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第3話
会社と自宅以外の時間を、刈谷くんと過ごすのは初めてのことだった。まさか、出張というボーナスイベントが舞い込むとは思っていなかった。自分を強引に同行者としてねじ込んだことは言うまでもないが、普段とは全く違う状況で、いつもと違う彼を至近距離で観察出来ている。俺はこの上ない幸せを感じていた。刈谷くんは絶対人と視線を合わせない。勿論俺とも例外ではない。自他においてのスルー技術は目を見張るものがある。刈谷くんは何をしていても、他人をスーッとかわしていってしまう。彼自身を覆う目に見えない外皮はとてもとても分厚い。俺はそれすらも愛おしいと思ってしまうのだ。不愛想でポーカーフェイスで何を考えているかわからない、他人に決して心を開かない、そんな彼が俺にはとても儚く、切なく、愛らしいものに見える。刈谷くん自身は、こんな俺の恋慕が正直とても迷惑なものなのだろうと思うが、彼の部屋で直に感じた生身の彼は俺の気持ちの芯をガッツリと握りこめて剥がれそうにもない。
しかし、この出張初日からいつになく刈谷くんの様子がおかしい。ずっと下を向いていて表情が窺えない。回数の乏しい応答も、か細すぎてさすがの俺でも聞き取れないレベルだった。出張先の会社との打合せ前のミーティングの時点で既に、刈谷くんらしくないミスが頻発していた。全然集中できていないどころか、意識が遠い印象だ。無理をしている、と気付くなという方が難しい。普段から表情がないのに、今日は顔色もない。強引に顔を覗きこみ、体の様子を伺えば手先の体温すら失っている。もそもそとした動きで馬鹿馬鹿しく打合せの支度をしている刈谷くんをホテルのベッドにぶち込み、俺は単身で出張の全スケジュールをこなした。
その日の夜には刈谷くんは発熱し、つらい一晩を越えて二日目。俺は問答無用で刈谷くんを置き去りにし、二日目のスケジュールも勝手に進めて終わらせた。一泊二日の予定の出張を自費で二泊に変更し、刈谷くんをホテルから出さなかった。刈谷くんは全く何も言わない。無表情だが、なんとなく怒っているのだと俺は思う。何度も起きては帰ろうとする刈谷くんを、その度にベッドに力任せに押し戻して、俺は弱っている彼をもすぐ近くで堪能していた。さすがに今回は、彼に嫌われたことだろう。二日目の夜には、誰とも目を合わせないはずの刈谷くんがずっとこちらを睨んでいた。何か言いたそうに、なのにぐっと口をつぐんで。
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