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□真相 [小学時代編]

 時は遡って、ベッドで激しく盛り合った後に戻る。  アイはイブキが眠りこけているベッドから起き上がると、気だるげに乱れた頭を掻いて、軽く後処理を始めた。リビングのソファで泥酔状態のチハルを映した、つけっぱなしのテレビを消し、代わりにテーブルライトの紐を引っ張る。部屋の四隅に取り付けた盗撮カメラの録画を切って、枕に仕込んだボイスレコーダーの電源を落とし、全裸を晒すイブキと脱ぎ散らかした服はスマホ撮影してから、衣服を洗濯機に放り込んだ。  行為が終わった後も、これだけの事を仕出かしているというのに――彼は今日、一言も「愛している」の言葉を口にしていない。  薄暗い部屋の中、アイはキッチンの冷蔵庫からキンキンの酒缶とクリームソーダのジュース缶を持ってくると、ベッドに腰かけた。グラスにクリームソーダを三分の一程度、次いで酒をドブドブ注ぎ入れ、最後にイブキのそこを、あんあん鳴かせながら乳搾りのごとくしごいて、トクトクと混入させた。 「クリームソーダってか。我ながらキッショいな」  ん……っと胸を反るイブキを見下げながら、完成した気色悪さ満点のドリンクを一飲み。ごふっ!と噴き出しそうになった。 「まっず! あっま! ――クソ、酒と精液で割っても甘味を主張して来るとは、大した企業努力だな。お前はこんなものが好きなのか、美海? ――って、端から"そんなのはいない"んだった。くくっ」  ビジュアルも申し分ないし、役者としてもやっていけるんじゃないか? なんて一人で呟いて、なるべく嗅覚は働かせないよう抑えて飲み干す。味は最悪だったが、肴にしているイブキの無様な痴態は、この上なく最高だった。  ――『明日の君へ――始まりの物語』。その手帳に書かれた内容は、始まりでも何でもない。アイが用意した創作文である。両親から洗脳なんて受けていないし、二重人格どころか、冬野大空も、美海の存在も、恋愛感情を抱いているという事すらも全て嘘っぱちだ。  ならば、一体何の因果があって身分を偽り、イブキに固執したのか。イブキは高校時代やタワーマンションに引っ越した当初に疑問を抱いていたが、それは断片に過ぎない。もっと深いところで繋がりがあったのだ。  明かそう。過ぎし日の裏に潜んでいた、黒い思惑の数々を。  綴ろう。善と悪、二人の人間によって邪悪に身を落としてしまった、男の物語を――  本名、寿(ことぶき) (あい)。  日本人らしい名字になりたかった――「寿」という大層で小難しい画数の漢字に惹かれた異国の男は、化粧で顔のコンプレックスを誤魔化した女と恋に落ち、夫婦となった。  長続きはしなかった。素敵な名字を得て満足してしまった男は、アイを儲けた僅か一年後、次の魅力的な"名字タグ"を見つけて、関係を持ってしまった。複数婚の発覚で離婚話になった際には、個室を完備した飲食店で、六歳のアイも同席させられた。怒号を飛ばす妻と、淡々と報告をする夫。内容はよく分からないが、夫婦共に見た事がないような血相をしていて、アイは知らんぷりを決め込んだ。当にお腹がいっぱいなのに、ストローでちゅーちゅーウーロン茶を吸ったり、一旦含んだ茶をストローの中で出したりを繰り返して、苦しい時間が過ぎ去るのを待っていた覚えがある。 (いやだな……。他の子の親はみんな仲良しなのに、何でうちは違うんだろう。パパとママも仲良くすればいいのに……)  ……そういえば、学校で仲良しになるおまじないが流行ってたっけ。アイははたと、そんな事を思い出した。黒髪の子供たちの中、夫の遺伝をしっかり受け継いだ一際目立つ金髪で、容姿端麗、引っ込み思案な性格をミステリアスだと捉えられたアイを取り合う女の子が多かったために広まっていったのだ。  アイは朧気ながら、水滴たっぷりのウーロン茶のコップに初めて相合傘のマークを描いた。傘の下に「パパ」、「ママ」、ハートの中に「ぼく」と一生懸命書いたつもり。  バンッ! と大きな音を立てて母がテーブルを叩くと、「ぼく」を残して、傘より下の部分は母の気持ちを汲んだように流れ落ちてしまった。  おまじないは結局叶わなかった。夫の財力に頼って良い思いをしてきた母は職探しを始めるも、夫婦生活の中で自尊心が育ってしまったせいで、だんだん自堕落になっていった。煌びやかな子育てママを演じられるSNSにのめり込んでいき、今も夫とラブラブなのだと、高級なアクセサリーをプレゼントしてもらったと、被ったほこりを懸命に払いながら写真に収めた。  そうして養育費にまで手をつけ、金に困窮してくると、母は配信活動を始めるようになった。画面の向こう側にいる視聴者たちは背景に映るゴミ山を見て、華々しいシンデレラストーリーとは掛け離れた生活感を漂わせる母を持ち上げて楽しんでいたのだが……その内画面にちょこちょこ映る、可愛くて綺麗な男の子に目をつけるようになった。 「フォローするから、こっちを見て!」 「投げ銭するから、『愛してる』って言って!」 「画面越しにキスして!」  楽して稼げる方法を見つけた母は、急速に増えていく登録者数とたくさんのイイネ♥にはしゃいでどんどん視聴者の要望に応じる。  アイも嬉しかった。恥ずかしさはあったけれど、母も画面の前のみんなも喜ぶ。生活だって豊かになるのだ。奮発して美味しいものを食べに行こうだとか、エステに行こうだとか、もっと広いマンションに引越ししようだとか、アイが頑張った分を還元してくれて、悪い事なんて何にもない。 「女の子の格好して♥」 「パンツ見せて♥」 「裸を見せて♥」 「自慰行為して♥」  中には通報する良心的な人もいて、運営からアカウントの凍結を食らう事もあった。だが、配信サービスをやっているところはたくさんある。金のために、生きていくために、この子を産んだ私は偉いんだと満たされるために、アカウントを作っては凍結されるというのを繰り返した。  しかし、とうとうどこにもアカウントが作れなくなってしまうと、息子に対する母の態度は一変。パートで働き始めたのはいいものの、アイの父親譲りの髪は無理やり真っ黒に染められて、食事を与えなかったり、変なものを食事に混ぜてトイレに行かせてくれなかったり、風呂場やベランダに閉じ込められたりといった虐待をするように。 「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! また配信ができるようになったら頑張るからっ! えっちなアピールいっぱいするから、ゆるしてぇっ!」  アイが苦しむ反面、母はゲラゲラと愉快そうに笑っていた。自身を捨てた夫への怒りの他、女の子のように可愛い息子の泣きじゃくる顔や、ボロボロになって必死に縋る姿に支配欲を感じていたのだと思われる。  母が通報されると、以降は観念したのか、放置気味になった。母はお姫様扱いしてくれる場所を求めて、遊び歩くようになった。

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