、いよいよ(彼の話では、)厳格なお父さまに彼が責められてしまうのではないか、…私自身もそのような懸念を持ったんです。
そして、それによって彼が感じてしまうであろう多大なるストレスは、およそ私の想像をも絶するものとも思われ――それで私は、でき得る限り愛する人のストレスを軽減しながら、かつ「気になる」というその当然の気持ちにも応えられるよう、この「傍聴」の形を取るよう彼に勧めたんです。
……お父さまは俺のこの説明で納得してくれた。
またかつ、俺がそれらひと通りの説明を終えたのち、あらためてこの無断の傍聴状態を誠心誠意詫びたなり、彼は朗笑 して、それに関しても快 くゆるしてくださった。
しかしその後、お父さまはふと真剣な顔をした。
それからローテーブルの上に置かれた俺のスマホを見下ろし、「ユンファ」
「少しでいいんだ。話せないか」
……なおそのときはまだ電話は繋がっていたのだが、密かに会話を傍聴してもらう目的があっての都合上、向こうのマイクはミュート設定、すなわち、向こうの音声は俺たちに聞こえないようになっていた。
要するに、まずむこうがミュート設定を解除しないことには、「会話」には至れない状態であった。
「…ユンファ、お願いだ。私はお前の目を見ながら、改めて今までのことをちゃんと謝り…、……」
しかし、ここでお父さまは言葉を失った。
というのも……、
ピンポーン――。
そのときインターフォンが鳴ったためである。
一瞬場が静まり返る。
またその数秒後、ミュート設定も解除された。
『お父さん』とユンファさんの落ち着きはらった声が、俺のスマホから聞こえてくる。
「ゆ、ユンファ、…」
『……開 け て 。』
……俺もご夫妻も一拍ばかり唖然として固まった。
これは俺にさえ急展開と思われてならなかった。
ややあってお父さまが、驚き顔でスマホを見下ろしたままこう質問をする。
「ゆ、ユンファ、今どこにいるんだ、?」
するとユンファさんは泰然 とした声でこう答えた。
『…家の前。お父さんの。』
「……、…」
……それを聞いたお父さまはまた数秒か固まった。が、
「――…っ!」
にわかに弾かれたような勢いでソファから立ち上がると、逸 る気持ちのあまりか、あわや一歩間違えれば足のもつれそうなほど乱雑なドカドカという足取りで、家の玄関へまで走っていった。
そして…――。
お父さまのその機敏さにもまた驚いた俺とお母さまは、ふと驚いたような呆気にとられたような顔を見合わせた。
が…二人同時にハッとして、そうして少し遅れてから、俺とお母さまも慌てて追いかけた先――俺たちがその玄関にたどり着いたときにはもう、父子は対面しており…――というよりか、
「ユンファ、…ユンファ、…」
「痛いよお父さん…」
と…泣いているお父さまにキツく抱きしめられていたユンファさんが、本当に痛いのかはたまた照れくさいのか(あるいはどちらもか)、その顔をしかめている姿がそこにあったのであった――。
……聞けばユンファさんは俺の実家で、俺と話すお父さまの悲壮な様子を受けてか、いてもたってもいられなくなったように、――お父さまが破談を恐れて嘘をついてしまった、と俺に打ち明けたあたりで――「やっぱり自分も父の家に行ってきます」と俺の両親に申し訳なさそうに言いながら、すばやくソファから立ち上がった。
しかし俺の両親は、今にも飛び出していかんばかりの彼を一旦制止し、それならば(歩いてもまあ行けなくはない距離ではあるが、)家まで車で送る、大至急用意を済ませるから少しだけ待っていてくれ、と伝えて、…そうして本当に、彼をお父さまの家まで車で送ってやった。
……のだが、車内でも電話を繋げたままであったオメガの父のスマホは、もとより後部座席に座っているユンファさんの手にあった。――両親は誰よりもこの会話を聞くべきなのは彼だから、と、それを持たせていたようである。
そして目的地に到着、さあ行っておいで、と両親に見送られたユンファさんが、逸る気持ちのままお父さまのマンションのエントランスへ入り、事前に登録されていた生体認証のロックを通過して、いよいよその人の玄関扉の前へ…――とそこまで来て、彼はハッとした。
……(俺の父の)スマホをうっかり持ってきてしまった。
で…――そのとき非常に折よく「話せないか」と、そして、「開けて」だったようである。
とまれかくまれ、…そうしてその親子は久々の対面を果たし、その後はお父さまの家で腹を割って話すことができたようである。
……もっとも俺は、積もる話もあろうしお邪魔だろう、とその場には同席せず、ひとまずはお暇 することにしたので、彼らがどんな話をしていたのかは知る由 もない(先の推測は、のちに見た二人のいくらも晴れやかになった表情から察したところである)。――ただ、話が終わったら迎えに行きますので連絡して、とだけユンファさんには言い添えておいたのだが。
そしてその後、俺は一旦実家に帰った。
……どうせやがてユンファさんを迎えに行くのだから、それならお父さまの家から近い実家で待っていよう、との算段であった。――ちなみにオメガの父のスマホに関しては、代わりに返しておいてほしい、とユンファさんに手渡されたものを、きちんと俺から父本人に返却済だ。
また俺は大好物のモンブランも食べ残していたので、ユンファさんを待つあいだ、それと淹 れなおしてもらった紅茶を堪能しながら、俺のほうも久々に両親とゆっくりなんでもない話をしていた。たとえば近況のことだの、今後のことだの、はたまたあの女の悪口だの……。
そしてそのうちに俺と両親は、(本当は当初の予定通り一緒に夕食を、と思ってはいたが、)あまりユンファさんが遅くなるようであれば、もしかすると彼は彼でお父さまと夕食をとる流れになるかもしれないし、そうなら久しぶりに家族で食事でもしよう――またその際には、ぜひ行きつけの高級焼肉店にしよう――か、という話になった。
……しかしそれから三十分も経たずに、ユンファさんから電話がきた。――なお、彼はおおよそ二時間弱お父さまと過ごしていたものの、その時点ではまだ夜八時ごろであった。
そしてその旨 は、もしまだ夕食をとっていないようであれば、ぜひ一緒にどうかと父が言っている、というものだったのである。
もちろん俺の両親はぜひ、と答えたばかりか、それならば自分ら行きつけの、おすすめの焼肉店があるので、そこでどうですか、と……、
そういったわけで――。
図らずも結果として両家顔合わせ、という状況になった夕食の席では、九条家と五条家という、ある種境遇のよく似た両家両親はすぐさま意気投合、…さらには「共通の敵」――ユンファさんの実母――の話ともなると、(焼肉のかたわらに酒があったせいもあるだろうか、)いよいよ徹底的にやりましょう、なんて白熱する協議のなかで結束を固くし、……かえって俺とユンファさんのほうが、いきいきと意欲を燃やす両家両親のまえ、ぽかんと置いてけぼりを食らっていたような有り様であった。
とはいえ――もちろん結婚をするという二人の話題も大いに食卓に上がり、ことユンファさんのお父さまは酔いにも増して念願の息子との和解後、ともあってか声も大変明るく大きくなって、俺の両親とともにとにかくめでたい、(お互いに)どうぞよろしくお願いします、と何度も口にしていた。
……なお、ユンファさんはもう俺と結婚しない、とは言い出さなかった。――まあ、いよいよほとんど周りを固められたようなもののこの状況のせいもあるかもわからないが、…それにしても彼も彼で、どことなく普段よりも上機嫌なようであった。
まず口数からして多く、終始にこやかであった…とまでは言えないにしろ、笑顔になる瞬間も多く、また何より――彼はやたらと酒を飲んだ。
ちなみに俺は、ユンファさんを自宅へまで送り届けるつもりであった――代行ドライバーを頼めばいいじゃないか、と父らには言われたが、車内でお父さまとはどうだったのかなど、彼からそうした話が聞きたかったため、そうするつもりはないと答えた――ので、酒は本当に一滴も飲まなかった(しかし結局ユンファさんは、車中では助手席で眠ってしまっていたのだが)。
とまれかくまれ――そうして程よい頃に解散、また必ず両家で集まりましょう、なんて赤ら顔の面々が明るく口々に、――そして俺たちもこうしてやっと長い一日を終え、ユンファさんの自宅マンションへまで帰ってきた、というわけである。
さて――俺はまず、
「…んっ、…」
……ユンファさんの背中を玄関の白い壁に押しつけ、彼のふくよかな唇をむさぼった。
もう我慢ならない。――彼の悲しい過去を聞いてしまった俺は、どうしてか自分でも気持ちの整理がまだついていない、…すなわちかなり漠然とながら、その実ずいぶん前から彼を抱きたくて抱きたくてたまらない欲求に悩まされていた。
「っんん、……ぁ…」
ユンファさんは少し苦しそうにうめいてすぐ、ぴくんっとしながらかすかに甘い声をもらした。――俺がキスをしながら彼のジャージのファスナーを下げ、あらわにしたその生白い首筋にむしゃぶりついたせいである。
「ゃ、ソンジュ…――げ、玄関で…」
すると俺の両肩を多少それらしく押したユンファさんだが、そのわりにその力は弱く、またそう言う声にしても大人しげで――かつ酔いに甘くなった呂律にもくわえ、ささやくような奥深い色気を帯びてもおり――、およそ誰が聞いても咎めるような鋭さはない。
……ユンファさんは黒いジャージの下に白いTシャツを着ていた。――俺の手はそれの裾を荒々しくまくり上げ、すると俺の目に映る酒によって血流がよくなっても、かえって普段より透明感の増したどこまでも白い肌、その白皙 に二滴にじんだような薄桃色の乳首の片方に、俺は吸いつく。
「ぁ、♡ そ…じゅ、…あ…あの…ぼく…、ソンジュ…――汗…かいてる、から…、だめ、ねえ…、…っ♡ せ…せめて、部屋で……」
……そうもごもごと言ったユンファさんは、それでも俺が片方は指でくにくにと、片方はちゅうちゅうと自分の乳首への愛撫をやめないので、――ぐっと先ほどよりは強めに俺の肩を押して離し、それからまくれ上がったTシャツの裾をさっと下げなおす。
ふと見ると、真っ赤になった弱々しい顔をうつむかせていたユンファさんは、か細い小声でこう言う。
「だめ…だよ、ぇ…えっち…したく、なっちゃう…、きもちよくて…、そういうこと…されると……」
「……、……?」
俺は少々考えた。
えっちしたくなっちゃう…――俺に、明らかに今襲われて…、何なら先ほどまで、彼もそれを認知しているようなことを言っていたような……? ――と一瞬そう疑問に思ったのだが、しかしそうだった、と思い直す。
……今ユンファさんはこれでもかなり酔っ払っているのである。
「…はは、そりゃあ……」
俺は今から貴方とえっちがしたくて……と言いかけたが、しかし次の瞬間、ユンファさんはとろんとした切れ長の目で俺を見、ふわ…ととろめいた微笑をうかべ――こう言った。
「ね、でも…、君が…もし僕を、抱いてくれるなら…――教えてあげる…、僕の過去のこと、もっと……」
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