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第七章
(人が多すぎる…!)
人波を掻き分けてイルギスを探しているがどこに流されてしまったのか見当もつかない。
――ヒュー……バーンッ!バーンッ!
「花火…」
響く轟音に人波が中央広場へ続々と動き出す。
エイトはまた流されるものかと踏ん張る。
再びキョロキョロと辺りを見渡すと通りの端の方の裏路地に人影が見える。
(――イルギスッ!)
建物の間に佇むイルギスの後ろ姿へ息を切らせて駆け寄り、右手を伸ばし左肩をガッシリと掴む。
「――ッ!?」
身体を大きく跳ねさせたイルギスは振り返らない。
エイトは息も切れぎれに呼びかける。
「は…はぁ…イ、イルギス…」
「――エイ、ト…?」
立ち尽くすイルギスの左肩を掴んだ右手でぐるりとこちらに向かせる。
瞳を見開きイルギスの驚いた顔を見てエイトはギョッとした。
――涙がとめどなく流れている。
エイトは再び名を呼びかけようと口を開きかけたが。
――ドンッ!
急な衝撃がエイト自身に走り、その衝撃に一瞬目を瞑る。
背中に感じる感触に目を開くとイルギスが自分の胸に顔を埋めて抱きついていた。
「――ごめん。独りにして」
「……」
イルギスは顔を上げないままエイトの胸の中でフルフルと頭を振る。
イルギスの震える背中を優しく撫で摩る。
「動けるか?」
こんな裏路地にずっと居させる訳にはいかないと、エイトはイルギスの肩を優しく摩り問いかける。
その問いかけにコクリと頷く。
そしてイルギスはおずおずと抱きついていたエイトの胸から身体を離す。
「大丈夫、ほら手貸して?」
「――?」
そう言いエイトはイルギスの手を取る。
エイトの右手はイルギスの左手を固く握る。
「これなら、はぐれないだろ」
「…!」
イルギスは少し驚きエイトの右手と顔を交互に見る。
「絶対、離さないから――」
「――あ、ありがとう」
イルギスはやっと口元を少し和らげ、エイトの右手を握り返す。
エイトの手のひらにイルギスの冷たい手の温度が移っていく。
エイトはイルギスの目尻に溜まった雫を指で拭う。
あらかた拭いきると、ゆっくりとエイトに手を引かれ裏路地を出て通りに向かう。
そして本来の目的地へ向かうべく横並びで歩く。
まずはエイトの店のある高台まで向かう。
どんどん中央広場から遠ざかり人気がどんどん消えていく中、花火の大きな音だけが耳に届く。
数十分ほどでエイトの店まで辿り着く。
その高台の更に上の開けた場所に、帝都全体を一望できる見晴らしの良い場所があった。
ここがエイトの言う穴場だ。
道は舗装され、腰の位置くらいの石垣もあるので高台から落ちる心配はない。
――ヒュー……バーンッ!
「すごいな…」
遠くからでも見えるほど大きな華が夜空に花開く。
間隔を開けずに数発打ち上り、夜空に色とりどりの花が咲きイルギスは感嘆の声を上げる。
「――エテルアはこんなに綺麗な街だったんだな…」
イルギスはこれほど高い場所から街全体を見下ろしたことはなかった。
高くてもレムの時計塔から見下ろしたことはあったが見える景色は一部で、しかも何十年も前のことだ。
街全体は人々が暮らしている証に、橙色の明かりがキラキラとした夜景を彩る。
「――イルギス…」
「ん?」
エイトは石垣に両肘をつき上半身の体重を預ける。
イルギスも彼の隣に近づき横に並ぶ。
「ごめんな…無理に連れ出して…」
肘をついていたエイトは上半身を起こしイルギスの方に向き直る。
申し訳なさそうな表情にイルギスも眉を下げる。
「そんなことない。君が居たから外に出ようと思ったんだ…だから、そんなこと言わないでくれ」
今度はイルギスからエイトの両手をそっと握る。
エイトはイルギスの手に視線を落とし、握られた手をゆっくりと握り返した。
「君が私を見つけてくれた時――すごく安心したんだ」
「……エイトに会ってから、時が動き出したみたいだ」
「大袈裟な…」
エイトはイルギスの顔を見てちょっぴり笑う。
真剣な表情のイルギスを見ると、決して取り繕っているわけではないことが簡単にわかった。
そんなイルギスの頬に左手を添え、微笑みながら口を開く。
「やっぱり――好きだ…」
「――え?」
――ヒュー……バァーンッ!
言葉が聞こえたと同時に一際大きな花火が夜空に打ち上る。
エイトの横顔が花火の光沢が反射したかと思えば表情の分かりにくい薄暗い藍色に染まる。
少し遅れて彼の言葉を理解したイルギスは彼に答える。
「そうか。私もエイトの事は好いているよ」
イルギスはそう言うと添えられた左手の甲に手を合わせて撫で摩る。
「大事な〝友人〟として――」
「んん…?」
――あれ、誤解してる…。
エイトはイルギスへ伝えた告白が本当の意味で通じていないことに困惑する。
イルギスはニコッとエイトへ向けて微笑むが、エイトは自分の告白が通じていないことのほうが大問題だ。
「えっと…イルギス?」
「どうした?」
イルギスはきょとんとした顔でエイトを見る。
さっきは流れで告白したが、いざ言うとなると緊張してきて手が汗ばんでくる。
だが誤解は解いておかないと自分が後悔する。
エイトは勇気を振り絞って口を開く。
「――ち、違くてさ…」
「あぁ…そうか、すまない」
「…え?」
イルギスが目を伏せて視線を落とす。
しかしエイトは素っ頓狂な声を漏らす。
「ん?――〝好き〟という言葉自体が間違いだったんだろう?」
「は?」
――ヤバイ。どんどん勘違いが起こっている…!
もう躊躇っている暇などなかった。
「〝好き〟っていうのは合ってる!」
「…?」
目を伏せていたイルギスはパッとエイトの顔を見つめ、頭にハテナを浮かべる。
「――だから…愛してるんだ。イルギスのことを…」
「愛してる?――な、何言って…」
誤解を正されるがイルギスは理解が追い付かない。
だがエイトの眼差しは真剣なもので、到底嘘を吐いているようには見えない。
「――愛してる。」
エイトはイルギスの額に自分の額がくっつきそうなくらい顔を近づけ、囁く。
「――やっぱり、迷惑だった?」
エイトは表情を暗くしイルギスから目を逸らす。
しかしエイトの左手の指の間にイルギスの指が絡みつく。
「え…?」
急に指を絡められエイトは驚きイルギスへ視線を戻す。
「迷惑なんてことはない。だが――」
今度はイルギスがエイトへの視線を逸らす。
「機械人形を愛するのは悪手だ」
「――しかし、君と数日離れている間…少し心細かった」
イルギスは『こんなこと初めてだ』と続けるが、眉を下げたままエイトに絡めた指を優しく握り込む。
「私も〝そういう意味〟で君のことを好いているのかもしれない」
視線を逸らしたまま呟くように告白する。
「――だが、ずっと一緒には居られない」
「それでもいいっ…!――イルギスは俺のこと嫌いか?」
「ふふ、嫌いではないな…」
切羽詰まったエイトの声にイルギスは微笑みエイトへ視線を戻し、もっと顔を近づける。
「君が嫌いだったら、ここに来ていないよ」
「私も、君が好きなのかもしれない…」
エイトは右手でイルギスの腰をグイッと抱き寄せ、自分の身体と近づける。
イルギスは急に身体が動きビクリと驚くが、優しい顔でエイトを見つめる。
「――んっ」
気が付くとお互い瞳を閉じ、振れるだけの口付けを交わしていた。
瞳を閉じていて花火が打ち上った光がチカチカと明滅する。
イルギスはエイトの右肩に、自身の左手を置き優しく掴む。
唇同士が離れ、互いに視線が交わる。
その瞬間、お互いに口端が持ち上がり微笑み合う。
「――好きだよ。イルギス」
「私もだ」
「ちゃんと言ってよ」
エイトは少し意地悪そうな表情でイルギスに言葉を促す。
イルギスも口端を吊り上げ、エイトの首の後ろに腕を絡める。
「――愛しているよ…エイト」
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