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94 ※モブユン

「そん…ソンジュ…、は…愛してる…――愛してる、愛してる、…なかに出して…、僕のなかにいっぱい出して、――僕を、妊娠…させて、ソンジュ……」  俺はある日の昼ごろ――寝室から聞こえてきた、ユンファさんのその切ない喘ぎ喘ぎのセリフに、ドキリとした。  その日も俺は普段どおり書斎兼自室で仕事をしていたが、さなかコーヒーを切らしてしまったので、それを()れにキッチンへと向かった。――しかし我が家の場合、キッチンへは必ずリビングを通らねば行けない。そこにしか出入り口がないからである。  そして寝室への扉もまたリビングにのみあった。  いずれにせよ俺は何の気なしにリビングへと行ったのだ。――するとちょうどそのとき、寝室の閉め切られた扉向こうから、かのユンファさんのセリフが聞こえてきた。  ……俺は思わずキッチンへ向かおうとしていた足を止めた。――そうして俺の足をひたと止めたのは、ある(はかな)い期待であった。  なおアルファ属の俺の聴覚は獣並みに鋭い。  それだから、のちに続いた間男のこのかすれ声の言葉もまた、俺の耳には一言一句もらさずよく聴き取れた。 「あー…ユンファのまんこぎゅうぎゅう締まってちんぽに絡みついてくる…、つか、やっぱお前にそれ言わせると俺も興奮するわ……」  ……そうである。  いいや、俺はあれを聞いた直後はかすかながらも期待していた――あるいはユンファさん自らの意思で、密かにも俺に「愛してる」と言ってくれたのではないか、と――、がしかし、まさか間男に抱かれながら俺に愛を囁くはずもなく、彼がそう言ったのはやはりあくまでも間男の指示、もっといえば、その二人の情事を盛り上げるためだけの「プレイの一環」、いわば一種の「淫語プレイ」に過ぎなかった。 「あっ…♡」とにわかにユンファさんが甘い声をあげる。 「あっ…♡ あっ…♡ あっ…♡」  彼のその喘ぎ声に重なるギシギシギシとベッドの(きし)む音、パンパンパンと肌同士の衝突音、…男は興奮するとの言葉どおり、それらしい勢いで腰を振りはじめたらしい。――そしてユンファさんは、甘く上ずった嬌声(きょうせい)で、さらにこのようなセリフを言った。 「あ、♡ …ッソ…っジュ、気持ちいい、♡ 奥、奥気持ちいい、♡ あっあっ好き、♡ 好きっ…♡ あっソンジュ、♡ もっと奥、…僕の一番奥、もっといっぱい突いて、♡」 「……、…」  するとにわかにドッドッドッと荒立たしい鼓動音が、俺の胸骨のうちで(とどろ)きはじめる。  悔しいが、切ない欲情を覚えた。――「愛してる」もそうだが、それこそは俺がユンファさんに言われたくて言われたくてたまらない、いわば切願のセリフのうちの一つだった。  ――まあ、もっとも……、 「はは、…あーこの、あのアルファから寝取ってる感マジでたまんねぇ、…」 「……、…」  俺は――いや、「俺」というよりかは俺という彼の夫、その間柄の存在は――二人の背徳をそそる興奮の一材料、いわばダシに使われているだけ、…すなわちあれを言ったユンファさんは、俺を「使って」いるだけのことなのである。  無論俺とてほとんどはそんなことだろう、とは思っていた。まして「使われ」るのもよくあることだった。――それでも夫を愛している俺は、かすかなりとも期待せずにはいられなかったのである。 「なあユンファ…? 次、〝僕はソンジュだけのものだよ、だから赤ちゃん(はら)ませて〟って言ってみろよ。」  と男が腰を振りつづけるまま、また面白そうに指図すると――ユンファさんは泣きそうとも聞こえる上ずった、甘やかな震え声でそれに応えた。 「はぁ…♡ あ…♡ ぼ、僕……僕は、ソンジュ…だけの、もの…だよ、…はぁ…♡♡ は…♡ あいしてる…♡ はら、ませて…――ソンジュの赤ちゃん、…はらませ、…って、…ッふ、♡ ゥ……ッ♡♡」 「…おーいバカ、お前、何言いながらマジイきしてんだよこの変態、ぎゃはは、最低な浮気セックスに興奮してんじゃねえよこのクソビッチ、…」  どうもユンファさんは――およそ極まる背徳感、そのすさまじい興奮のあまりか――絶頂したらしく、男は嗤いながら彼のそれをそう侮辱した。――それもオーガズムのさなかにある彼を、なおも身勝手に激しく責め立てながら。  するとユンファさんは苦しげな――それでいてどこまでも甘ったるい――()がり声をあげた。 「あっまって、♡ いって、イッてるから、♡ あっぁう、いや、♡ まって、まって、♡ ――ああっはげしぃ、♡ はげしいよぉ、♡ こわれちゃぅ、おかしく、…なっちゃ……――でも、…」  でも…――彼の声はここでほんのりと、幸福そうな笑いを帯びる。 「へへ、でもうれしい…っ♡ …ぁ、♡ あ、♡ あ、♡ っきみに、きみにこんなに求めてもらえて、…うれしい、…あ…っ♡ あ…っ♡ きもちいい、♡」  そしてユンファさんは――およそ俺が聞いたこともないような、甘えきった吐息で――こう男に囁いた。 「ね、もっと…おねがい…、もっと、僕をもっともとめて……」 「…は、…何がもっと求めてだよ、生意気なんだよ、所詮まんこだけの淫乱オメガのくせに、…何? まだちんぽ欲しいの?」 「うん…」――ユンファさんはうつろな声でそれを肯定した。 「あ…あ、いいの…、体、だけでもいい…、は、…体だけでも…まんこだけでも…肉便器でも、なんでもいいの…、なんでもするから、きみに求められたいの、いっぱい…――いっぱい、いっぱい……」 「……、…――。」  ――ふと俺の脳裏に残虐な場面が立ちあらわれた。  キッチンに行けばいくらでも今の俺が欲しているものが、そのふさわしいものが、その必要なものがある。それから寝室に行けば、今情事のさなかにある二人相手にはおよそたやすかろうことである。――手にすれば倫理観を問いただすよう鋭く光る銀も、本能に危機を深く刺し込もう(あか)も、きっと今の俺を正気には戻しえない。  俺の脳裏一面に繁殖したこれは、憎悪の白詰草(しろつめくさ)だった。  嫉妬の驟雨(しゅうう)で育った、厄介な雑草だった。  俺はわかってはいた。  盗み聞きなどしたところでどうせ(あだ)な嫉妬をするだけ、どうせ余計な屈辱を受けるだけだ――日ごろからそう辟易(へきえき)と考えていた俺は、しかし、いつも自分のその賢明な考えを自ら裏切ってきた。  ほとんどの場合、()てなかった。  ……たとえば仕事中に切らしたコーヒーを()れに、たとえばキッチンに置かれた冷蔵庫内に用意された昼食や夕食を取りに、たとえば…――日常生活において、俺が自宅のリビングに行くべき必要性というのは、当然だがいくらでも発生した。  ……もっともその用のほとんどはリビングというより、リビングにのみ出入り口を構えたキッチンにあったのだが。  しかしリビングへ行けば、大概は寝室でユンファさんと間男とがセックスに興じている。  そして俺の耳に聞こえてくる…――よせばいいのに、聞かぬほうが身のためとわかっているのに、…それでもなお――憎悪、嫉妬、それらによる陰湿な、そして強烈な好奇心にはいつも負けて、俺はしばしばこうしてリビングのその扉の前で立ちすくみ、扉向こうで繰り広げられていることに聴き耳を立ててしまった。  そして嫉妬をした。  憎悪をした。殺意をいだいた。――愚かにも、自分の首を自分で絞めた。  どうせ死ねやしないのに、どうせ殺せやしないのに、…そうだ、だから、だから俺はいつも、檻の中でただ夢を見るだけなのだ――。 「おい肉便器」と男があざ笑いながら、俺の夫をその最低な呼び名で呼んだ。  つづけて男は「四つん這いになってケツこっち向けろ」と彼に指図した。  そしていくらかの間ののち、男はユンファさんにこう言わせた。 「ぉ…おちんぽ、どうか恵んでください…――僕の…、僕のこの誰でもいい肉便器まんこに、貴方様の生のおちんぽ…奥まで挿れてください……」  なお、先ほどから聞こえているちゅくちゅくと水っぽい音の正体は、ほとんど間違いなく男が彼の膣口に――それもおよそ彼自身の両手に広げさせた膣口に――、己れの充血した亀頭をこすりつけている音だろう。  しかし男のそれは狙いを定めているのではなく、おそらく焦らしているのだ。そして男はからかうように彼にこう問うた。 「お前、今日は俺に何回中出しされたんだっけ?」 「……三、回…」――ユンファさんが言いにくそうな小声で答える。  しかし、 「おい、どう言うか教えただろ?」とサディストの男は脅すような荒っぽい声で言いながら、バチンッと、おそらくは彼の尻を叩いた。  するとユンファさんは怯えているような――すすり泣いているのかとさえ思われるような――切ない震え声で、こう言いなおした。 「…ごめ、なさ…――さ、三回、…浮気セックスで三回、…夫以外の人に、…中出し…されました、…今からまた、夫以外の人に中出しされます…、た、たくさん…たくさんおまんこのなかに、ザーメンを出して、いただきます……」 「よく出来ました」すると男は満足げに彼を褒めた。 「…ん、…――っあぁ、……ぁ…」  すぐさまパンパンパンと、間断なき肌同士の衝突音が聞こえてくる。――そうして男の腰の規則的な反復運動がはじまると、ユンファさんはひっ…ひっとしゃくり上げながら、涙声でこう言った。 「あ、あ、…っおちんぽありがとうございます、…僕の汚い肉便器まんこ、性処理に使ってくれてありがとうございます、…」 「ハッ…おい、なあユンファ、」  男は自分におもねるユンファさんを満足げに犯しつづけながら、嘲笑を帯びた声で彼にこう問うた。 「お前の旦那、今も家にいるんだろ? ――どうすんのそれ聞かれたら、…お前、いよいよ呆れられて離婚されんじゃね。」 「……、…」  不意に自分の存在を言及された俺は、やはり多少ギクリとはしたが、――いや、ここはそもそも俺の家なのだ、俺が家にいて何が悪い、また仮にこの盗み聞きがバレていたとて何が問題だろうと、すぐに居直った。  それではユンファさんは、というと……、 「……、…、…」  パンパンと犯されつづけていながらに善がり声をも封じたか、いやそればかりか、吐息ひとつこぼさないようになった。  とはいえ、もちろん彼は本当に男の言うことを懸念しているわけではなかろう。これさえ男とのプレイを盛り上げるための、彼の(さか)しらな演技にちがいないと、俺にはそう思われた。  そしてこの男もまた寝室における興をもり立てるために、「バーカ」とそうしたマゾヒストの彼を嗤うと、つづけてこう言う。 「今更だっつーの。…でもまあ心配すんなって、――どうせ聞こえててもお前の旦那は喜ぶだけなんだから。…何ならオカズにして泣きながらシコるんじゃね?」 「……、…」  この男、それこそ人を馬鹿にするのも大概にしろ、と俺に殴られても文句はいえまい。  ……ところが俺は男にそう侮辱されても、近ごろはもはや頭に血がのぼるようなこともなかった。  このごろは至極冷静な、いや、冷静というよりかは冷徹な蔑視(べっし)をもって、男らの雑言(ぞうごん)をただ見下ろしているばかりだった。――こんなのは有象(うぞう)無象(むぞう)()(ごと)にすぎない。  もちろんそれでも耐えしのんでいるところはあるが、次第に慣れてきたのだ。あるいは麻痺かもわからないが。――しかし往々にして慣れというのは恐ろしいもので、などとはよく言うが、俺にとってのこの「冷ややかな慣れ」は、ほとんど神の加護にも相当した。少なくとも男らの言葉にはさほど傷つかなくて済むようになったからである。  俺はあえて事もなげに聞き流す。  たとえ男らにどれほど無様な虚像をでっちあげられようが、それがたとえば「寝取られ趣味のある変態夫」などという、事実無根の下卑(げひ)た虚像であろうとも――。  いや…そもそも、逆に、この頃ユンファさんが付き合っている男らこそ、げに「寝取り趣味」のあるサディストばかりなのだ。  もっともそれこそは当然のなりゆきであろう。  たとえどのような事情、背景があろうとも、既婚者とセックスをした時点で、少なくとも世ではおしなべて不倫と認められる(もとより強姦においてばかりはこれに含まれないが)。  そして、その「不倫」の二文字はほとんどの者にリスクそのもの、あるいは嫌悪すべき不徳そのものと見えることは言を俟たない。それこそ――ユンファさん本人も言うように――ほとんどの者は、既婚者とはセフレ関係になることを避けるものである。  だがその「不倫」の二文字がまざまざと見えていてもなお、既婚者のユンファさんとセフレになった男らに、まさか大なり小なり不倫趣味――「寝取り趣味」――がないはずもなかった。  いくらその「不倫」が「夫公認」とはいえ…――いや、()()()()()()()()()()、か。  なるほど、たしかに外装ばかり見れば男らのつくり上げた虚像も無理からぬことと、俺にさえ思われる。  俺は夫の不倫をあたかも当然のことのように許している。それも自宅で、在宅中に、夫夫の寝室、夫夫のベッドで、…ともすれば男らは「Win-Win」だとさえ考えている節があるようだが、なるほど、思うとそれすらも無理からぬこと――。  しかし、それは誤解だと声をあげるでもない。  そもそも弁明して何になるというのだ? 弁明して、じゃあどうしてと聞かれたなら? 正直に言うか? ――夫とある「約束」をしているから。  いいや、言いたくない。言いたくなどない。どうして間男ごときにそこまで話してやらねばならないのだ。――そもそも間男ごときに何と思われようが、俺の知ったことではない。  弁明をし、理解をしてもらおうという気にさえなれない。――どうだっていいのだ、ユンファさんとて(よう)無しと見たなりすぐ捨てるような間柄の男らなど、俺にとってはもっとどうでもよい相手でしかない。  どうせ明日にはぱったり、もう二度と会うこともなくなるかもわからないような男らである。  そんな奴らにどう思われていようが一向構わない。そんなことより何よりも、俺にとって大変気がかりであるのはそう、俺の最愛の夫――ユンファさんとの関係性である。  ……といっても、ユンファさんほどかの「約束」ありきで、俺が彼の淫縦(いんじゅう)の全てを許していることを理解している人もいないわけだ。  ましてやユンファさんも結局、俺という夫を男らとのプレイのスパイスとすることを(たの)しんでいるように思われる。それこそ今日の彼にも見るように…――それならば、もはや俺からは何も言うことはない。  プレイならば口出し無用、いいや、俺にそれは許されていないのだから、知るものか。  俺はこの頃ユンファさんが憎かった。  そして自暴(じぼう)自棄(じき)にもなっていた。――「変態の旦那と結婚している」という汚名は、そもそも彼自ら着込んでいるようなものである。  彼は間男らに馬鹿にされる俺のことを擁護しなかったが、俺もまた仕返しのように、それを晴らそうとも何ともしようとしなかった。――好きにすればいい、俺の知ったことではない、と。  そう…俺の知ったことではない。  男はギシギシと絶えずベッドをきしませ、そうして後ろから美男子を苛烈(かれつ)に攻めたてながら、その人を――そして俺を――こう(はずかし)めた。 「お前の旦那、何でお前みたいなどうしようもない肉便器と結婚したと思う? ――お前が淫乱公衆便所だから。…」  とんでもないことである。  まさかあれほど執念深く一途にアタックしてきた俺が。嫉妬深い一面をもしばしば垣間見せてきた、この俺が! ――それを誰よりも一番よく知っているユンファさんとて、内心では失笑しているに違いない。  ……とはいえ男は俺たちのことなど知る(よし)もない。ために、やたら昂然(こうぜん)とこうつづける。 「お前、確か前ウリやってたっつったよな? だからお前と付き合って、だから結婚までしたんだよ、結婚してもこうやって他の男とセックスしなきゃいられねぇような股の緩い肉便器だから。…ある意味お前、旦那にとっちゃ唯一無二ってくらい理想的なんだろうな。――わかんだろ?」  おい、と男は怒声にも近しい恐ろしい声を浴びせながら、またユンファさんの尻を手のひらで打ったらしい。――すると彼は「んっ…」と声をもらしたが、先ほどから我関せずという感じに、「あっ…あぁ…あ…あ…」などと嬌声をもらしているばかりである。そして今度も男のその侮言(ぶげん)への返答はしない。  俺の思うとおり、何を言っているんだ、と内心では冷笑しているのだろう。  しかし男は、さらにその人に恥辱(ちじょく)を与えようとする。 「つまりお前が寝取られて、他の男とパコパコ中出しセックスしてるってのに興奮するから、お前の旦那はお前みたいなのと結婚してやったんだよ。――なあわかるか? わかんだろユンファ、なあ、はは、――だからアイツ、絶対お前に中出ししないんだよ。お前の他人のザーメン(まみ)れの汚いまんこに、旦那の自分だけはゴム着けて挿れるのが惨めで興奮すんの、ド変態のマゾだから。…俺らの精子の受精邪魔しないようにゴムまで着けるとか、変態徹底してるわー」 「……ん、……あぁ…――い、イく……」  そのとき…ユンファさんは泣いているような湿った小声で、そうとだけつぶやくように言った。――すると男は、彼が迎えようとしているその絶頂をもあざ笑う。 「こんなこと言われてイくのかよ、うわ信じらんねえ、――お似合いだなーマジで、…おい、なあ、この前俺が言った通りまんこのザーメン舐め取らせたら、旦那喜んでたんだろ? ――俺なら絶対無理だわ。…他人のザーメンだらけの汚ぇまんことか、触るのですらキモくて無理、どんだけ愛しててもぜってぇ無理。」  ユンファさんはこうした陵侮(りょうぶ)のセリフを一方的に浴びせられてもなお、さなかひたすら「イく…イく…イく…」とうつろな調子で繰り返していた。…かと思えば「ふふふ…」と幸福そうに笑う。 「あぁ…気持ちいい、ねえもっと…もっと僕をいじめて…、もっと、もっと…――もっと…、もっと責めて、お願い…最低な僕を、もっと責めて…――あ…、だめ…イく…、君のおちんちんで、イく…、イきたいの、君のおちんぽでイきたいよ…――気持ちいい…、ふふ、ねえ僕、…もう、…イッちゃう、……」  そう言ったユンファさんの声は、泣き笑い――それも幸福のあまり感極まったような、泣き笑いの声であった。…そして彼はそのままこうぼそぼそと、うわ言を言うように続けた。 「…好き…、ふふ、それでも…好き、…ううん、なんでもいいよ…酷くされても、なんて言われても、性欲処理に使われても、…なんでも…――君が、…君のぜんぶが僕、それでも好き…――ねえ僕、今は…幸せで…怖いくらい…、…君に責められたかったから…、だからお願い、激しくして…、壊れちゃいたいよ、もう…いっそ…、壊してほしいよ、もう……」 「……っ!」  俺は顔をしかめ、衝動的に跳ね上がった自分の右腕を左手でつかみ、何とか抑え込む。――俺の右手は今、寝室の扉のドアノブを掴もうとしたのだ。  俺は今、向こう見ずに寝室に突撃し、怒鳴りこもうとした――「邪魔」を、しようとしたのだ。  そうか、泣くほど幸せか?  幸せで怖いくらい?  幸せのあまりに壊れちゃいたい? 壊してほしい?  ――その男に抱かれて!  よかったじゃないか!  あぁそうか、俺とのセックスは「優しすぎて生ぬるい」んだものな、  それならその男と結婚すればいい!  その最低な男なら、毎日のように雑に、荒々しく貴方を犯してくれることだろう!  となればもちろん俺とはもう…、………。 「……、…、…」  しかしこれはプレイだ、と――あくまでもお遊び(プレイ)に過ぎないのだ、と、俺はそうした自分の右の腹立たしい感情的な衝動を、左の破壊を恐れる理性で抑えこんだ。 「おい、なあユンファ、そんなに俺のこと好きなら、」そして男は(あざけ)り笑いながら、このような命令を鋭い低い声でユンファさんに下した。 「お前、今後も絶対旦那と生ですんの禁止な。――それこそ中出しなんてされようモンなら、お前マジ百叩きの刑だから。お仕置き。」 「……っ、…」  何を勝手なことを、――俺はまた頭に血が上ってゆくのを感じ、そのすさまじい怒りの衝動を、かろうじても右腕に立てた爪の痛みでねじ伏せる。  俺はユンファさんの自由なセックス、すなわちこの男とのこうした行為は黙認してやっている。それは彼と交わしたかの「約束」があるからである。――しかし俺と彼とのセックスにまで口出しをしてよい、とまで許した覚えはない。  それとこれとは関わりのないことだ。思い上がるのも大概にしろ、……いいや。 「……、…」  俺は何て馬鹿なのだろう?  ……何もこの男が初めてではない。そもそも「寝取り趣味」のある間男らが、ユンファさんにそうした命令――夫の俺だけは隔たり(スキン)必須と、そのいかにも矛盾した屈辱を強制する命令――をするのなんか、わりによくあることじゃないか。  そうした嗜好(しこう)のある者の欲望は、夫の俺が理不尽な損を、そして辱めを受けてこそ満たされるものなのだ。したがって、そのような命令はほとんど陳腐(ちんぷ)なくらいである。  いや、悪ければ――「ねえ、もう避妊薬飲むのやめてよユンファくん」と、何の恥ずかしげもなく驕溢(きょういつ)の要求をした男さえもいたくらいだ。 「〝孕ませて、妊娠させて〟って言わせると貴方、おまんこ締めて喜んでるもんね。――僕の子孕みたいんだろ? 妊娠させてあげるから、僕の子産んでよ」  もちろんこう言うこの男は、その責任を取るつもりなど毛頭ない。それはこの男にとっては、単に(おの)が身勝手な淫楽(いんらく)を得たいがためだけの、どこまでも卑劣な遊びの一つでしかないのである。――そう…現に、続けてこう言ったように。 「もちろん種付け期間中は絶対旦那さんに中出しさせちゃダメだよ。妊娠したあとに一回だけ旦那と中出しセックスしていいからさ、旦那に自分の子として育てさせようよ。…ね、ほら、想像してみたら興奮しない? ユンファくんなら興奮するでしょ?」  ――もっとも男のこうした奸計(かんけい)に対しては、さすがのユンファさんも「いいや、全く。」 「僕、別に誰の子供も要らないから。君の子供も、旦那の子供も、要らない。…子供は嫌いだし、そもそもセックス依存症なのに、まさかまともな親になんかなれるわけもないし。…それっぽいお遊びになら付き合ってあげるけど、マジの妊娠は流石にやり過ぎ。…絶対無理。」  と冷ややかに断じて、応じなかったが。  いや…――それこそこれにも見るように、ユンファさんはあくまでもプレイを愉しみたいだけだ。  俺は自分たちの寝室に残る男らの気配を見てとったことはない。  男らにとってのこの部屋はプレイルームであろうが、俺にとってのこの部屋は寝室だ。――そしてユンファさんはその双方の定義を、決して変えようとはしない。――男らに俺たちの寝室を(おか)させはしない。…俺に男らとのプレイルームを侵させはしないように。  ……まあいずれにせよ、どうせまともに取り合うだけ無駄なことだ。  これはある根拠があり確信をもって言うことだが、こんなのはこの場限りのプレイに違いないのである。  さあそんなことより、俺はきっともうここにいるべきではない。  二度も危うい瞬間があった。――これ以上のことを聞いていれば、俺はいよいよ寝室に怒鳴りこんでしまうかもわからない。  ……俺はそう考え、寝室の扉の前から立ち去った。  淹れようと思っていたコーヒーをも忘れて、とにかく今はたばこが吸いたいなどと、悶々(もんもん)としながら。  しかし、結論から言って――俺はこのとき、ここから立ち去るべきではなかったのである。

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