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「――こっちの作品も、読者にゆだねるようなあいまいな形で終わってる……。こういうハッピーエンドとはいかない作風が持ち味なんだな……」
特訓に明け暮れた日の十一時頃。着替えを済ませてだだっ広いダブルベッドに移動したイブキは、同名作者「矢印 アイ」のリンクから飛んで別の電子書籍を購入し、没頭していた。他の作品がどんな終わり方をしているのか気になったのだ。
「明日の君へ」から約半年後に出版した「雛遊戯 」は短編集で、女性同士の恋愛模様を描いたものだった。年齢設定が上がっていて、大人のディープな会話と絡み合いがイブキにはちょっと強烈だったものの、読みごたえは抜群であった。
ただ、先ほどぼやいたように、こちらの作品も着地点は切ないものだった。イブキは感動ではなく、感情移入によって目から零れた一滴を拭う。チハルとの映画デートではハッピーエンドで幕引きとなるものばかりだったので、切なさのあまり涙したのは新感覚であるが……恐らくこれは、作者の力量だけではない。執筆した本人を知っているというのも大きいはず。
「顔、洗ってこよ……。はは、また買いたい本増えちゃったな。女性用コーナーとかに置いてあるとしたら、ちょっと買いにくいけど……へへへ」
本屋で不審者のようにキョドキョドする自分がまざまざと思い浮かんで来て、イブキは気恥ずかしさごと洗面台の水で洗い流した。
ふかふかのタオルで顔を拭いていると、ふと、うっすらと手のひらに描かれた相合傘のマークに目が留まる。
(一回の風呂で落としきれなかったのか。……ふふ。何か、消えないでってしがみ付いているみたいだ)
ぼうっとそんな事を考えていると、玄関から物音が聞こえた。チハルが外から帰って来たのだ。おしゃれなヒールを適当に転がしているところに、イブキは駆け寄る。
「お帰り。友達とのお出かけは楽しかったかい?」
イブキはヒールをくつ棚にしまう。
「まーね」
チハルは上着を四つ折りにたたんで、バッグと一緒にくつ棚の上に置いた。イブキがそれもささっと片付けると、彼女はキッチンへ移動して水道水を一口。そのまま当たり前のようにソファに座ってリモコンを手に取り、テレビを付けた。
……まずい。会話が途切れてしまった。今日はほとんど顔を合わせていないのだから、どうにかして気を惹かせなければ……!
「ゆっ、夕食はもう済ませた?」
「そんなの、時間考えたら分かるでしょ」一生懸命捻り出した話題に、振り返らず答えるチハル。
「そ、そうだよね。でも、この時間って小腹がすかない? もしそうなら、トーストでも焼いてあげようか?」
「え、トースト? 何で?」
「! いや! 何となくね!」
イブキは分かりやすく取り乱したが、チハルはそれ以上突っ込んでこなかった。次々とチャンネルを変えるのに意識が向いている。――セーフだ。料理を習った事で、若干気持ちが大きくなってしまったらしい。本番を迎えるまで、一切料理が出来ない奴だと思い込んでもらわねば。
「ええっと……、チハル、明日は家にいる? 夕食をさ、奮発してちょっとスペシャルなものにしようかなって思ってて」
「あーはいはい、好きにして」
うーん、すっごい投げやりだ。ちょっと不安になってきたぞ。
繋ぎ止めるのが下手だな……とガックリくるイブキ。アイと会話している時は、こんなにも頭を働かせる事はなかったのに、なぜ今はそれが出来ないのだろう。男同士だから気兼ねなく話せるのだろうか?
これ以上会話を続けるとボロを出しそうなので、イブキは諦めて、とぼとぼと寝室に引っ込む事にした。
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