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第五章
――それから5日後。
バチバチバチッ――と火花が散っている。
イルギスは自分の左足の最後の火花が散り終わるまでただ見つめていた。
程なくして、エイトは溶接道具を下ろし防護マスクを外す。
「よし、動かしてみてくれ」
そういうとイルギスは左足を上下に持ち上げてみた。
何も問題はなさそうだ。
エイトにズボンの裾を下ろしてもらい『立ってみてくれ』と言われたので、整備台に手を付き台からゆっくり降り両足で立ち上がってみる。
これも問題はなく普通に歩けた。
「ちゃんと直ったみたいでよかった。破損跡も残らなかったし」
「本当に腕が良いんだな、エイトは」
この5日間でイルギスのメンテナンス自体も全て完了し、ついさっきの右肩と左足の修正で直すところは完全になくなった。
「エイト。この5日間ありがとう…」
「そんなこと――」
「本当に感謝している」
イルギスが目を伏せて少し照れくさそうに感謝を述べる。
イルギスに関する作業が全て完了したということは、もう今日で最後だということだ。
(ずっと一緒だったからか、少し――)
――何故だか、離れがたく思ってしまった。
エイトは何を考えているんだと心の中でツッコミを入れる。
「もう帰るよな?送っていくよ」
「…ありがとう。よろしく頼む」
ふわっとイルギスが微笑む。
たったそれだけでエイトの鼓動が跳ねる。
ずっと無表情が多かったイルギスが、柔らかい表情を出す度にドキドキが止まらない。
「エイト、どうかしたのか?」
「あ、いや――なんでもない…」
固まっているエイトを心配そうにイルギスが覗き込む。
――なんでこんなにドキドキするんだ?
エイトは分からないまま、店の玄関の扉を開きイルギスを先に出るように促す。
扉に鍵を掛け、そのまま横並びでイルギスの屋敷へと歩を進めた。
エイトに屋敷へと送られたあと、イルギスはこの5日で溜まってしまった仕事をテキパキとこなしていく。
今日できる分の仕事を片付け、地下室にある機械人形処理場から屋敷の部屋へと戻ってくる。
シーンと静まり返る広いリビングのソファに腰掛ける。
――いつもこんなに静かだったのか…。
イルギスはいつもと変わらないはずのこの日常を不思議に思った。
ずっとエイトと一緒に過ごしていたから、自分だけだとこんなにも何も無かったのかと。
夜の静けさが不気味なまでにイルギスを襲う。
――何故、不安な気持ちが残る?
特に意味もなく窓辺に立ち外を見遣る。
不安な気持ちは晴れず、カーテンを閉め再びソファに戻る。
その夜、スリープモードにせず夜を明かした。
――あれから3日経った頃。
今日の仕事を全て終わらせたエイトは店仕舞いを終え明日の仕事内容も確認し、夕飯も済ませ本格的にやることがなくなった。
――あれ、もう寝るだけだったか?
確かに毎日こんな生活を送っていたような気もする。
エイトはここ最近、事あるごとにイルギスのあの笑顔を思い出してしまう。
――こんなにも気になってしまうのは初めてだ。
(イルギスも仕事終わったかな……)
――電話したら出てくれるかな…?
なんでそんなことを考えているんだ、と思うよりも先にもう電話番号を回していた。
コール音を数回聞いて、出るわけないかと思い電話を切ろうと思った矢先、ガチャリと電話に出る音がして慌てて喋る。
「もしもし、エイトだ」
『エイト?どうしたこんな時間に』
それはエイト自身が聞きたいくらいだ。
「えっと、イルギス仕事終わってるか?」
「あぁ、今日の分はもう終わったが…」
「もし暇ならさ……さ、散歩でも行かないか?」
エイトは躊躇いがちにイルギスを誘う。
「まだ日が高いからさ…あ、もちろん迎えに行くぜ」
言葉を紡ぐエイトの必死さを感じ取ったのか、受話器の向こうからイルギスの『ふふっ』と笑う声が聞こえ答えが返ってくる。
「――いいよ。エイトとなら」
勘違いしそうになるその言葉に――。
「待ってる」
――その特別感に、息もできないほど鼓動が跳ねる。
「――あぁ。すぐに行く!」
ガチャリと受話器を置き、エイトは胸に手を翳し大きく鳴り響く心臓の音を聞いて自分のこの感情を嫌でも分かってしまった。
ビー、と呼び鈴の音が屋敷内に響く。
玄関に赴き扉を開く。
「いらっしゃい。エイト」
「久しぶり、あれから何もないか?」
エイトがイルギスの身体の調子を尋ねる。
イルギスは何も変わりはないとエイトを玄関に招き入れながら答える。
エイトは普段腰に身に着けている工具ベルトを外し、つなぎの袖を腰で縛り上半身はラフな紺色のシャツ一枚という格好だ。
「じゃあ、近くの公園にでも行こうか」
「わかった」
屋敷を出てイルギスは扉に鍵を掛ける。
他愛のない話を交わしながら、道なりに中央通りの公園に向かう。
公園に付くころには夕日が赤々と輝いていた。
特に意味もなく公園のベンチに座る。
口数が減ったエイトに少し気に掛かりながらもイルギスが声をかける。
「エイトはどうして私を散歩に誘ったんだ?」
「あー…っと、なんて言ったらいいのか…」
エイトはうーんと顎に手を添え迷ったように言葉を探す。
「――ただ、イルギスと一緒に居たかった」
「え?」
エイトはイルギスの瞳を真っ直ぐに見据え告げ、イルギスは思ってもいなかった言葉に間抜けな声が漏れる。
エイトが照れた表情に変わり視線を下に彷徨わせる。
「エイト――」
そんな彼を見てイルギスは小さく彼の名を呟く。
「なに――」
エイトの顔がパッと上を向きイルギスの方を見る。
その顔を見たエイトは口にしかけた言葉を止める。
「私も同じことを思ってた…」
「え…?同じ?」
「エイトと一緒に居たい。今までは屋敷に私だけだったのに…こんなことを思ったのは初めてだ」
イルギスは知らない感情に出会ったのだとエイトの目を見てはにかむ。
エイトは人間味のあるイルギスの表情に見惚れる。
イルギスはエイトの左手を取る。
そのままエイトの左手をイルギスは両手で包み込む。
「君は酷いことをしないと知ってるから」
「君と居ると安心できる」
不思議な程に、とイルギスは言葉を続ける。
それはエイトも感じていたことだ。
自然な流れではなかったが、お互い惹かれあってしまった。
「俺も同じだよ」
――安心するけど、ドキドキする。
それがエイトの本音だが心に仕舞う。
気が付くと夕日は落ち辺りは薄暗く、街灯も灯りはじめてきた。
まだ一緒に過ごしていたいが、あまり遅くなると危ないのでエイトは『帰ろうか』と告げる。
イルギスも了承し互いにベンチから立ち上がり中央通りの街灯に照らされながら帰路にたった。
イルギスの屋敷に到着すると、エイトは鍵を開くイルギスを見ながら口を開く。
「イルギス…えっと…」
「どうかしたのか?」
イルギスは扉の鍵を胸ポケットに仕舞いながらエイトの方を向き直る。
歯切れの悪いエイトにイルギスは首を傾げる。
「7月7日の星繋祭…い、一緒に行かないか?」
「…星繋祭?――星繋祭、か……」
イルギスは思いもよらない言葉に少し驚き、その言葉を繰り返す。
「興味ないか?」
「そういうわけではないんだが…」
今度はイルギスの歯切れが悪くなる。
「俺の家の近くから少し高台に上がったところは花火がよく見えるんだ。中央広場の方に人が集まるから、そこは穴場になっててさ」
エイトは『どうかな』と頬を掻きながら照れくさそうに言った。
黙り込むイルギスはエイトの照れくさそうな表情を見て困ったように笑う。
「エイト――ちょっと中で話さないか?」
エイトは頷き、イルギスは扉を開いて彼を中へ迎え入れる。
玄関からリビングへと向かい、イルギスの左斜め横にあるソファへ腰掛けるように手で促す。
「星繋祭、やっぱり行きたくない?」
エイトは少し寂しそうな顔でイルギスに再び尋ねる。
「無理なら――」
「――いや、待ってくれ!」
『行かなくてもいい』と言おうとしたところで、イルギスは左手で彼の右腕を押さえる。
イルギスは困ったように眉を下げ、言葉を口にする。
「この前、襲われたとき以外にも…45年前にも同じように襲われたと言っただろう?」
「あ、あぁ」
イルギスは一度視線を下に向けたが、次の言葉を口にするため顔を上げエイトの目を真正面から見る。
「――その日も、星繋祭だったんだ」
「花火の音が大きく響く中、路地裏で――」
イルギスの告げた言葉に、エイトは絶句してしまった。
イルギスにトラウマを埋め込んだ強姦をされた日が、まさに繋星祭だったなんて…。
いくら自分と花火を見るといっても、星繋祭の真っ最中に中央通りを通り抜けてエイトの家の方へ行くことになる。
そこに一緒に行こうなどと、あまりにも酷だ。
エイトは優しくイルギスの手の甲を摩り、告げた。
「ごめん。無理に誘いたかったわけじゃないんだ…」
「謝らなくていい。だが――」
イルギスの手を撫でていたエイトの手に自らの手を重ねる。
そっと優しく撫でられるが、温もりの感じられない手に不安な感覚に陥る。
「エイトと一緒なら…怖くても、耐えられる気がするんだ」
「エイトと、花火…見たい」
イルギスはエイトの目をじっと見つめ、重ねていた手を絡める。
絡まる指先にエイトの目が釘付けになる。
その指のゆっくりと握られる動きにエイトの心臓が跳ねる。
「う、あ…っ…」
エイトは言葉が紡げず視線を彷徨わせる。
「エイト、私を星繋祭へ連れて行ってくれないか?」
「も、もちろん…!」
視線をイルギスに戻し、返答をする。
ギュッと両手を繋ぎ、冷たい指先にエイトの体温が吸い込まれていく。
指先が冷たくなってきてエイトはようやくハッとして手を放し、照れくささに視線を下げる。
再び顔を上げたエイトはイルギスの顔を見て笑みを溢す
「どうした?エイト」
イルギスは不思議そうに首を傾げ、問いかける。
「なんか、イルギスと仲良くなれると思わなかった…。まぁ、きっかけはアレだったけどさ…」
「私も不思議なんだ。まさか、君にこんなに本音を言えるなんて…」
照れるエイトを見つめながらイルギスが微笑む。
ずっとお互いヘラヘラし、空間に謎の空気が漂う。
――その時。
イルギスの左耳の赤いピアスがキラリと光り、エイトはふと疑問に思った。
「イルギスって、ピアスとチョーカー身に着けてるよな?アクセサリー好きなのか?」
「ん?あぁ、まあ…好きとかではないが、この二つは貰い物だからな」
「貰い物?」
イルギスは『そうだ』といい左の耳たぶを指で弾き、ネクタイを緩め首元を少しくつろげた。
首筋からチョーカーがチラリと見え、エイトはまたドキッと心臓を高鳴らせた。
ドキドキしているエイトをよそにイルギスは口を開く。
「――私が管理局で仕事をしていた頃、〝ゼノ〟から貰ったんだ」
「クレイドール博士が…?」
「あぁ。確か、チョーカーとピアスの宝石は別の種類だとか言っていたな」
「へー」
宝石の種類までは教えてもらえなかったが、チョーカーとピアスは同じ赤色の輝きを放つが、種類が違うからか光り方が少々違う。
綺麗だなと思い宝石を眺めるエイトは、少し不思議に思った。
「でもこんな高価そうなもの、なんでクレイドール博士はイルギスに?」
「それは私には分からないが。だが、ゼノは自分の作ったプロトタイプのことを〝自分の愛する子供たち〟とよく言っていたから、単なる子供への贈り物だったんじゃないか?」
考察するイルギスはくつろげていた首元を正しネクタイを締め直す。
「なるほどなぁ。確かに自分の可愛い子供にだったら何でもプレゼントしたいかもな~」
そう言いながらエイトは壁に掛けられた時計に目をやると10時を少し過ぎていた。
「じゃあそろそろ俺帰るよ」
「あぁ、気を付けて」
そう言うとエイトはソファから立ち上がる。
それにつられてイルギスも席を立ち、互いに玄関の方へ向かう。
「7月7日に、また迎えに行く」
「わかった、待ってるよ」
イルギスはエイトへ手を振り彼もまたそれに応え、そのままバタンと扉が締まる。
イルギスは軽い足取りでコートを翻し寝室へと戻っていった。
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