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■新しい生活
――翌年の春。都心から少し離れたとある町に、新しい一戸建てが建てられた。二階建てでナチュナルテイストの、なかなかに立派な佇まいで、ガーデニングを楽しめそうな庭スペースもある。
ただ、大まかな完成像が見えてきた頃から、この家のお隣に住むおばさん・山田キヨコは奇妙に感じていた。全体の大きさの割に、窓がほとんどついていなかったからだ。一階は日当たりのいい正面と、裏手に曇りガラスの窓が一つずつ。二階は正面の一つだけ。キヨコの家から見える範囲は壁や塀ばかりで、家を取り囲む塀自体も、一階をほぼシャットアウトする作りになっている。建築基準法を守るために見られる、独特な様相をしているわけでもない。
まるで、何かを隠したがっているみたい……。子供が巣立って夫と二人暮らしの、専業主婦歴三十年になるキヨコは、何かが匂うと怪しんでいた。夫のトシオは「気のせいじゃないかぁ~?」なんて暢気なものだが、キヨコは家事の空き時間に放送される刑事ドラマをさんざん見てきたせいか、うずうずと謎を突き止めたがっていた。
やがて例の怪しい家に引っ越し業者のトラックが往来するようになると、キヨコは誰が住人なのか観察し始めた。隣人となるのだから、うまくお付き合いできるのか、トラブルとなりえそうな火種はないのか、その点でも非常に気になるところ。あの、アクセサリーを顔中にジャラジャラつけた不審な女性か? ……いや、ロックバンドコンサートの帰り道か。では、あのサングラスをかけたひげ面の男性か? ……おやまあ、近くの中華飯店の息子さんだったか……。
住人らしき人影はなかなか現れない。あれこれ予想を立てながら、キヨコはやきもきしていたが、ついにその時がやって来た。背の高い、黄金の長髪を持った人物と、もう一人、茶系の黒髪を背中まで伸ばした、長スカートを履いた人物が家に入っていったのだ。
(女性が二人……? 新婚夫婦の線が高いと思っていたけれど……国際的な交流が出来るシェアハウスなのかしら)
キヨコは若干肩透かしを食らった。女性二人が住まう程度では、そこまで異端だとは思わなかったからだ。
それでも、どんな事情がある人達か分からない。最悪なケースだと、危険な組織の拠点というのもありうる。人心地落ち着く頃合いを見計らうと、キヨコはこの時のために用意していた菓子折りを持って、塀のインターホンを押した。
玄関から顔を出したのは、黒いロングヘア―の方。しかし、塀の鍵を開けに接近したところで、キヨコはびっくり仰天。顔や体付きの雰囲気が、若い男性だったのだ。
「あっと、もしかしてお隣さんですか? ご足労をおかけしてすみません」
声を聴くと、完全に男である。
「い、いえいえ気にしないで! あたし、隣の家に住む、山田キヨコと言いますぅー。気軽にキヨコおばちゃんって呼んでいいから、仲良くしましょ」
「イブキです。よかったぁ、どこぞのドへ……んぐ、優しそうな隣人さんみたいで、安心しました」
(どへ……?)
何か言いかけたようだが、隣人の交流で不安視していたのはお互い様だったらしい。
「聞いていいのか分からないんだけど、どうして女性の格好を?」
「あっはは~、気になりますよね。夫が時折、僕の女装姿を見たいってせがんで来るので、要望に応えてあげてるんですよ」
「(夫……?)そ、そうなのね。たいへん、ねぇ?」
「そうなんです、だいぶ困るぐらいのへんたい で~~」
しばらく隣人同士で話しに花を咲かせた。新婚だという予測は当たっていたという事や、子供が一人いて、勝手がよく分からないから、都合がついた時にアドバイスがほしいなどなど。
何だかんだ人畜無害そうな雰囲気を醸しているし、テレビでも多様性を肯定的に扱ってきているから、昨今はこういう夫婦の形もあるのだろう――キヨコがそんなふうに納得しかけていたその時、二階にあるただ一つの窓が開け放たれた。柵に身を乗り出したのは、夫らしき金髪の方で――んまぁっ、超イケメンだわ!
「イブキ! 散歩がてら、こいつも一緒に連れて行け! 五分後にボクも追いかける!」
風に髪をなびかせて声を張り上げると、彼は振りかぶって何かを投げ飛ばした。キヨコは「ああ、ハガキかしらね? あるある」くらいに考えていたのだが、こちらに向かって飛んでくるうち、それはもっとハガキよりも大きいのが分かって来て、重量もそれなりにありそうで、ぱちくりとした目鼻と、ちいちゃなお手てがくっついているもので――――!?
ハァ? 待ってウソでしょ!? 赤ん坊!!?
信じられない思いで、キヨコはあわあわとキャッチした方が良いのか考えを巡らせる。勢いがついていて、単純に抱き留めたら胸や腕やらの骨が折れそうだ。
だが頭から落っこちる前に、イブキが立ち塞がった。いつの間にかベビーカーを引いてきて、位置調整をすると、足のふんばりや遠心力を効かせて、隕石のように突っ込んで来た赤ん坊をストライクキャッチした。
ななっ、なんてとんでもない事を! キヨコはギャーッ!と叫ぶと、赤ん坊の無事を確認するべく、サンダルを履いた足でバタバタとベビーカーを覗き込んだ。すると、またもや仰天。そこにいたのは、生きた人間の赤ん坊ではなく、塩化ビニルタイプの素材でできた人形であった。
「『永愛 』です」
イブキは微笑む。ヒヨコのベビー服を着た赤ん坊のほっぺをちょっと触ると、長いまつげのついた目がパチリと閉じて、きゃっきゃっ!と愛くるしい音声が鳴った。
「見ての通り、人形なので。夜鳴きがうるさかったら防音対策をもうちょっと強固にするので、遠慮なく言ってください。それでは」
頭を下げると、イブキはベビーカーを引いて出発した。キヨコがあ然と遠ざかっていく後ろ姿を見送っていると、金髪の男性が横を通り過ぎて行って、イブキに抱き付いた。何やら楽し気にイチャついて、桜の咲いた木がある並木道へ向かって行く……。
――その晩。夕食時。
「――世の中には、首を突っ込まない方が良い事もあるのかもしれないわねぇ……」
お隣さんはどんな人だったか、もぐもぐ口を動かしながら尋ねた夫に、遠い目をして答えるキヨコの姿があった。
――――――――――――――……
(あとがき)
「隣人」の話はこれで一旦終わりですが、まだまだ続きます。近い内投稿するのでお待ち下さい。
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