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95 ※モブユン
俺があのとき、あともう五分だけでもあの場に留まっていさえすれば…――。
その日俺の仕事が片づいたのは、深夜零 時すぎのことであった。
昼間のこともあってかこの日の筆の進みは悪く、しかし締切を踏まえれば今日中にこの段まで、ひとまずのところ書きすすめねばおぼつかない、と俺はなかば強引に、クオリティはさておき――後日細部の出来は整えればよいと――いきおい前進を優先して、苦渋の思いをしながらも、何とかその日の目標を達成した。
そして俺は、そのような焦燥の追いかけてくる苦闘のなかではそれどころではない、と、普段どおりの時刻に夕食を摂 ることをも後回しにしていたため、零時を過ぎてからやっと、それの用意されているであろうキッチンへと向かった。
……さすがにもうユンファさんは先に寝ていることだろうな、などと何気なく、しかしどこか安堵まじりに考えながら…――。
しかし、そうしてキッチンへ――とその前に、その目的地へ行くためには必ず通らねばならない中間地点――リビングへの扉を、俺が開けると、
「……、…」
あの男が、いた。
――そう、昼間の間男である。
まだ居たのか…、こんな時間まで……。
いや、おそらくユンファさんも男と一緒にいるようだが…――男はリビングの黄緑の四人がけソファの中央に、いかにもいけ図々 しい、横柄 な態度で座っている。
もっともこの出入り口からだと、そのソファは背面をこちら側に向けているので、するとソファの背もたれのふちに、男がぶかぶかとしたオーバサイズの黒スウェットの太い両腕をのせ、さらにはそこに後ろ頭をあずけている、その短い黄ばんだ金髪の頭頂部ばかりしか見えない。
ではユンファさんは…というと、…少なくともここからでは彼の姿は見えない。
しかしちゅぷ、ちゅぷと水っぽい音の他、ヴィンヴィンヴィン…と、およそユンファさんのなかに挿入されているのだろうバイブらしき音まで、やたら重苦しく静かなこのリビングに、不穏げに響いているので、およそ男は今、彼にご自慢のモノをしゃぶらせているのだろう。
「あー…」と男は天井へむけて、悦にひたった声をあげる。
「気持ちいいー…、…なあ、玉も舐めて…、あ、そうそう……あーー……」
「……、…」
俺は目を伏せてリビングに入る。
およそ俺がリビングへ入ってきたことは、ドアを開けた際に立ったガチャリという音で、男もユンファさんも察知しているはずである。――しかし、それでなお俺の存在を気にも留めずに、それどころか、いっそ二人には居ないものとさえ扱われているらしいため――構わず俺は俺で、そのまま速くも遅くもない普段通りの足取りで、事もなげにキッチンへと向かう。
が――俺がちょうどソファの隣を通りがかったとき、「よお馬鹿旦那」と男が話しかけてきた。
ために俺はふと瞳だけで、隣の男を見下ろした。…陰湿な目つき、スポーツ刈りの金髪に日焼けした、いかにも色情狂らしいガラの悪い風貌の男は、横柄な姿勢はそのままに頭だけをもたげ、ニヤニヤと俺を見ている。
「……、どうも」
と俺は冷徹な低い声でも、無視ばかりは避けた。
仮にもこれで俺が無視などして機嫌を損ねた男が、ユンファさんと何かしらのトラブルに発展し、果てには絶縁という結末にもなれば、それすなわち俺が二人の関係の邪魔をした、つまり、それはかの「約束」の反故 にもあたりかねないだろうと思われたからである。――だがもちろん俺は、内心非常に迷惑がっているのだが。
すると男はいやらしい目つきで俺を見ながら、
「ところで、悪ぃな」と勝ち誇った調子で俺に言う。
「コイツのこと、その内壊しちまうかもしんねぇわ」
「……、…」
コイツ…、俺はふと男の股ぐらで頭を上下させている夫――ユンファさんに目を転じた。
大股開きで座っている男、その筋骨 隆々 とした赤茶けた脚のあいだの床に端座している彼は、玉の汗を額や頬やにうかべ、さらにはその頬に黒い横髪を細い束で張りつけたうす赤い顔、虚ろな伏し目、…それでいてその紅い唇にくわえている黒ずんだ男を、熱心に――あるいは無心で――じゅぽじゅぽとしゃぶってやっている。…俺には一瞥 もくれずに。
なお見たところ、彼は上半身にのみ黒いカッターシャツ、それも俺のカッターシャツを着ているばかりであるが(彼は黒いカッターシャツをもっていない)、――いささか奇妙なことに――そのカッターシャツのボタンは襟 まで全てが留められている。
ただし、男の黒い毛が生えた両脚のつけ根にそれぞれ添えられた彼の白い両手、その手首は俺の臙脂 色のネクタイで縛りつけられており、…そうして拘束されているのはまあ、それらしいといえばそれらしいか。
いずれ壊してしまうかもしれない?
……俺はユンファさんから目をそらし、リビングのフローリングを見下ろした。――俺のいないところで俺を「使う」のは結構だが、俺本人をまで二人のお遊び に巻き込まれてはたまらない。
ユンファさんを心配する気持ちはない。いやまさる再燃の嫉妬心から、今はなお憎らしいくらいである。
「…………」
そうして俺が目を伏せて黙りこくっていると、男は手を変え品を変え、今度は俺をこうしたやり口で煽ってきた。…やはり、あからさまに俺を侮 ったニヤついた声で。
「つか、今日もコイツのまんこに十発はたっぷりザーメン中出ししてやったから、その内コイツマジで俺の子妊娠すっかもな。ははは、感謝しろよ変態。――んで、あとお前もうコイツのまんこに中出し禁止ね。…生でヤッたらコイツのこと半殺しにすっから。オーケー?」
「……、…」
俺は静かに鼻から息を吸い込み、白いカッターシャツの胸もとをわずかに膨らませた。――だが、つきそうになったため息をすんででこらえ、その空気は鼻から、音を立てないようにとゆっくり慎重に、細く排出してゆく。
「……それはどうしてですか」
そして俺はそう、承服も拒否も避けるための問いを、依然男を見ずに投じた。――もとよりそれに関する「なぜ」など、本当はちっとも関心のないことではあるが。いや、そもそもその答え自体見え透いている。
すると男は「なあユンファ?」と同調を求めるように彼の名を呼んでから、こう揚々 と――呆れたふうに嗤いながら――俺の問いに答えた。
「いやどうもコイツ、どーしても俺の子供孕みたいらしいんだわ。――つーことで、負け犬君の遺伝子厳禁。負け犬旦那のちんぽは生で出入り禁止。…ヤるなって言わないだけまだ優しいだろ?」
「……、…」
ユンファさんがこの男の子供を切望している?
嘘である。――彼はそもそも誰の花粉かにはかかわりなく、その子房 に種を宿そうとは考えていない。
更に男はこう俺に、冗談っぽく笑いながら聞いてくるのだ。
「なあ、つかコイツマジで孕ましていい?」
「…………」
俺は呆れ果てて物も言えないが、…ふとユンファさんを見下ろした。視線を感じたからである。
「……、…」
彼は男を口から出し、俺のことをじっと不安げなまなざしで見つめていたが、俺と目が合うとまた逃げるように即座まつ毛を伏せ、震えているその艶のある紅い唇で男をくわえ直す。
「…………」
なぜ俺をそんな目で見た?
……どこまで本気なのかは知らないが、今は随分この男に熱を上げているようじゃないか。――あるいは本当に、望んだの?
この男の子どもならば産みたいと、そう望んだの?
……俺は無性に腹が立った。
それで男へ顔を向け、薄ら笑いをうかべた。
「…とすると…、貴方、要は彼と結婚なさりたいんですね。その子供をカードに。――はは…、まあお好きにされて結構ですけれど、…彼が貴方の子を妊娠した際には、流石に私は離婚しますので。――そのあとはどうぞご勝手に。」
俺のこの言葉は男の興を削いだ。
当然である。俺はそのためだけにこう嫌味を言ったのだ。
男にしてみればつまらないことだ。面白いはずがないのである。――俺がユンファさんと離婚をすれば、面白い「寝取り」ではなくなるからだ。
ましてや男は、あくまでも遊びの一環でこのような下劣なことを言っているだけなのだ。間違っても実直に彼と結婚がしたいから、そう言ったわけではない。――もとよりそれは、ユンファさんの男への気持ちがどうであれ。
すると案の定、その下品な風貌から笑みを引いた男は、俺を睨みつけた。
「うわノリ悪。んだよお前…いやさぁ、俺は、お前ら変態夫夫をただ喜ばしてやろうと……」
「そのノリとやらで人一人、」と俺は固い声で男を責める。
「いえ、三人の人生を破滅させるおつもりですか。…それはお遊びでは済まないことです。…私はともかく、彼とその子供の責任を取るつもりがないのであれば、…」
しかし、俺はついここまで男をやり込めようという調子であったが、ふと脳裏にかすめた「約束」に――今さらかもしれないが――次いでは声を「負け犬の旦那らしく」やわらげる。
「…やめておいた方が、よろしいかと…――さて、お話の最中に恐縮ですが、私はこれで失礼いたします。…夕食がまだですので。……」
そして俺は軽く頭を下げてから、あらためてキッチンへ向けて歩きだす。――いきおい馬鹿なことをしてしまった。
この類はまともに取り合うだけ無駄、どのような誠意の説教も無駄、所詮馬の耳に念仏である。
すると俺の平然と去りゆく黒ベストの背に、男は「尻尾巻いて逃げるとか流石負け犬だわ」と嘲笑の石を投げることをもってやり返してきたが、…俺は聞こえていないふりをしてキッチンへ向かった。――
俺がキッチンの電子レンジで夕食をあたためているうちに、男は帰っていった。
実に真偽は疑わしいが、すでに「十発」も射精していてなお、最後にもう一発射精を済ませてから。
そして男が帰ってから、俺はあたため終わった夕食のカレーを二皿、それぞれを両手にリビングへと戻った。
もうひと皿はユンファさんの分である。…今の今まで男の相手をしていた彼の分の皿もまた、冷蔵庫のなかに収められていたままだったのだ。
……まあ俺は、だからといって彼と夕食を共にするつもりはなかった。――ついでに一緒にあたためてあげた。…それだけである。
今はユンファさんの顔を見たくなかった。
一緒にいたくない。会話をしたくない。一人になりたい。――今日はなお際立つ彼への悪印象から、その忌避 感が強かった。
……悪ければ、共にいることで俺の「牙」が剥かれて制御もままならなくなるような、そんな恐ろしい予感さえあった。
さて俺がリビングに戻ると、ユンファさんは今まで男が座っていたソファに浅く姿勢よく腰かけ、うつむいていた。――が、俺がキッチンから現れると、ふとうつろな顔を上げて俺を見た。…そのときチラリ、彼のツリ目が弱々しい涙で光った。
「……、…」
しかし俺は眉間をくもらせ、目を伏せながら無心で彼のもとへ歩みよる。
……眉間、高い鼻、口まわり、その人のいまだうす赤い顔は、男の白濁 した精液で汚されていた。――男の奸悪 な置き土産に、俺は腹が立ってしょうがない。
なお、彼の生白い太ももの上に置かれたその手は、いまだ手首に俺の臙脂色のネクタイを巻きつけられたままである。服装も変わりない。上に黒いカッターシャツを着ているだけだ。――ただしバイブは抜かれ、そのパープルは今彼の足下、床に転がって静止している。
「…ソンジュ…」
と俺が近くに立ったなりユンファさんは、力なく俺を呼んだ。
「…どうぞこれ。――温めておきましたから」
しかし俺は何ですか、とは返さず、なかば無視をするように、ローテーブルの上に彼の分のカレーの皿とスプーンをコトリと置いた。
彼の手はいまだネクタイで拘束されているが、まあきっと自分でなんとかするだろう。坊主憎けりゃ袈裟 まで憎いとはよく言うが、俺は自分のものとはいえ、今はそれに触りたくない。
「それでは、…俺は自室で頂きますので。」
そして俺は自分の皿を片手に持ったまま、その場から立ち去ろうとしたが、
「待ってソンジュ…、行かないで…」
とユンファさんが儚い声で俺を引きとめるので、ひとまずは移動を保留する。ただしいまだ彼を見ない。俺は目を伏せたままだ。
「……ね…」そしてユンファさんは、ささやくようにこう言った。
「抱いて…」
「……、…」
俺は思わず、ふと我ながら冷ややかに彼を見下ろした。
何を言っているのかわからない。――ユンファさんはうつろな微笑をまたうつむかせ、その長いまつ毛も伏せている。
「…こんな時間まであの人としていたのに、まだしたいの。」
俺は彼を冷たく突き放した。
しかしユンファさんは「うん…」と、どこか危うげな甘い声で答えた。どうも俺のこの邪険な態度は響いているようではない。
「抱いて…」
「…今日はもうやめておいた方がいいんじゃないですか。…正直、俺も今日はかなり疲れていて、…そもそも今はそんな気分でも…」
「ごめん…、でも、抱いて…」
それもユンファさんはそう、うつろな微笑のまま「抱いて」とばかり繰り返して、なかなか折れない。
「ですから…」
「いいよ、じゃあ…君が抱いてくれないなら、またあの人のところに行っちゃお…」
とユンファさんは微笑の表情を変えず、いつものように俺を脅した。――しかし今日の俺は、いつもよりももう少し冷徹だった。
「好きにしたら。」
そう突き放した。
するとユンファさんはより深くうつむき、
「……、…、…」
拘束されたままの両手をローテーブルへ伸ばし、そこにあるティシューを何枚か引き出すと、泣きそうにしかめた顔の精液をそれで拭いはじめた。――彼は何も言わなかった。
いつもなら嫌味なり何なりを倍にして返してくる、ユンファさんが、である。――それも傷ついたように顔をしかめて。
「……ふぅ…、……」
……俺は黙って、ひとまずは自分の皿もテーブルの上に置いた。――それからソファに座るユンファさんの足下に膝をつき、彼の上がっている腕をそっと押し下げると、その手首を拘束している、自分のネクタイを無言でほどいてゆく。――してみるとかなりキツく縛られている。俺は先ほど「彼が何とかするだろう」だなどと無情なことを思ったが、これは彼自身ではほどけなかったことだろう。
……俺の凝り固まった心に多少の慈悲が差したのだった。――もっとも昼間の憎悪を忘れられたわけではない。…男にすがって甘えて、果てには愛を囁いてまでいた彼のことを、俺はまだゆるせていなかった。
それでもどこか弱っているような夫には、少しなら優しさをかけてやってもいいかと、心を動かされたのだ。
ところが……、
「ね…ソンジュ……?」するとユンファさんが、とたんにやたら甘ったるく俺に話しかけてくる。
俺はため息をつきそうだった。…また騙されたのだ、と。
狡猾な彼はまた俺の同情を買おうと――それによって俺をコントロールしようと――、ああしてあえて哀れっぽい仕草をしたのだ。そう確信した。
そして彼は、今の俺の癪 に障 る甘ったるい声のまま、俺にこう聞いてきた。
「ふふ…さっき…嫉妬した…? 僕があの人の…フェラしていたの、見たでしょ…――それで君、嫉妬して…、だから普段は何を言われても言い返さないのに、さっきはあの人に、少し言い返して……」
「違いますよ。」俺は不機嫌な固い声で断じた。
「今更嫉妬なんかするわけないだろ。…毎日毎日、朝から晩までのことでいちいち嫉妬していたら、馬鹿みたいですよ。身が持ちませんから。もう慣れました。――あれは、俺もまた実害を被 りそうだと、それで言っておいただけのことです。…面倒事に巻き込まれるのは御免ですからね。」
嘘だ。――俺は先ほども嫉妬していた。
しかし、すると彼は「そっか…そうだよね…」と儚げに笑いながら言った。
とここで、かなりキツく縛りつけられていたが、やっとネクタイがほどけた。…案の定彼の骨っぽい生白い手首には、紅いすり傷のような痕 が生じている。
「……、薬持ってきますね。」
俺は言いざますっくと立ち上がった。
しかし――「待って…」ユンファさんの片手が、俺の腕をつかんで引き止めてきた。
振り払いはしないが、俺は彼の顔を見もしない。彼の黒いカッターシャツの襟もとをばかり、意味もなくじっと見下ろしている。
「ね…いいよ薬は、要らない…。行かないで、抱いて…ソンジュ、…抱いてよ…」
とユンファさんは依然切なげなささやき声で言ったが、「ぁ…」とあることに思いいたり、こう聞いてくる。
「シャワー…、シャワー、どうしたらいい…? ――入ってきた方がいい…? それとも…、…今日僕、本当にあの人に…何回もなかに出されていて…、…君は…――君は、どっちの方が…いいの…? はは…あの、僕は別にどっちでもいいよ…、ソンジュが、興奮する方で……」
「……、…」
しかしユンファさんの言葉は、聞こえていても、俺の頭に意味までは入ってこない。
俺は今、自分の頭を苛 むある緊張感のある締めつけに、足もとがぐらつくような目眩 をさえ感じていた。
にわかに俺の手は彼の首もとに伸びていた。腰をかがめ、衝動的な荒々しい手つきで、その人のカッターシャツのボタンを急ぎ外してゆく。
「…ぁ…、ソンジュ……?」
するとユンファさんはそう、どこかふわふわとした声で驚いたが、次には何か嬉しそうに笑う。
「…ふふ、…ねえソンジュ、興奮したの…? あ…僕はもう挿れられるけど、バイブ今まで入っていたし…、でも君はまだ、そこまでは…でしょう…、だから舐めてあげるね、君の…」
そして俺の黒いスラックスの股間に、そっと手をあてがってきたが、
「っ違う、」としかし俺は鋭い声で、今自分の手のしていることの意図を誤解しないでくれ、と否定した。
「これ…」つづけた俺の声は打ち震えていた。
「どう、…どうしたんですかこれ、…」
……カッターシャツのボタンを全て外し終える前にも、俺はある種の興奮から口疾 にそう尋ねた。…するとユンファさんは「え…?」と少し笑うと、そうして笑いをおびた声で、
「ふふ、どうでもいいよ別に、こんなの…」
と、「これ」を軽視しているらしい返答をしながら、強ばり震えながらも、いまだボタンを開けようと奮闘する俺の手を、そっと上から包みこむようにして押さえてくる。
「正直忘れてた…、だから君の服借りていたんだった…。…ね、ソンジュ…ちょっとこれじゃグロいし、君、萎えちゃうでしょう…――だから駄目…、着たまましよ…。…あ…それとも、君もしてみる…? あは、腹パンとか首絞めとか、…僕のことボコボコにすると、まんこ締まって気持ちいいらし…」
「っするわけないだろ、…」俺は低い唸 るような怒鳴り声を出してしまった。
――ユンファさんの上半身が、思わず俺が目を背 けたくなるほど、どこもかしこも痣 だらけになっていたのである。
それも、これはもはや「プレイ」で済まされる程度ではない。暴行されたといって、被害届を出しても受理され得るほどの状態なのだ。――まして彼は肌がおそろしく白いので、するとなおその赤黒いあざは痛ましく見える。
そして首もである。彼の首にも痛々しい赤黒い手指の痕が残されていた。――俺は先ほど何ともなしに彼の首もとを見ていて、はたと襟から覗かれていたその痣に気がついたのであった。
「どうして、…何でこんなこと、…っこんなになるまで、何故、」俺は怒りに険しくなった顔を上げ、ほとんどユンファさんを睨み上げた。
……すると彼は感情の読みとれないぼーっとした顔をして、俺を見ているとも知れないうつろな伏し目で、ゆっくりとまばたきをした。…しかし、
「嫌だったから」とどこか無機質な声で、彼はつぶやくように答えたのだ。
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