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第六章
――ビーッと呼び鈴の音が屋敷中に響き渡る。
玄関に近づきガチャリと扉を開放する。
「やぁ、イルギス」
「レム?」
『どうしたんだ?』と問いかけながら訪ねてきたレムを屋敷に迎え入れる。
「メンテナンスが全て終わったんだろう?近くに用事があったから様子でも見に来たんだ」
「そうか…」
「そっけないなぁ~」
そう言いながらも、深く探りを入れてこないレムにイルギスはありがたく思った。
あんな分かりやすい嘘をエデルに伝えさせてしまったのだ。
内心、レムに対して罪悪感がある。
「それにしても、随分夏らしい格好をしてるんだな」
「そうだろ?」
いつもと違う装いのレムに声をかける。
そんな罪悪感を感じているイルギスをよそにレムはくるりとイルギスに向き直り、得意げに自身の格好を見せびらかす。
普段のロングコートは脱ぎ去り、ベストに半袖ワイシャツといつもより軽装で今の季節に合っている。
「今日は人が多くなるからな。夏にあんな格好してたら俺はドールだって言いふらしてるようなもんだからな」
「ふむ、確かに…」
普段外に出ないイルギスはレムの言うことに納得する。
確かにドールは基本、季節がどうであれ服装が厚着でも薄着でも関係ない。
「そんなことより、レム。様子見に来ただけか?」
「はは、鋭いな!今日は夜から星繋祭があるだろ?誘いに来たんだよ」
「――あ…っと…すまない、先約がある」
「えっ!?」
レムは驚きイルギスの顔を覗き込む。
どうせ断られると思っていたからレムは驚きが隠せない。
畳みかけるようにイルギスを問いただす。
「もしかして星繋祭に行くのか!?誰と?」
「…エイトに誘われた」
「あぁ、なるほど~」
イルギスは少し躊躇いがちに答え、それを聞いたレムはニヤニヤと顔面を綻ばせイルギスの肩に手を置く。
「随分仲良くなったんだな~」
「普通だ」
イルギスはムッとして肩に置かれたレムの手を退け、冷ややかな視線を向ける。
「まぁまぁ…良いじゃないか。それにイルギスに友達が出来て良かったよ」
「友達…」
イルギスはレムの言葉を反芻し小さな違和感を感じる。
(友達、なのか?)
違和感の正体はわからずイルギスは首を捻るばかり。
「俺は今年もエデルと時計塔で花火を見るよ」
「そうか」
「さってと、じゃあ俺は帰って花に水やりするから…またな」
「あぁ、また会おう」
「ふふ、あぁ。また」
レムは軽く笑みを溢し手を振り屋敷を後にする。
玄関の外で、花火日和の雲一つない空を見上げ呟く。
「ホント、無事でよかったよ」
レムはそのまま鼻歌を歌いながら、夕日色が反射し輝く時計塔へと足をすすめた。
「まったく、レムは――」
そう独り言を溢しながらイルギスは自室へ戻る。
ふと自室にある姿見に映る自分が目に入る。
(確かに…夏にこんな格好は…)
普段から着ているインバネスコートは人間からしたら暑苦しく思うことだろう。
レムの言うように自分も夏らしい服装の方がいいだろうかと思い始める。
(そういえば――)
過去に管理局から数着、季節に合わせた服を支給されていたことを思い出す。
クローゼットを開き確認すると、何着か夏服を見つける。
「うーむ…――」
並べられた夏服を眺め唸る。
服の着合わせ方が分からず頭を抱える。
レムにアドバイスを貰えば良かったと思うが、揶揄われて面倒なことになるなと思い直す。
「まあ、夏服なら何でもいいか…」
若干ヤケになり、適当な組み合わせで服を着替えていく。
ズボンのベルトを締め半袖シャツの上からベストを重ね着し首元のリボンタイを正し、整った服装を姿見で確認する。
色合いは普段着と変わらず茶色を基調としているのだが、イルギスは全体のバランスに少しの違和感を感じる。
見渡していると違和感の正体に気が付く。
それは首のチョーカーの赤い宝石とリボンタイの結び目に付いていた赤いガラスの装飾が主張をし合っていた。
(さすがにどちらか外すか…)
最初に紺のリボンタイを外してみた。
首元が締まらず、だらしなく感じる。
次に理由がない限り外すことはないチョーカーを外してみる。
鏡に映る何もついていない首元に違和感を感じたが、その首元を指先で触れてみる。
鏡に映る自身をまた見つめる。
左耳に輝く赤い贈り物にも気が付く。
(ゼノ――)
心の中で贈り主の彼の名を呟く。
これは外に出なくなった私にゼノがくれた物だった。
ゼノは私が外に出なくなった理由を聞かないにしても薄々感じていたのかもしれない。
(もしかしたら、あの時励ましてくれていたのか…?)
――だけど、ずっとあの時代に取り残されているわけにはいかない。
――前に進まないと…!
そう思い左耳のピアスを意を決して外す。
左耳には細い点状の穴が残り、今までそこを埋めていたものはなくなった。
チョーカーを外した首元には紺のリボンタイを結びなおす。
そしてチョーカーとピアスを丁寧に小箱に仕舞う、机の中の手前側の端の方に入れておく。
――ビーッ。
呼び鈴の音に呼ばれ机の引き出しをそっと閉め、急いで玄関へ向かう。
――ガチャッ。
屋敷の内側から靴音が小気味よく聞こえてきたと思えば、扉が開け放たれ家主が顔を出す。
「――いらっしゃい」
(――あっ)
エイトは普段と違う服装のイルギスに見惚れてしまい硬直する。
怪訝に思ったイルギスはエイトより先に口を開く。
「どうかしたか?」
「あ、いやっ…その服似合ってるな」
不自然な間にイルギスは不安そうな表情でエイトを見ていたが、続く言葉に安心したのか少し照れくさそうにエイトに礼を返す。
「ありがとう。エイトはあまり変わらないな」
エイトの普段と変わらない作業用つなぎの袖を腰で巻き上は紺の半袖シャツ、その姿を見てイルギスは小さく微笑む。
そんなイルギスの言葉にエイトは自分も少し洒落た格好すればよかったと後悔した。
「あー…まだ時間あるし、まずは中央広場でも見に行くか」
「わかった」
バタンと玄関の扉を閉じイルギスは懐から取り出した鍵を鍵穴に差し込む。
イルギスはくるりと向き直り、エイトの隣に並ぶ。
イルギスの屋敷から中央広場へは十数分で到着できる距離にある。
そんなに近い距離で星繋祭が行われていてもイルギスは長年地下室でその日を独り過ごしていた。
通りに出ただけでいつもよりも人が多い。
みんな一斉に中央広場へ向かって賑やかに歩いている。
人が多いのは苦手だがエイトの隣を歩いていると安心できる。
「中心は人が多いな…行かないほうがいいかもな」
「そうしてくれると助かるな」
「目的のところに行くか」
イルギスに配慮してこれ以上人が多い場所は避けて目的地へ向かってくれるようだ。
少し中心を避けてに行こうとしたが急に人混みが大移動する。
――ワイワイ、ガヤガヤ。
騒がしくバタバタと大きな足音で地響きが起こる。
きっと中央広場で余興か何かが始まったのだろう。
その拍子に人がドンッと勢いよくぶつかってくる。
「すいませっ……あれ――?」
人と当たった腕を摩りながらエイトは辺りを見渡す。
(――イルギス。どこ行った?)
たった一瞬の内にイルギスを見失ってしまった。
人混みに流されまいと踏ん張りながら首を振りながらイルギスを探す。
自分は人混みより頭一つ高い視線だが、イルギスは人混みに隠れる身長のため見回すだけでは見つからない。
「クソッ――」
じわじわとエイトは焦燥感が込み上げてくる。
そしてエイトは人混みを掻き分けては焦った状態でイルギスを探し始めた。
ドンッと人が背中にぶつかったかと思うと中央広場ではないのに次々と人が溢れかえり人波に飲み込まれる。
いつの間にか人に押し退けられ通りから外れた場所に立っていた。
(エイト、どこに――)
辺りを見渡すと自身の周りに人混みはなかったが、裏路地に押し込められていたようだった。
橙色の光は薄暗い闇の色に変わり、暗い暗い建物の間にイルギスは身動きが取れなくなる。
恐怖心と緊張感がだんだんと募り始める。
――外になど出るべきではなかったのか。
いくらエイトが一緒だからといえは考えが甘かった。
胸の前で右手を握り込む。
その右手はカタカタと震えていた。
「――ッ…」
口を小さく開くも言葉は出てこず、そのまま瞼を閉じ俯く。
――あぁ、やはりダメだったんだ。
イルギスはただこの裏路地で突っ立っている事しかできない。
閉じていた瞼の隙間から涙がとめどなく流れ落ちる。
抜け出したくても出られない、帰りたくても足が一歩も動かせず帰れない。
頬を伝っていく涙に己のどうしようもなさを痛感する。
「……エイト」
消え入りそうな涙に滲んだ声でその名を呼んだ。
誰にも届くはずのない言葉は暗闇の中に消えていく。
――助けて。
心の中で呟く。
――ヒュー……バーンッ!バーンッ!
バチバチバチと火花が散る音が聞こえ、目を開くと逆光で自身の影が視界に映る。
後ろでは花火の打ち上る音に人々は歓声を上げる。
振り向くことのできないイルギスは俯いたまま硬直する。
――ガシッ!
「――ッ!?」
イルギスは何者かに肩を掴まれ、声も出せずに驚く。
ドクドクドクドク…と恐怖が増大する。
――怖い。
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