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君の名は…

「君のことを、拾う……」  あまりにも予想外なその言葉を、ただ繰り返した。  すると男はヘラヘラと笑いながら、大きな声で言った。 「そう! 袖振り合うも、多生の縁。俺のこと、拾ってよ。それで一緒に、体を探して欲しいんだよねぇ」  さっき逃げていったあの体は、やはりこの男のものだったようだ。  頭部と体が切り離された状態で、なぜこうしてしゃべることができるのかはまったくわからないけれど。 「……いやだって言ったら?」 「それは、困る! 次に誰か通りかかるのを待ってる間に、体はどんどん遠くに逃げちゃうと思うし。それにこんなイケメンの頭だけ落ちてたら、絶対目立つじゃん? それで次来たヤツに、SNSにあげられでもしたら……」 「したら?」 「俺、有名人になっちゃうじゃーん!」  あまりにもくだらないその答えに、心底げんなりしてしまった。  だからそのまま当初の予定通り、さっさと駅に向かって歩き出そうとした。   「待って、ふざけすぎた。ほんっと、ごめん! 頼む、この通り! このまま置いてかれたら、俺まじでやべぇんだって! さらし者にされた挙げ句、わけのわかんない人体実験に使われるかもしれないんだぞ!」  わけのわからないのは君の存在のほうだろうと言いたかったけれど、切羽詰まった男の様子を見て少しだけ。……本当に少しだけ、かわいそうになってしまった。 だから足を止め、再び男のほうを向いた。 「ありがとう、神様仏様! このご恩は、一生忘れません」 「……まだ拾うとは、言ってない」 「えー? 期待させるだけ、させといて。俺の男心を、もてあそんだの?」  きゅるんと瞳をうるませて言われ、イラッとしてしまった。  ……この男、普段みんなからダウナー系だの無気力系だのと言われる僕をここまで苛立たせることができるのは、ある意味才能かもしれない。 「もう黙って。仕方がないから、連れて帰ってあげる。だけど、体が見つかるまでの間だけだからね!」 「オッケー、オッケー! 黙りまーす、お口チャック」  形のよい唇を一文字に結び、真剣な表情を作る男。    あんなお願いを聞き入れるだなんて、正気の沙汰ではなかったと思う。だから顔には出ていなくても、やはり僕もそれだけ動揺していたということなのだろう。  明らかに怪しい申し出ではあったけれど、頭だけあんな場所に放置するのはあまりにも不憫に感じ、言われるがまま彼の頭部を持ち上げた。  思ったよりもそれは重量感があり、そのずっしりとした重みを感じることでこれが夢ではなく現実なのだと改めて理解した。 「これから僕は家に帰るために、電車に乗らなくちゃいけない。だからリュックに入って、おとなしくしててくれる?」 「えー? リュックの中は狭いし、暗いじゃん。タクシー乗ろうぜ!」  ほんと、この男は……。自分の立場というものが、ちゃんと分かっているのだろうか? 「口のチャックは、どうなったのさ? とにかく、黙れ。あと見ず知らずの君のために、そんな無駄遣いはできないよ。乗るのは電車だ。それが嫌なら、次に通りかかった優しい人に頼むんだね」  にっこりとほほ笑んで告げると男の顔面は蒼白になり、わずかに跳ねながらコクコクとうなずいた。  身体もなければ手も足もないのに、どうやって跳ねているのか不思議でたまらなかったけれど、そのまま頭をむんずと掴んでリュックの中にしまった。 「あ、そうだ! まだ俺、名乗ってなかったよね? 俺は、デュラハン。よ・ろ・し・く!」  バチンとウィンクをされたけれど、いくらイケメンでも彼は顔しかないのでこんなのシュール過ぎる。  だけど僕は順応性の高さには定評があるため、この奇妙な状況をいつの間にか受け入れ始めていた。 「ふーん、デュラハンね。一応覚えとく。僕は、佐々木 亮太だよ。あまり君とは、よろしくしたくはないけどね」

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