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■お隣さんとの日々

 新たな環境に身を置いて、数日はかなり忙しかった。環境の違う通勤のごたごたに慣れなくてはならなかったし、初めての同居生活も加わる。公私ともに顔を突き合わせる間柄であっても、プライベートまで一緒の空間にいるのはやはり互いに緊張が拭いきれないらしい。あらゆるものへの対応と学びとドギマギの毎日である。  一応の人心地が付いたのは、ちょうど一週間経っての事だった。仕事の関係もあって時間がかかってしまったが、ようやく荷物の運び出しと整理に区切りがつき、イブキは段ボールの束を捨てるため、フロアごとに設置されているゴミステーションに向かった。 (人はいないけど、収集日と場所は合ってるよな? 間違えないようにしないと)  高層マンションはやっぱりゴミ捨て場まで綺麗なんだな、と、引っ越す前のボロボロのカラス除けネットが敷かれていたゴミ捨て場と比べる反面、懐かしく思うイブキ。近未来的なビジュアルのシルバー一色の大箱に食いついた彼は、目的を果たした後もついつい庶民心を露わにして、その場に留まってしまっていた。  と、背後から近づいてくる足音が一つ。 「宝箱でも見つけましたか?」 「へ? うわっ! った、お、お隣さん!?」  ふいに現れたのは、例の人であった。ふたを開け閉めしていた姿を見られたと悟ったイブキは、早朝にも関わらず派手に驚いてしまう。静かな廊下に自分の声が響いてしまって、イブキはまた彼の前で大恥をかいてしまう事になった。 「あ、穴があったら入りたい……です。ああ、ちょうどいいところにゴミ箱が……」 「拾っていいなら、ボクが拾いましょうか? 可愛がってあげますよ、なんて」 「あはは……」  握り込む手に気合が入るような重量のあるふたをスマートに開け、ゴミ袋を落とす隣人に対し、イブキは苦笑いで返す。内容はともかく冗談を言ってくれる人のようで、イブキは少し肩の荷が下りた。  イブキは一週間越しにミステリアスな隣人の正体を少しだけ知る事になった。彼の名はアイ。このマンションには一人で住んでおり、イブキ達とほぼ同じタイミングで引っ越してきた新規入居者だという。他にもいろいろ話したが、この場で引き出せたのはこれくらいだ。  ゴミ捨て場での再会を機に、フレンドリーなお隣さんはちょくちょくイブキ達二人の前に現れるようになった。ゴミを捨てるタイミングが同じなようで、ゴミ収集日に一度顔を合わせるのを始め、散歩の帰り道にばったり出くわしたり、買い物の時に偶然見かけたり……一ヶ月経つ頃には、ちょくちょく「作りすぎたから」と二人と飲み交わしたいのが見え見えの建前と美味しい料理を持って、部屋に上がり込むように。  高いところに置くインテリア家具の設置や電気回線を繋いでくれたりと、ちょっとした困り事にも快く承諾してくれて、イブキにとっては年上のお兄ちゃんが出来たような気分だった。 「チハル、お酒が切れちゃったから買ってこようと思うんだけど、ついでに何か買ってきてほしいものはある?」イブキは上着を羽織りながら、ソファでくつろいでいるチハルに声を掛けた。 「そうね、それじゃあ牛乳をお願い。会社を出るとこまでは覚えていたんだけど、すっかり忘れていたわ」 「牛乳といえば、二人は朝食はご飯派? それともパン派か?」向かいのソファで、カルパッチョをつまみながらアイが口を挟む。 「うちはパン一択ですよ。僕は本当はご飯派なんだけど、チハルお嬢様の声が強くてねぇ~」 「はは、すっかり尻に敷かれているわけか」 「日曜日は自由にしてあげているでしょう。それで我慢なさい」  彼女のチハルも、最初は二人っきりのプライベートにずけずけ入って来るアイを警戒していた様子だったが、三人での飲み会を一時間ちょっとで切り上げてくれる気遣いは見せてくれるので、だんだん仕方ないな、と受け入れるように。お酒が入ると、身の上話やイブキすら知らなかった情報など、明け透けにしゃべるぐらいに寛容となった。 ――《作者のつぶやき》―― アイ≠あい(作者名)です。作者名どうしようかなーって、作中から気に入ったのを付けただけです。

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