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第3話

あの日から、テーブルでハルと一緒にごはんを食べれるようになった。 今日もハルはスーツで朝から出かける。仕事なんだろう。スーツ姿のハルは至って普通の害の無さそうな見た目で、まさか連続殺人鬼だとは誰も思わないだろう。 「いってきます」 「行ってらっしゃい。気をつけてね」 ハルが出ていったあと、テレビをつける。 テレビのニュースでも特集が組まれるほど、最近はハルの関わった事件についての報道が多い。 テレビを見たり、ゲームをしたりして時間を潰す。夜になって、ハルが帰ってきた。 地下室へ降りてくる音がして扉の前で出迎える。 「おかえり……ハル?っ大丈夫?」 フラついた足取りで、俺にもたれかかっくるハル。酒の匂いがする。 「飲んできたの?」 「んー……」 随分酔っているようだった。いつもより遅いと思ったら、こういう事か。たまに酒を飲んでくることはあったけど、ここまで酔い潰れているのは珍しかった。 「んぅ、きぶんわる……」 そう言って口を抑えるハル。慌ててトイレまで連れて行って背中をさする。 「おえ、げほっ、うう」 「飲みすぎでしょ、もう」 吐いてもなお具合の悪そうなハル。 冷蔵庫をあけても二日酔いに効きそうなものが何も無い。 地下室の扉、空いたままだ。 ハルはううーん、と唸りながらも寝てしまったらしい。顔の眉間にシワが寄っていてまだ辛そうだ。 少しだけ、なら。 俺は、ハルのポケットを探る。足枷の鍵を見つけて、足枷を外した。 忍び足で地下室の扉まであるいて、そっと開けた。 初めて外に出る。地上へと上がる階段は暗い。 階段を上がりきると、また扉がある。 キィ、と扉を開ける。 扉の横に大きな本棚があった。恐らく普段はこの本棚で地下室への扉が隠されているんだろう。 部屋を出て、玄関をあける。 ぶわり、と外の空気が身体を包む。初めて嗅ぐ外の匂い。夜空には細やかに輝く星。何もかもテレビでしか見た事が無かったもの。 初めて自分の目で見て、込み上げてくるものがあって両手で顔を包む。 頬に伝う暖かい涙。ずっと、この日を夢見ていた。うれしくて、切なくて。 俺はそのまま外へ駆け出した。 ****** ハルside 目を覚ますと、地下室にいた。 いつのまにここへ降りてきたんだろうか。 当たりを見回して、重大なことに気づく。 「ゆき……ゆきっ!」 いない。地下室の扉は開いたまま。 ゾッとした。ずっと恐れていた事が現実に起こった感覚に血の気が引いていく。 急いで地上へと階段を駆け上がる。 家の中にもゆきの気配はない。 急いで外へ探しに行こうと玄関の扉をあけて飛び出した。 その瞬間、何かとぶつかる。 「わっ!ハル!?ビックリした」 飛び出した瞬間、ゆきの匂いに包まれた。ゆきに抱きとめられて、間の抜けたゆきの声が頭上に落ちる。 「二日酔いにきくドリンク買いに行こうと思ってコンビニ行ってたんだ。色々あって沢山買っちゃった、って、わっ」 ゆきの腕を強く掴んで、家に引き込む。足早に歩いて地下室へと降りていって、ベッドに押し倒した。 急いで結束バンドでゆきの両手を柵に縛り付ける。 「わっ、ハル!まって!聞いてよ」 涙で視界が滲んで、そのままボロボロと流れて落ちる。ゆきの来ていたTシャツに透明なシミがついていった。 「もっと、もっと縛らなきゃ、逃げないようにしなきゃダメだっ」 ロープを持ってきて、足にぐるぐる巻き付ける。 「はる、ハル!俺ちゃんと帰ってきたよ、逃げたりなんかしないよ」 「なんで!うう、ぐずっ、勝手に、消えないでくれ!もう嫌だ、こんな気持ち」 「ハル、両手解いてくれる?」 涙を手で拭いながら、こくこくと頷く。 ハサミで結束バンドを切ると、ぎゅう、と強く抱き締められる。 「ごめんね、ハルが寝てる間に帰ってこようと思ってたんだけど、初めて外出れたことが嬉しくて色々見てたらちょっと遅くなっちゃった」 「う、ん、帰ってきてくれて、ありがとう」 「当たり前。俺にはハルしかいない。だいすきだよ」 頬を優しく撫でられて、心地よくて目を閉じる。 「うん、……っん」 唇に暖かいものが触れて、驚いて目を開ける。 ゆきの顔があまりにも近すぎて、胸を押して仰け反る。 「な、なにして」 「何って、ダメだった?」 さっきの感覚を消すように、腕で唇を拭う。だけど、簡単には消えてくれない。 「ダメだ。こんなこと、したくない」 「なんで?俺はハルとこういう事したいよ」 「嫌だ!」 いきなり胸ぐらを掴まれて、おもむろに引き寄せられる。強い眼差しで見つめられて、目を逸らせない。 「俺はハルとキスしたい。その先の事もぜんぶ。それが嫌なら、一緒にいてあげない」 「え、そんなの……っ」 しばらく考えこむ。思えば、15年間自分としか居なかったら、そういう対象が自分になる事もおかしくないのかもしれない。 「わ、わかった」 「ほんとに!」 「女の子を、連れて来ればいいんだよね」 「は、なんでそうなるの?」 ゆきは目を輝かせたと思えば、僕の答えが気に入らなかったのか眉間に皺を刻ませる。 「だって、そういう事したいなら、女の子のほうが良いでしょ……?」 「ちがう」 「え、でもっ」 「全然ちがう!もういい!出てけよ!」 身体を強く押されて、地下室から追い出される。入ろうと扉を開けようとしても、何かで抑えられているみたいで、開けられない。 僕は、地下室の扉の前で立ち尽くすしか無かった。

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