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第7話

いつもの日々が巡ってくる。やりなれた業務をこなし一日が過ぎていく。何の起伏もないなだらかな経過を繰り返す。もう、顔を上げても交わる視線はない。ただポツリと自分がそこに在って、ただそれだけだ。意識していなくてもすぐ傍にあった気配は忽然と消え失せて、颯爽と周りを通り過ぎていく他人が溢れているだけになった。表情に迷うことも、返答に悩むことも、どんな態度をとるべきか思案することもない。会話すら殆どない。業務的な応答だけこなせばそれで済む。何も考えなくともいい。楽になった。楽になったんだ。シンと静まり返った自宅の室内で噛み締める。冷蔵庫のミネラルウォーターは、ぬるくなることがない。冷え切ったままだ。 「…刈谷くん、俺が怖いもんね」 遠い遠い耳の奥の奥で、優しい声色がループする。動かない自分相手になだめるように抱きしめて、布団越しにしばらく頭を撫でてくれていた。まさか、怖い訳がない。彼は馬乗りになったところで自分を殴ってくる筈がない。分かりきっている。とてもとても優しい人だ。これまで出会った人物の中で誰よりも優しい人だ。自分のようなどうしようもない人間相手にもあんなにも優しい人、だった。他人を恐れていることなど全く話したこともないのに、察してくれていた。繋がりの距離を詰めようとはしてくるけれど、決して心の琴線には触れなかった。彼を部屋に入れたのは、どう抗っても彼を嫌だと思えなかったから。彼に身を任せたのは、自分自身がそうしたかったから。答えなんてシンプルだ。どんなに抵抗を考えても、どんなに取り繕っても、結局ここに行き着いてしまう。何度でも思う。そんな資格なんて自分にはない。屑だから。それでも彼を家に、部屋に、入れたかった。彼の腕の中に入りたかった。

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