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 母はなぜ、こちらが泣いて一生懸命謝っているのにも関わらず、心底楽しそうに笑っていたのか……イブキを通して、ようやく腑に落ちた。  何も知らずに自分が悪い、自分のせいだと大泣きする姿は、見ていて最っっっっ高に気分がよかった。  以降、素晴らしい快感に目覚めてしまったアイは、密かにイブキをいじめるようになった。最初は鉛筆や消しゴムを隠して、いつイブキが気付くか、といった観察ゲームをしていた。バカと言いまくるゲームの延長線だ。  だが、気付くか否か程度の範疇では、イブキの悲しむ姿は拝めないし、どこかに置き忘れてしまったとしか思わず……。なので、鉛筆キャップ、小さな鉛筆削り、赤鉛筆、お知らせのプリント、連絡帳、国語のノート、筆箱、片方の上履き、体育の帽子、ランドセルといろいろ隠していき、何がなくなれば手短な高揚が得られるのか、涙を出させるには何を隠せばいいのか探っていった。  ここまでくると、流石のイブキも誰かに意地悪されていると自覚するようになった。あったはずのものがなくなっていると気付くと、イブキはすぐさま助けを求める。彼には心強い味方がいた。 「アイくん……また筆箱がどっかにいっちゃった。さっきまであったのに、どこにもないよ……」 「またなのか!? おい! 誰がこんな事をしてるんだ! いい加減名乗り出ろよ!」 「い、いいよアイくん。多分その辺に隠してあると思う……。一緒に探してくれないかな」 「お前、そんな風だから舐められるんだぞ。まったく、可哀想に……」  アイは悲しむイブキを抱きしめると、優しく頭を撫でて慰める。裏では完全悪なのに、表向きはイブキのヒーローを気取っていた。  周りからかっこいいと賞賛を浴びたいわけじゃない。理不尽に苦しめられて欲しい。傷つく様を見せて欲しい。自分を頼って泣き縋って欲しい。可哀想で、可哀想で、最高に可愛い……。これは純粋で、泣き虫で、下位の生物として見ているイブキからでしか味わえない至福。  堂々と正義サイドを演じていると、周囲もまさかこんなモンスターが味方の振りをしているだなんて、夢にも思わないようだった。そんな変則的な発想は同級生たちにはない。アイの裏工作も絶妙であった。脱走騒動ほど大事にはしないように気をつけていたし、上履きやランドセルぐらいの規模になると、担任が相談を持ち掛けて、横やりを入れてくる事も学習した。担任の前では「ボクが絶対何とかします!」と張り切ってみせて、大人たちの介入を阻止した。  当事者のイブキも穏健派だ。友達や他の同級生たちを疑いたくなかったのと、「ものを隠される」という一点に悪意が集中していたので、カッカと滾るアイを逆に制する羽目に。最終的には周囲に一見何でもないふうに装って、二人きりで問題に当たる事となった。 「アイくん、絆創膏貰っていい? 椅子にとげが出てて、血が出ちゃった」 「ついてないなぁイブキは。ほら、ケガしたところを見せて」  いじめる側といじめられる側の間だけでマッチポンプが成立してしまったら、もはやいじめる側の独壇場である。  左手薬指に絆創膏をぐるりと貼ってやりながら、アイはニコリとする。アイの中で、いじめ(あそび)は次のステップに入り始めていた。  しかし、約半年かけて積み上げたアイの楽しい日々は、唐突に終わりを告げる。  その知らせは、インフルエンザで寝込んで一週間ほど休みを取り、ようやく登校出来るようになった時に舞い込んだ。  イブキが転校した、と。

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