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「それで…――調教、されたの…、その人に……」
そう俺の耳にささやいてくるユンファさんの声は、どこか甘い切なさを帯びていた。――恍惚といえばそうだが、怯えながら媚びているよう、といってもそのような、聞いていて胸の苦しくなる上ずりを帯びていた。
「まずはフェラとか、どこをどう舐めたらいいかとか、性奉仕のテクから…、アナルとか乳首とかの開発もそう…――ていうか…今思ったら口でゴム着けるのとかも、同棲前に教え込まれたやつだし…――でも、そんなのまだまだ序 の口で……」
ユンファさんは俺の後ろ髪を指先でもてあそびながら、かすれた嘲笑をふくませてこう言う。
「〝愛しているからいじめたくなる〟…、僕が嫌そうな顔とか、痛そうな顔とかして、怯えているのが可愛いんだって…、それでそれは、小学生の男の子が好きな子をいじめるのと同じことだ、って…――それにしちゃあご主人様とか呼ばされてさ…、首輪に、リードに、拘束、縄、落書き…、すごい恥ずかしい格好させられて、すごい惨 めになるようなこと言われて、言わされて…――イラマとか腹パンとか、首絞 めとか、ビンタとか……」
言いながらユンファさんの腰がビク、と跳ねた。「今なら…」――彼は消え入りそうな、今度は明確に恍惚としたささやき声で言う。
「ヤバい…興奮する…、興奮、するけど…今ならね…――でも…当時の僕は、正直…怖かった…。世界で唯一、自分なんかにも優しくしてくれる…、愛してくれる人が…、……毎日、隠れて泣いていた……」
「…それは…、何と言ったらいいか…、月並みですが、お辛かったでしょうね……」
事実これは月並みな返答だろう。だがこういうときは、かえって話の発展性のない月並みな返答こそちょうどいいものである。
こういうとき、人はとにかく話したい。誰かと話がしたい、誰かの意見が聞きたいのではなく、ただ話したい――話を聞いてほしい――のだ。
「うん…」とユンファさんは、鼻をぬける儚い吐息とともに肯定する。
「ただ…そうやって僕が落ち込んでいたらさ…――その人いつもそうだったんだけど、そういう時絶対、〝愛してるよユンファ、可愛い、綺麗〟って褒めちぎりながら、僕のこと何回も何回もしつこくイかせんの…、奥の気持ちいいとこばっかりガンガン突いてきて、溺れそうになるくらいキスしてきて…、それで、よだれでぐちゃぐちゃ、べとべとになるまで体中舐められんの…――ふふ…溶けちゃいそうだった…、とにかく気持ちよくて、意識が遠のくくらいしあわせで……」
「……、…」
ところがこれを聞いたとたん、自分の眉間に差した翳 りを感じる。
これは…――あえてそ の 感 情 にはもう名を与えない――ただし、したいように、ユンファさんのほの甘い首筋を、あむあむと貪 るように唇で食みながら、なめ回す。…彼の胸板やあばらを撫でまわしながら。
「ん、」と彼は少し苦しげにうめきながら、肌をざわりとあわ立てる。しかし「ふふ…」と仕方なさそうな含み笑いをもらした彼の指が、俺の後ろ髪をゆっくりと梳 いて撫でる。
「はぁ……――それ…で…」と官能的な吐息をふくんだユンファさんの声が、話をつづける。
「そのおじさん…、終わったあと、いつも…愛しているから…我慢出来ない、とか…いじめちゃうんだ、とか…――僕は…ほんと馬鹿で、チョロかったから、それで何でも許しちゃってた…。そっか、愛されているからなんだって…――それにSMに関しても、〝好きな人が喜んでいるんだからいいんだ〟って…、我慢しなきゃ…、捨てられるのも怖いし、それくらいなら〝可愛いいい子の性奴隷〟にならなきゃ…って……、だから、文句の一つも言ったことない…、完全に言いなりの……」
さなか、俺の前歯がユンファさんの粒だった乳頭をやや強めに噛んだ。「ぁ、♡」とにわかに切ない声をあげた彼は、ビクンッと腰を浮かせたが――しかし、自分の胸元に顔をよせる俺の後ろ頭を愛おしそうになで…なでと撫でながら、「ふふ…」となぜか嬉しそうに笑うのだ。
「もしかして君…、やきもち…妬 いてる……?」
「……、…」
俺はつぐんだ口に黙秘の鍵をかけた。
俺のその醜 く稚拙 な「感情」には名が与えられていない。――少なくとも、己自身には。
……するとユンファさんは「まあいいや…」と、確信的に勝ちほこったようにつぶやいた。それから嬉しそうな上ずりを帯びたままの声で、こう話をつづける。
「でも僕、結局は生まれつき、どうしようもないマゾだったんだよ…。すぐ調教でイくようになって…、それこそもう…首絞められただけでもまんこ濡れるようになっちゃってさ…――で…〝何殺されかけてんのにまんこ濡らしてんだよこの変態〟とか、〝やっぱり死ぬ間際まで淫乱オメガなんだな〟とか罵 られると、…もう駄目…――惨めな自分が気持ち良すぎて、泣いてんのにずっとイッてんの…、体が、勝手に……」
ドキドキと高鳴っているユンファさんの心臓の鼓動が、俺の唇を責め立てるように叩いている。
「あと…、その人にいじめられているときは、実はすごい優越感があって…――彼がここまでのことを出来るのは、きっと僕だけ…、この人のヤバいところとか、変態なところを全部受け容れられるのなんか、きっと僕くらいだろって…――そう思うと、すごく幸せで……」
しかし――「でも…」と言うユンファさんの声が、不安な翳りに重たくなる。
「だんだん…日常的にも扱いが雑になってきて…、その人、機嫌が悪くなると〝この穀 潰 し〟とか、〝自立出来ない、性欲処理しか能のない役立たずのオメガなんだから、自分で抱いてくださいって頼み込むのが筋でしょ〟って…――それで、その頃になるとさ…おじさんが帰ってきたら、まずは玄関で、性奴隷みたいに〝おかえりなさい〟って土下座してから、ご奉仕してた…、〝帰ってきてくれてありがとうございます〟とか言わされながら、洗ってないちんこ必死に舐めて……」
ユンファさんは「馬鹿でしょ…?」と泣きそうな声で自嘲 う。
「〝こんな僕を抱いてくれてありがとうございます〟とか、〝何でもするから捨てないでください〟って言わされながら…抱かれて…――でも、それで僕がちょっと涙目にでもなっていたら、その人、〝不満があるなら出ていけば? どこ行くのか知らないけど、まあ頑張れ〟って、絶対突き放すわけ…――そうしたら僕…本当に捨てられるんじゃないかとか、浮気相手がいるから、本当はもう出て行ってほしいんじゃないかとか、不安になってきて……」
そしてユンファさんは「それで…」と薄ら笑いをその声に帯びさせる。
「だから、必死こいて甘えてみたり…可愛こぶってみたり、一生懸命尽くしてみたり、ご奉仕してみたり、〝捨てたりしないよね、愛してるよね〟って縋 ってみたりしてさ…。…はは…――気持ち悪い…。こんな形 の二十歳 越えていた男がさ、柄 にもなく、キモすぎるし、面倒くさすぎ…――実際、その人も機嫌がよければその時は甘やかしてくれたけど、機嫌が悪いときは、はっきりそう言っていたし……」
「……俺なら…嬉しいのに…、きっと愛おしくて堪らなくなるだろうな…――勿論そうして不安にさせたくはないし…、そうしなければという必要性など、間違っても貴方には感じさせたくはないけれど…、……」
……それにしてもそう俺に甘えてくれるユンファさんは、きっとものすごく可愛いだろうから…――そのように言いかけて、呑 み込む。
今日のことでわかったような気がするからである。――これまで彼に「可愛い」と侮蔑 をこめて言ってきた者らの呪縛が解 かれない限り、彼の耳には「可愛い」は褒め言葉ではなく、かえって下に見られているような侮辱のそれとしか聞かれないのだ、と。
しかしユンファさんは「それでさ…」と、俺の言葉がまるで聞こえていないかのように、こう言い継いだ。
「ある時ね…、そのおじさん、友達を連れてきた…――おじさんと同い年くらいの人、何人も…――それで酒飲まされて…そのまま何か、ヤバい薬も飲まされて…――そのまま僕、訳もわからないまま……」
「……、…」
俺は本能的に腕を立ててユンファさんの顔を見た。
――彼はその黒い長いまつ毛を伏せ、人形のような無感情的なほほ笑みをたたえていた。
そして、どこか他人の不幸を嗤 うようにこう言った。
「その人たちに、輪姦 されちゃった」
「……、…」
俺のまぶたがチカチカと悲しい痙攣を起こしている。…あまりにも…――もはや胸中から絶句している。
しかしユンファさんは、やはりどこか他人事のように――自分の過去を外側から眺め、その自分をあざ笑うかのように――伏し目のまま、こうやたら平気そうに続ける。
「…それで、僕は馬鹿だからさ…輪姦されながら、〝他の人に僕が抱かれてるのに、なんで止めてくれないの? 嫉妬してくれないの? なんでオナニーしてるの〟って、そんなことしか考えていなかった。無理やり集団で犯されてるのに、まず嫉妬しないの? とか、ほんと頭悪すぎでしょ…――そうそう…、そのおじさん、僕が他の男に犯されているのを見ながら、何回もヌいていたんだよね。」
「……、…」
俺が唇をためらいに開閉し、…何かを言いたいが、何かを言いたくてたまらないが――気休めにもその男に向けた罵詈 雑言 を聞かせてやりたい、ユンファさんのその悲しい過去に寄り添いたい、これからは俺こそが絶対に貴方を幸せにしてみせると示したい――しかし、それのどれから、また、それらをどう言えばよいのかわからないと戸惑っているあいだにも、彼はおよそ自分を馬鹿にしたような伏し目の薄ら笑いで、こう話しつづける。
「何なら全部終わったあと、ザーメンだらけの僕に過去一大興奮してさ…――抜かないで何回も何回も、何回も僕に中出ししてきて、…他の男のザーメンで汚れたユンファのまんこに興奮するって、ぬるぬるでぐちゃぐちゃで、ちょっとゆるくなってるのがいいって…――でもその時すごい、久しぶりに優しく…というか、回数は多かったけど、それでも〝普通に〟抱いてもらえて……」
「…そんな…」辛 うじてもれ出た俺のこの言葉は、しかしこの寝室の深い暗闇の大きさにはあまりにも小さく、およそユンファさんの耳にさえも聞こえなかったのかもしれない。
あるいは聞こえないふりをされたのかもしれない。――彼はおそらく、自分のいまだ痛みの生々しい傷を俺に慰められたくないのだ。
だからか、彼は俺に一瞥 もくれずにこう、嗤いながらつづけた。
「それで…〝ユンファがボクのお友達ともエッチしてくれたら、ボクすごく助かるんだ〟って言うから…、金、貰っていたからね…――〝ボクのために頑張ってくれる?〟って聞かれた…、僕はわかったって答えた…、ずっとタダ飯喰 らいなのも気にしていたし…――何なら僕、その人が過去一興奮してくれたから、…あぁ、僕が他の人とエッチしたらこの人こんなに喜んでくれるんだ、もっともっと僕のこと求めてくれるんだって、…それに頑張ればまた、愛してもらえるかもって…思っちゃって……」
しかし――ここまでなめらかな陶器のような無機質とさえ見えていた、その人形的な冷ややかな笑みを浮かべていたユンファさんの美貌に、その伏せられた両目に、眉に、ここでやっと人間らしい僅少 な歪 みが生まれた。…するとそれを見つけた俺のうなじは、まるで寵 する陶器に走ったかすかなひび割れを見つけたかのように、ヒヤリと凍えた。
「だから、…下手すると一週間くらい、四六時中誰かしらのちんこをさ、穴という穴に咥 え込んでるみたいなときもあったし、…集団で調教されたりとか、何回か、キメセクもさせられたし、…でもだんだん、知らない人たちがアパートに入り浸 るようになって、その人たちの食事の世話とかまで我慢してやって、…あと結局、勧められるまま自分でもまたウリ始めて、――ただ、おじさんにその金渡すとめちゃくちゃ喜んでくれたし、ザーメンなかに残しておくと、めちゃくちゃ興奮してくれたから、――だからどんな調教でも我慢して服従して、連れてくる人たちと全員、どんな汚い奴とも生でセックスして、ウリもして、…ほんと、我ながら完全に言いなりの奴隷だったけど、…」
ユンファさんは自分の弱々しく震えている目もとに、片腕をのせてそこを隠した。
そして震えている彼の肉厚な唇ばかりは、無理な笑みを浮かべてこう言う。
「そうしたらそのおじさん、だんだんアパートに帰ってこなくなって、…それでたまに帰ってくるとさ、何か高そうな腕時計とかスーツとか着てんの、…そうやってブランド物とか買い漁 るようになって、…僕はボロアパートで、渡されてる金の範囲で節約しながら暮らしてたけど、――聞いたら、仕事で必要なんだって…、ブランド物を身に着けていないと、取り引き先に格好つかないからって…――それで気が付いたらその人、一千万以上借金していた……」
「……、…」
俺の脳裏にふとある記憶が思い起こされる。
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