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――残されていた遺書から、両親がこれまで行って来た事について聴取されると、事情を初めて知らされた母方の祖父母が私を慮って、引き取ってくれることになった。
外面ばかり気にしていた母を作り出した元凶の一旦ともいえる人達……であるはずなのに、加齢、あるいは孫が出来て丸くなったのか、彼らはとても誠実で、まともな暮らしを与えてくれた。自らを「美海」と呼び、飾り立てるような子を正常に戻そうだなんて、影で途方もない苦労があったに違いない。彼らに課された最後の命 と引き換えに、私は一つの人格に戻ることが出来た。
女生徒から声を掛けられても興味が持てなかったが、いずれは健全な恋愛も出来るようになるはず――そう思っていた。
高校二年生の冬のこと。全生徒が体育館に集められると、イブキが体育館の壇上に上がってきて、表彰を受けた。オレオレ詐欺を未遂で済ませ、逮捕に貢献したという内容だった。
衝撃的だった。自分が通っている高校に、美海(私)が愛した男がいる――
拍手の雨が降る中、恥ずかしそうに微笑む顔、緊張でぎこちなく動く姿、何度も何度も繰り返し頭を下げる健気さ――遠い場所から一挙手一投足を目にするたび、美海の心なのか、大空の心なのか分からないものが大きく膨らみ、弾んだ。運命を感じた。
小学生時代から性格や人相がガラッと変わっていれば、また見方が変わっていたかもしれない。だが、高校生になってもイブキはイブキのまま成長していた。人受けがよく、慕われているが、完璧超人とは程遠い。努力しても結果が実らず、落ち込むこともしばしば。愛嬌があるのは変わりないようだ。
ただ一つだけ過去と違うところは、表彰式以降、人が集まるようになった事だろう。本当の彼は内向的であるのに、ヒーロー扱いされて期待の目を向けられたり、クラス委員や、体よく面倒な雑務を押し付けられたりもしていて、荷が重そうな影を纏う光景が多々あった。そんな姿に私だけは気付いているのに、クラスが違った事も手伝ってか、春になっても、夏になっても、秋や冬を迎えても、一向に声を掛けることが出来ずにいた。
何て声を掛ければいいのだろう? 分からない。自分の事は覚えているか? 美海の事は覚えているか? これまでどう過ごしていたのか? 自分以外の誰かと付き合った事はあるのか?
聞きたい事は山ほどあるけれど、「誰?」と返されるかもしれないと想像すると、美海の心が、大空の心が死んでしまうと思い悩み、踏み出せなかった。
それでもやはり、一度くらいはどうしても話がしたくて、私と目を合わせてほしくて、来たる時に備え、話す内容をノートに書きこんでいった。
・挨拶する。こんにちは? やあ? フランクに?
・自己紹介をする。
①ボクの事、覚えている?
「覚えてるよ」→②へ
「誰?」→「小学生の時に一緒に遊んだ奴だよ」→②へ
①美海って子の事は覚えている?
「覚えてるよ」→②へ
「知らない・誰?」→×
②元気だった?
「まあね・ぼちぼち」→×
「何でそんなこと聞くんだ?」→×
②どこの中学校に通っていた?……
手堅く質問をして、小学生時の受け答えを踏まえてどんなものが返ってくるのか熟考し、幅広く対応できるよう綿密に練った。昼食の時に話しかけようと試みては断念。クラス全体で集まるチャンスを探っては断念。そんなこんなで機会を窺いながらズルズルと同じような失敗を繰り返して、ようやく勇気が出せたのは、卒業式目前のこと。もう後がない、ここを逃したらチャンスは巡ってこないというのが、背中を押したのだ。
クラス全体で行われる大掃除の日。ゴミ捨て場で大きなゴミ箱をひっくり返しているイブキに向かって、私はついに声を発した。
「あの……」
「?」
イブキが振り返った。長年思い続けた人のパチッとした目、瞳の奥底に見える不思議そうな感情、小さく開いた唇、暖かな風がなびかせる細い髪の毛が、私の頭の中の質問リストをすべて消し去った。
「……君はご飯派? パン派?」
挨拶も自己紹介も何もかも押しやって出てきたのは、朝食に食べた白飯の映像。
質問する内容も、ゴミ捨て場という場所も、タイミングも全部間違っていて、焦っているのに肌寒さが気になってしまい、危うく心が死ぬところだった。
突拍子もない質問に、イブキの目が一瞬上を向く。
「ご飯かなあ」
「……何で?」
「好きだから」
瞬間、筆舌に尽くし難い感情の波が押し寄せた。
美海ではない。『大空の心』が動いたとはっきり自覚した。
その日の晩、私はこの強烈な出来事をどこかに書き残したくなって、筆を取った。
『「君はご飯派? パン派?」
こんなくだらない質問して、バカじゃないかと思った。
けど、イブキはのんびりと「ご飯かなあ」と返してくれた。
「何で?」と聞き返すと「好きだから」と笑った。』
架空の問答は、文章になっていった。
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