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第3話
ともかく、そんなこんなで清十郎との同居生活が始まり、あっと言う間に約一ヵ月という月日が経過していた。
仕事から帰ってくると、レトルトではない手作りの温かい食事がテーブルに並んでいて、洗濯も掃除もしなくていい。
さらには、見た目が麗しい清十郎の目覚ましから始まり、見送り、出迎え、風呂まで湧いていて、布団もお日様の匂いが心地良い。
快適、過ぎる……っ!
第一印象では、正直なところ、容姿端麗な変人であり、世間知らずな雰囲気に不安を感じずにはいられなかった。
けれど、自宅にあった使い古しのスマートフォンを清十郎に渡し、使い方を教えると意外にもすぐに使い方を覚え、生活全般に素早い順応性を見せる。
まさに、万能執事だ。
浮世離れしている印象しか無かったけれど、意外にも生活に馴染んでいる。そう感じ始めた頃には、清十郎の外出用の服が脳裏にチラつき始めていた。
今までは全部、通信販売で済ませてもらっていたけれど、外出しない生活ではそろそろストレスも溜まっている頃かも知れない。
ただ、執事服でスーパーに買い出しなんて行ったら、目立ちすぎる。いくら清十郎が容姿端麗だとはいっても、正直、執事服を着た男の隣を歩くことは気が引ける。
そこで家事をやってくれている礼を兼ね、二人で清十郎の服選びをした。
スマートフォンのディスプレイを二人で覗き込み、時々肩が触れ合う瞬間は胸の内が温かくなり、届いた服の箱を二人で開封した時は、自分の物が届いたわけでもないのに妙に気持ちが高揚していた。
「清十郎はイケメンだから、どんな服でも余裕で着こなすよなぁ」
「ありがとうございます。新の選んだ服が着られるなんて夢のようです。ところで、イケメン? とは?」
「…、あぁ、格好いいとか、顔が良いみたいな、容姿を褒める言葉」
清十郎の大袈裟に聞こえる物言いは初対面の頃と変わらず、その度に胸がキュンキュンとときめいてしまい、軽い恋人気分だ。
とはいえ、清十郎とはただの同居人で付き合っているわけでは無いから、その喜びを顔に出す事は絶対に出来ない。
「新に褒めていただけるなんて…」
端正な顔立ちの清十郎が照れる顔は、見ているだけで溜息が出てしまい、口元が綻ぶ。
容姿端麗で性格も穏やか。かれこれ一ヵ月程度同居しているけれど、衝突も無く平穏に過ごせている。
以前は日々刺激が欲しいと思っていたけれど、穏やかな毎日がこんなに快適だなんて思いもしなかった。
――彼氏だったら最高だろうな。
そんな風に思ってしまう場面も多々あるけれど、清十郎の恋愛対象がどっちなのかもわかないし、そもそも『元燕』だと言っている辺りで得体が知れず踏み切ることが難しい。
それに、万が一にでも付き合えたとして、清十郎が自分の知人の仕掛けたドッキリの仕掛け人だったとしたら、性癖も、サブだという事も周りに知られてしまうだろう。
自分でも考えすぎだとも思うけれど、それ程ダイナミクスは知られたくない事で、だからこそ恋人探しは有料会員制のマッチングサイトをわざわざ利用するほど慎重にしているのだ。
普段の自分は強気で積極的な方で、ドムだと勘違いされて告白された事はあっても、サブだと言われた事はない。
セックスの時とキャラが違い過ぎる。そう言われて周囲に揶揄われるに決まっているから、絶対に知られたくないのだ。
――好きな人以外に揶揄われるのは、本当に嫌だから。
だから、知人や、知人と繋がりのある人とは絶対に付き合わないし、酔った勢いでも寝ないと決めていた。
「そうだ。清十郎はゴールデンウイークって知ってるか?」
「……? ゴールデン、ウイークですか?」
明日からゴールデンウイークで、日本の文化に疎そうな清十郎に訊くと、予想通り真顔で小首を傾げられる。
「仕方ねぇな、教えてやろう」
「はい、是非ご教示ください」
得意気に笑って見せると清十郎は嬉しそうに自分の隣へと席を陣取ってきて、上機嫌に微笑みかけてくる。
清十郎のそんな些細な行動で気分が上がり、見た目の割に可愛いんだよな等と思っていた矢先、邪魔が入った。
ピンポーン
こめかみに青筋が立ちそうだった。
いざ口を開こうとした瞬間、室内にインターホンが鳴り響いたのだ。
「お客様でしょうか?」
「……なんだろ。何も届く予定なんて無いんだけどな。俺、行ってくるよ」
清十郎が率先して立ち上がろうとしたけれど、万が一知人だった場合の面倒臭さが脳裏を過り、自分が向かう事にした。
朝方に大声を出した件については、以前に隣人と通路で出くわした際、念の為に謝罪をしておいた。心当たりがない。
ともかく居留守を使う事も躊躇われ、外の様子を窺うようにゆっくりと玄関のドアを開けると、そこには想定外の人物がいた。
「久しぶり。やっぱり新の方が良いから、戻って来たよ」
柔和な笑みを浮かべた、元恋人の康介だった。
康介の顔を見た途端、頭の中が真っ白になって、息苦しさで声が出ない。言葉に詰まっていると、康介は小首を傾げた。
「あれ? もしかして、新しい彼氏でもいるのかな?」
ドアから顔を覗かせた康介が清十郎の存在を目視した様で、笑みの消えた瞳で訊ねてこられると、項が粟立ち始める。
「……違う。清十郎は、彼氏じゃない」
「へぇ、呼び捨てにしてる仲なんだね。新の友達にはいない顔だけど、……新しい友達ってこと?」
失言をしたと気付いた時には遅くて、康介の瞳から圧を感じる微量のグレアが身体が強張らせ、指先を震わせた。
「ごめんね。僕の知らない男のせいで、少し嫉妬しちゃったみたい。一人で寂しかったよね。……清十郎さんだっけ? 新と二人きりで話したい事があるから、少しだけ寝室使うね」
「……? はい、かしこまりました」
視界の端に康介が靴を脱いで上がるのが映り、小声で甘く囁かれると身体が熱くなる。
「新、おいで」
――きっと抱かれる。抱いて貰える。
この期に及んで、康介に抱かれる事に期待して、第三者である清十郎がいるというのに歓喜で鼓動が高鳴っている自分は本当にどうかしている。そんな風に思うのに、拒絶したいなんて 選択肢にもならなかった。
清十郎の顔を見る事が出来ず、視界に入らないようにと俯いたまま、康介に手を引かれて寝室に入る。
触れ合う手指から伝わる体温が、康介との楽しかった日々を思い出させるようで、気付いた時にはその手を強く握っていた。
寝室のドアが閉まると同時に、素っ気なく離れた康介の手指が顎先に触れ、上を向かされると目が合った。
「本当に、あの人は彼氏じゃないの?」
「…、違う」
静かな康介の声は不気味で、項が騒めく。
「……わかった。じゃあ、新が僕と、今ここでセックスしても、問題ないよね」
ここにきてやっと、思考が正常に働き始めた気がした。清十郎がドアを挟んで向こう側にいるこの状況でするなんて、有り得ない。
酷く狼狽してしまって視線が左右に忙しく揺れ、それだけは勘弁して欲しいと強く願い、懇願するように康介と目を合わせる。
けれど、目の奥で欲をチラつかせているような康介の瞳は、こちらの反応をただ静かに見つ
め返してくるだけだった。
康介の口角が意地悪く上がり、薄く開いた唇がゆっくりと近づいてくる。一歩後ろに下がるか、顔を背ければ触れる事のない唇。触れたが最後、後戻りはできない。
きっと酷く犯されて、清十郎に聴かせるためだけに、沢山、鳴かされる。
でも、そう考える程に身体は熱を帯び始めていて、息を呑みながらも滲み始める視界で、康介の唇を受け入れていた。
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