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■すれ違いと新たな恋

 盛大にすれ違ったあの日以来、イブキのチハルを見る目が変わっていった。チハルの興味が明後日の方向に向いた事で、イブキに掛けられていた魔法が解けたらしい。化けの皮がはがれて、本来の彼女が姿を現すようになったのだ。 「チハル……、こんな時間に帰って来るなんて、一体何をしていたんだい? 明日……いや、今日はもう月曜だよ」 「うっさいわねぇ! ガミガミガミガミマージでうるっさい。だっる! ――ってか、ご主人様が帰って来たんだから、そこで突っ立ってないでさっさと風呂の用意でもしたら!?」 「僕は君を心配して……何でもない」  イブキはぐっと言葉を飲み込んだ。彼女の怒号に臆したわけではない。様変わりした彼女に、イブキは愛想が尽きてしまったのだ。  チハルは酔った勢いで更新したSNS経由で、ホストクラブ通いし始めた事がイブキにバレたと知ると、開き直って遊び惚けるようになった。帰宅時間に深夜を回るのは当たり前。部屋には高級そうな服やブランド物が日に日に増えていき、金持ち自慢や磨き上げた自分の写真をアップしまくって、承認欲求を満たしている。イブキが床に就いていようとお構いなしにバシャバシャ撮りまくるので、近頃は仕事部屋やソファを寝床として利用するようになってしまった。  だが、チハルを知る周囲に話を聞くと、これらの変貌っぷりは突然変異でも何でもないらしい。どうにもイブキと付き合い始める以前から彼女はじゃじゃ馬だったらしく、学生時代から彼氏がコロコロ変わっていたとのこと。権威があるはずの社長ですら立場が弱い有り様で、散々喚かれた結果、「大人しくしているなら、会社に入れてやってもいい」と、実は条件付きのコネ入社であったと明らかにした。  そうして、チハルの無断欠勤が目立つようになった頃にイブキが社長室に呼ばれると、社長はだらだらと吹き出る汗をハンカチで拭きながら、 「すまない……君にチハルを紹介したのは、体裁のためだったんだ」 「仕事熱心で、周囲からも期待されている君なら、丁度いいんじゃないかと思ってしまった」 「愛情を金で誤魔化した結果、手が付けられない子に育ってしまった。すべてこちらの責任だ。本当に申し訳ない」  と、イブキを手綱として当てにしていたことを謝罪した。  しかし、大打撃のピークを乗り越えたイブキは、暴露が連続してもさほど響いていなかった。この時すでに、心の切り替えに取り掛かっていたのだ。 「――アイさん、今夜も部屋にお邪魔していいですか? おつまみもこっちで用意したので、一緒に食べましょう」  イブキは電話しながら冷蔵庫を開けると、面倒くさがりのチハルの為に用意したビール缶やエナジードリンクやらが占拠する中から、隠しておいたタッパーを取り出した。一晩漬けていた、きゅうりとキムチのピリ辛漬物である。楊枝で刺して一つつまみ、味に問題がないと分かると、タッパーとコンビニで買った品々を持って隣りの部屋へ向かった。  チハルとの関係が修復不可能の域に達したと感じ取ったイブキは、彼女がいない間、自身も部屋を抜け出すようになっていた。料理にハマって以降、アイの元で新しいレシピにチャレンジしたり、本の購入・ネットの情報を参考にしたりして、成果を振るっているのだ。  そうした頑張りの結果、今ではキッチンバサミを使った料理を脱して、包丁にシフトチェンジしつつある。漬物は練習の一貫であった。 「どうですかアイさん! パッと見は不格好ですけど、忘れずしっかり水気を切って合わせましたし、味には自信がありますよ!」  一つのソファに二人揃ってくつろぎながら、料理を勧めるイブキ。アイはグラスを置くと、口元を拭ってから手を付けた。 「いいな。シャキシャキ感も残っていて、ボク好みだ。日を追うごとに上達していくな、お前は」 「はい。今の目標は、リンゴやジャガイモとかの丸っこい食材に挑戦してみる事と、卵を綺麗に割る事なんです。卵はち……はるも時々失敗していたくらいなんで、やっぱり難しいですよね」  彼女の名前を言いづらそうにするイブキ。アイと二人でいる最中は出来るだけ思い出したくない……イブキの中で、チハルはそんなふうに思うようになってしまっていた。名前を出した瞬間、普段の横柄な態度から帰宅時に纏ってくる香水や酒タバコなどのキツイ匂いまで、鮮明に脳裏に浮かび上がってしまうから。  イブキは立ち上がってキッチンへ向かうと、水道水をコップに注いで含み、ふうと心を落ち着かせた。  すると、アイがイブキの後を追って、彼に迫って来た。

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