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第4話

「ありがとうございました」 普段生活する上で、そんな当たり前の台詞が全然出てこない。出せない。とっくの昔に社会人になったのに、うじうじグズグズと伝えて当然の言葉すら自分は発せない。彼を前にすると、自分は何もかもを与えられるばかりのどうしようもない存在になり果ててしまう。そんな資格など何処にもない屑だというのに。上手く出来ないことがあり過ぎる自分は、当たり前に何かを与えられることなど有り得ない、そう教えられてきた。劣等過ぎて屑そのもの。出来損ないであると言い聞かせられた。父母も祖父母も同じことを言う。だから、自分を律しなければならない。微塵の油断も隙も許してはいけない。誰かを頼ることも、施しを受けることも許されない。少しでも溢れてしまえば、待っているのは痛みと怒号と空腹と惨めな自分自身。二度と戻りたくない。だからこそ、甘え切った自分を受け入れてはいけない。他人である彼に迷惑をかけてはいけない。どうにかしたいのに、どうしてこんなに動けないのか。ベッドの上でじっとしていると、耳の奥で誰かの怒鳴り声が木霊する。怒られている。だから、彼を自分から解放したいのに、何で出来ない。なぜ、彼はそれを許してくれない?ベッドに放り戻される度に泣きたくなる。自分が情けない、申し訳ない。怒らないでほしい。どうか。許してほしい。もう、怒鳴らないでほしい。穏やかにやさしい表情でじっとこちらを見つめている彼に自分は願う。これ以上、優しくしないでほしいと。伝えることも出来ずにただ、願う。

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