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   イブキが席に戻って来ると、二人はいよいよチハルへのサプライズの話へ移った。大分遠回りしてしまったが、本題はこっちである。イブキはここ一週間の希薄になってしまった現状と、いくつかの提案を出してアイに意見を求めた。すると。 「料理はどうだろうか?」 「なるほど、料理……外食ですか。それは思い浮かばなかったです。チハルは料理の後片付けがとにかく嫌みたいで、普段の夕食も、実は外食や宅配サービスで済ませちゃうパターンがほとんどなんです。アイさんが部屋に来るようになってからは、大きな冷蔵庫を買った意味合いが出てきて、二人して喜んでました」 「確かに、デリバリーの箱やらチラシやらがよく捨ててあったな」  だが、アイの言っている事は違う。 「語弊があったな。ボクはお前自らが調理したらどうかと、そういう意味合いで提案したんだ」 「え? ぼ、僕が? 料理ををををっ!?」  無理無理無理っ! イブキはぶんぶん首を振り回した。アイはふむ、とあごに手をやる。 「まさか、料理に関しても、それは女の仕事だと決めつけている……わけではないよな?」 「それは決して! アイさんが難なくこなしているのをずっと見てますし、ザ・出来る男!って感じで、かっこいいと思ってます。むしろ、独身時代にチャレンジしておけばよかったかなーなんて後悔してたり……」 「なら、やろう。出来ない奴が頑張ったとあれば、それは飛び切りのサプライズプレゼントになる。ボクが簡単なやつを教えてやるから」 「えええええ~……」 「お前の料理スキルは? 学生時代に何を作ったかだとか、包丁が使えるか、生卵を割れるか、小さじ一杯が何グラムであるかとか、どの程度の知識と経験があるのかを知っておきたい。その上でチハルの好みやアレルギーの有無を加味して――」 「ええっと、レンジでチンして完成!……みたいなのじゃあダメなんですか?」 「コンビニ弁当レベルの愛情だと思われていいのか? 舌は肥えている奴だからな。企業努力の賜物を使うにしても、手が込んでいるふうに見えた方がいいだろう」  アイはナプキンを何枚か引っ張り出して、メモ帳代わりに使い始めた。真剣に取り組もうとしているのがビシバシ伝わって来る。  この熱量に、はたしてド素人がついていけるだろうか……。繰り出される質問の数々に、「出来ましぇん」、「分かんないです」、「まったく覚えてないですぅ~」なんて情けない泣き言や珍解答のオンパレードを散々引き出させられた。 「――まさか、トレーニング編に突入するとは……」  イブキはアイの部屋のキッチンに通され、アイ指導の下、ひたすら食材をキッチンバサミでカットしていた。プレゼントの内容が料理に確定したのはいいのだが、怒涛の聞き取り調査の結果、一朝一夕で詰め込み教育をするのは無謀だという判断にいたったのだ。チハルのために、自分の力だけで遂行しなくてはならないのだから、サプライズは翌日の日曜の晩に回して、今日はみっちり特訓に費やす予定だ。 「何かしら一品でも料理が作れたら、予定を変更する必要はなかったのだがな。まあ、これを機に料理の道を開拓していけばいいんじゃないか?」髪をくくったアイは、ブロッコリーやレタスをさっと水洗いしてまな板に置く。 「もう早速開拓していってますよ。ハサミを包丁代わりに使うなんて! 包丁より断然やりやすいです」 「難易度は下がったが、ミキサーとオーブンに突っ込んで加熱調理するという工程だけは覚えさせるからな」 「トーストは毎朝焼いてますんで、その延長だと思えば! ――とはいえ、その……こんなに大量に食材切っちゃって、大丈夫ですか?」  イブキはサラダボウルに山盛りになった色とりどりの野菜に視線を移す。今着手しているアスパラに加え、赤と黄色のパプリカにハーブ、半分に切った「芽キャベツ」なるものもあって、これらを処理する料理のビジョンがとんと思い浮かばない。独身男性が全て消化し切るのは厳しそうだが。  アイが返したのは、余裕の笑みだ。 「問題ない。仕事に熱中していると、どうしても偏った食事に依存してしまうし、カレーやら煮物やら、いくらでも方法はある」 「流石です」 「おまけに、ここまでの初心者はそれはそれで貴重な資料になる。じーーっくりと観察させてもらうぞ」 「て、手元が狂っちゃいそうなんで、こっそりにしてくださいね……」  アイの眼光フラッシュをさえぎるように空いた手で照れた顔を隠し、そうしてふと、考える。――今この時間は先生と生徒みたいな立場だけれど、普段の自分達はどんな関係なのだろうか、と。  友達? 会社員と作家? 夫婦一歩手前と、一方通行の恋心を抱える人?? (何か、大空と大地の状況とちょっと似てるな。作者自ら、架空の登場人物と同じ立ち位置になるだなんて、皮肉もいいところだけど……)  明らかな相違点は、大地側のイブキが恋心を認識しているという点なのだが、大地の気持ちが最後までブレなかったように、イブキもまた、暴露を受けて尚、チハルを愛している。  関係性が似通っていて、喫茶店で過ごして、一方は結婚を視野に入れている……そんな現実という物語の結末は、どうなってしまうのだろう? (まさか、いなくなっちゃったり……しないよね?)  イブキは床に散らかった野菜くずの掃除を行っているアイを目で追う。気付けば三人で一緒に過ごすどころか、チハル抜きの、アイと二人で秘密裏に動いている時間が楽しくなっていて、胸がちくんと痛んだ。

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