34 / 37

4(※レイプ未遂)

「転校の理由? えーっと、うんっと、何だったっけ?」  いじめが原因だと思った。 「お仕事の都合だそうですよ。お別れの時に、アイくんがいなくて寂しがっていました」  違う。自分はやりすぎてしまったんだ。  転校から一週間経過し、生徒が一人欠けた状態に慣れ始めていたため、ギリギリ話を聞ける間柄の同級生から聞けた情報はすでに曖昧。担任にも一応尋ねてみるが、子供に余計な心配を掛けまいと誤魔化す人間だから、端から信用していなかった。  学校生活の中心にイブキがいたアイは、暗い性格に逆戻りしてしまった。一時は善人ぶっていた影響で、他からも頼りにされる事があったものの、そっけない態度を取り続けた結果、人が離れていってしまった。 (あいつ……今頃どこで何をしてるんだろう。ボクの知らないとこで、また泣いてるのかな。いじめられてたらどうしよう)  たちの悪いいじめをしていた側の思考とは思えないが、監視下から外れたイブキが心配で仕方がなかった。 (お別れも何も言えてない。流石にこのまま離れ離れになるのは嫌だ。イブキに謝らなくちゃ……)  意を決したアイは、担任に引っ越し先の住所を聞いた。幸いにも隣町で、歩いていける距離だったので、学校が終わった後、その足でイブキの家に向かった。だが家の前まで来ると、途端に勇気がしぼんでしまう。訪れてはしょんぼりと肩を落とし、Uターンするというのを繰り返した。土日にもチャレンジしてみたが、ちょくちょく夕方まで友達と遊びに出かけているらしく、対話は一向に叶わない。  転校先の学校へ足を運んだ時、知らない友達や年下の子たちと一緒に缶蹴りをして遊んでいる姿を見かけた。年下の女の子にすらいじられるくらいにトロくさいようで、幾度となく捕まっている事を示唆する話し声が聞こえてくる。が、イブキは楽しそうだった。しょぼくれていた記憶の中の像とは別人のように輝いていて、自分はこんなところで何をしているんだろうと胸が締め付けられた。  それでも一言謝りたくて、イブキが絶対に家にいるであろう時間を狙い、アイはだんだんと夜に出歩くようになった。  そんな折り、第二のターニングポイント――悪の人物と接触した。  車の往来もひどく少ない寂しい歩道。暗い夜道なら、表情が隠れて話しやすいかもしれないな……なんて考えていた時、横を一台の真っ黒な車が通りすぎて行って、一メートル先辺りの距離でぴたりと止まった。信号も、駐車場もないのに変なところで止まったな、なんて奇妙に思っていると、運転席が開いて、どでかい影の塊がのっそり出て来た。  ――やっと、見つけた。 「? ボクに言ってる? おじさん誰」  車で移動していたであろうに、まるで全力で走って来たかのようにハァハァ息巻く男に、アイは無防備に対応する。  ――君をずっと探してたんだ。一人でこんなところを出歩いてはいけないよ。一緒にお家に帰ろう。 「母さんの知り合い? 散々放っておいたくせに何を今更。余計なお世話だよ」  ――違う。僕は君のファンだよ、アイちゃん‪‪♥︎⁡ 「え?」  あっという間だった。動きの鈍そうな巨体が驚くほど素早く飛び掛かって来て、アイの体を軽々と持ち上げると、車の後部座席に引きずり込もうとした。  アイはもがいた。ブヨブヨのぜい肉を力いっぱい蹴とばして外へ飛び出し、迷った末にすぐ近くの工場の跡地へ避難。駆けずり回ったが、建物の扉はどこも封鎖。叫んでも誰もいない。完全に袋小路になっていて、鉄柵をよじ登ろうとしたところで、服の端を踏んづ噛まれて地面に転がされた。痛みに呻いている最中、組み敷いて服に手をかけてきて、恐怖と戦いながら必死で抵抗する。  雨が降って来た。  ――君が好きなんだ。最初は君のお母さんのフォロワーだった。登録者が七人の頃から見ていた。  雨が小降りになって来た。  ――君を見て一目ぼれした。高評価を付けて、コメントもした。こっちに笑いかけてくれて、何度も励まされた。君のためにお金もいっぱい出したんだ。  本降りになった。傘もないのにお構いなしで、止まらない。  ――可愛いね。綺麗だよ。背は十センチくらい伸びたかな。ちょっと匂うけど、お風呂はちゃんと入ってる? 君がお母さんに意地悪されてるのは知ってるよ。可哀想にね。つらかったね。僕はいじめたりなんかしないから。優しくしてあげるから。ちょっと一回エッチな事したら、おじさんとホテルに行こうね。僕、今の妻とうまくいってなくてさぁ。だから妻と別れて、君をおじさんの二人目のお嫁さんにしてあげるよ。美味しいものを食べよう。好きなものをお腹いっぱいご馳走してあげる。二人で一緒にお風呂に入って、いっぱいキスして、いっぱい愛し合おう。君は裸を見せるのが大好きだもんね。早く君の恥ずかしい姿が見たいな。君と遊ぶおもちゃもたくさん用意してる。気持ちいいこといっぱい教えてあげるよ。可哀想な者同士、幸せになろうね。 「嫌だぁっ! やだっ、離して! 誰か助けてっ! ぐしっ、かあさんっ! かあさぁあんっ!」  体を押し潰さんばかりの強い力によって阻まれ、身動きが取れなかった。体中をまさぐられ、襟ぐりを引き裂かれ、雨に濡れた真っ白な胸が晒されると、粗ぶった目でじっとり観察された。恐怖と同時に猛烈な恥ずかしさが込み上がって来て、股間が張りつめた。  みんなが喜んでくれるから。テレビに出てるかっこいいアイドルみたいに、こぞって褒めてくれて、自分を好きって言ってくれるのが気持ちいいから、配信で体を張った。画面上にただ流されているコメントだけでは子供のアイには熱気は伝わって来なくて、画面の向こう側でどんな人が見ているかなんて、考えた事もなかった。  鼻息を荒くして、自分のよりぶっといのを擦って興奮している、目の前の男みたいなやつらに見られていたのだろうか。こんなヤバいやつが登録者数と比例するように存在していて、檻に閉じ込められたウサギを品定めするみたいに自分を取り囲んでいたとしたら……? 「ッ、気持ち悪いんだよッ!」 「ガハッ!?」  アイは手探りで石の塊を見つけ出すと、キスしようとしてきた男の頭を思いっきり殴った。男は一撃で地面に沈み、ビチャッと泥を跳ね飛ばした。 「ハァッ! ハァッ! ゴホッ! ァッ、ハァッ……!」  石の塊を落として、倒れた男を放置したまま背を向ける。足取りが重い。あちこちが軋んで痛い。顔も髪も手足も胸もズボンもぐちゃぐちゃでドロドロだ。 「……なんでっ、なんでこんな目に、遭わなくちゃ……! イブキのせいだ……あのバカのせいでこんな目に……! ひっく、うう……っ! ああ、あああッ! ああああああああああああああッ!」  未遂で終わった。服は破られたが、体は無事だ。けれど、心は修復不可能なほどズタズタになっていた。行き場のない怒りは、恐怖の対象である大人たちではなく、気軽に貶せるイブキにすべてぶつけられた。  後に、アイは雨に打たれながら帰宅するところを、通行車に発見されて警察に保護された。アイを襲った男はとりあえず生きているらしく、現場から逃走していた。殴ってしまった事に関しては、後日正当性が認められる事となる。  だが、酷く傷ついた息子の元に母は迎えに来なかった。ちょうどその頃、彼女は麻薬売買の現場にいて、逮捕されていたのだった。

ともだちにシェアしよう!