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第25話
夏のある日。例のプレゼン大会の直前の夜、圭と秋吉は、二人で発表用スライドの最終調整をしていた。
「こう、だな。位相のズレがここで明確になる」
言いながら、圭の指がキーボードを操作し、パワーポイントのアニメーションのタイミングを調整していく。
「絶対本番で忘れる。メモしておけ」
「ですね。……っと、やっべ、ペンケース、研究室に置いてきた」
「使うか?」
慌てる秋吉に、圭は、自分が使っているペンを自然に差し出した。礼を言って受け取った秋吉が、ふとそのペンをまじまじと見直し、『ダセぇ』と吹き出す。
「なんすかコレ。どこで買ったんです?」
樹脂製の濃い紫色の軸に、微妙にかすれた蛍光イエローの、ダサかわいいとも言い難い絶妙に不気味なパンダのプリント。その周りには、やけにポップなフォントで『LUCKY BAMBOO』と書かれている。文房具屋のワゴンで投げ売りしても残りそうな、実にチープかつダサい一品だった。
「もらい物だったか。忘れた」
「先生、こういうのマジ無頓着ですよね。見かけはいかにもラミーとかモンブラン使ってそうなのに」
「ペンは書ければ何でもいい」
「そういうとこ、藤堂先生らしいなあ」
秋吉は、なぜか嬉しそうに呟きながら、『ダサい』ペンで該当箇所にメモを書き付けた。
ペンが返されたとき、圭は既にスライドに集中していた。モニターから視線を外さず手だけを伸ばす。
「あっ」
受け取り損ね、ペンが落下した。カツ、と、硬い音が床を打つ。
「やべ。すみません」
慌てて拾い上げる秋吉の動きも圭の意識にない。スライド十六枚目、グラフ右上の誤差バーが微妙に揃っていない気がして、眉根を寄せて見直す。
と、傍らで、秋吉が小さく息を飲む気配がした。
集中を切り、訝しげに視線を上げる。ペンを拾ったまま立ち尽くしているのが見えた。
「どうした」
「――……すみません。壊しちゃいました」
差し出されたペンに、目を丸くする。けばけばしく目を引く派手な色合いのペン、一見してどこが壊れているのか圭にはさっぱり見て取れない。
「壊れた? どこが?」
受け取って、手元の紙に適当に線を描くと、黒い軌跡が意図どおりくっきり描かれる。何の問題もない。
「や、そうじゃなくて。――ここ。クリップが」
秋吉がペンをひっくり返して示す。確かに、クリップの先がわずかに欠けてしまっているのが見えた。
圭は拍子抜けした。
「この程度、気にするな」
「でも」
「クリップなんか使ってない。そもそもちょっと先が欠けただけだろう」
秋吉の表情はそれでも晴れなかった。弁償する、とまで言い出した秋吉に、圭の眉間が苛立ちを示してきつく寄る。
「どうでもいい。それより、このグラフだが――」
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