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2(※リバ/分からせ)
サプライズ計画がおじゃんになってからは、婚約破棄に向けて動くイブキの有利になれるよう、陰ながらサポートをした。ジュンが仕込んだ映像データと会社専属の弁護士である虎丸の力を借りて、茶番に付き合ってもらう。
くっつけておきながら、別れさせる――ここまではシナリオ通り。だが、弁護士を招くほどの大掛かりなものに発展するのは流石に想定外だった。チハルに関しては、舞台を整えた事、イブキとくっつけさせた事、ちょっとした後押し以外は、実はそれほど関与していない。アイにべたべたとくっつき出した時点で、いずれ勝手に落ちぶれると思っていたからだ。
仮にイブキに対して真剣な愛に目覚めて浄化されていれば、イブキをいただいて性癖をぶっ壊させてもらう事を前提に、三人で仲良くする道も考えていた。が、彼女が選んだ道はご覧の有り様。裏アカに関しても、いろいろと偽る方法はあったが、本物を見つけた時は思わず笑ってしまった。
いけしゃあしゃとイブキを陥れようとするチハルには、本気で腹が立った。それでも、手を回して密かに復讐しようとは考えていない。他人のアイが下すよりもうってつけな人物がいる。加害者は、被害者によって地獄に叩き落とされるのが最も痛快なのだから。自堕落が祟って、化けの皮を溶かす毒に溺れればいい。
婚約破棄が成立した後は、アイの正体を追及したくなるように封を解いていった。嘘の可哀想な経歴は用意したが、付き合う内に自身の気持ち悪いところはどうしても隠しきれないだろう。イブキに受け入れてもらうべく、隠しカメラをもう少し分かりやすい場所に移した。飲み会の際、一ノ瀬に、知り合いに業者がいるとイブキに話してもらっている。思った通り、イブキは隠しカメラの調査を、一ノ瀬を挟んでその業者に依頼。ジュンを向かわせて、隠しカメラなどを回収した後、新たにテレビに隠しカメラと盗聴器を仕込んでもらった。
全面的に非を認め、処女作の結末を匂わせるような発言を残す。合鍵は当然作ってあるので、イブキの外出中にキッチンバサミを盗んだ。
退去日をチハルに知らせ、チハルが好んで視聴しているドラマの時間に合わせて、イブキを辱めた。すべてうまくいった。イブキはめでたくアイの手中に落ち、長きにわたる寝取り計画もこれにて完結――
――いや、まだだ。まだ終わってなどいない。
アイのシナリオには、第二章が存在していた。イブキ、アイ、美海の間で勃発する三角関係。永遠に続く寝取り寝取られの物語を繰り広げるために、美海という架空の人格を作ったのだ。
(これからもたーーーっぷりと、骨の髄まで遊んでやるからな、イブキ……)
アイは眠っているイブキにまたがり、頬を撫でつけながらニヤリとする。別の人格を生み出したっていい。臨機応変に対応して、バカなイブキに悟れぬよう演じ切って見せる。そこに愛などない。皮は剥いても芯は剥かず、常に優位側に立っているのは、寧ろ矜持なのだ。
「ぐふっ……ふふ、アハッ! ハーーーッハハハハハハハッ!!」
アイは肩を震わせた後、高らかに笑った。
「――これだ」
その時、頬に触れていた手を掴まれた。イブキだ。薄目を開けて、とろんとした目でアイを見つめる。睡眠薬を仕込んで、まだ一時間も経っていないはずだが。
「ふふ、起こしてしまったのか? 体を酷使して、今日はもう疲れたろう。そのまま深い眠りに落ちるといい……」芝居に手慣れたアイは、慌てず慮るような声で眠りを促す。
「ふわぁ……いや、大丈夫。ここに来る前に結構寝たんで」
「あー……そうだったな」
まだ悦に浸っていたかったのに、古典な方法で先手を打たれてしまったようだ。心の中で舌打ちを打つと、突如アイの量頬に手が伸びてきて、むぎゅっと擬音が出そうなくらいに挟まれてしまった。
「こぉっ!? く……っ、い、いきなり何だ!?」
アイは揉みしだく手を鬱陶しげに剥がす。するとイブキはパッと明るく笑った。
「これだぁっ! アイの本性、見っけ!」
「はぁ?」
「冬野大空でも、美海さんのでもない。今のあなたが、本物のアイなんでしょう?」
ちょっと前まで散々泣かされたというのに、目の前のイブキはお宝でも掘り起こしたかのように、屈託なく輝いている。確信を突く発言に、流石のアイも動揺した。
「本物って……失礼じゃないか? 大空と美海、どちらもボクなのに、まるで否定するような事を言う。――酷いじゃないイブキちゃん。まだ遊び足りないのぉー?」
「二十歳にもなって、ごっこ遊びですか?……なんちゃって。ふふ、さっきのお返し」
子供っぽくお茶目に笑うイブキ。はったりには思えない。完全に見切っているという自信に満ちていなければ、できない表情と口調だ。
なぜだ! なぜだなぜだなぜ!? 完璧に騙したと思っていたのに、どこに穴があった? 知りたい! だが聞いてしまったら最後、負けを認めた事になってしまう!
演技が通用しなくなってしまったので、仮面が崩れてきょどっている事が徐々に表れ始める。すると、ふとイブキの顔つきが色を含んだ大人びたものに変貌。急なギャップにドキッとしていると、アイはイブキに押されて、ベッドに寝かされてしまった。
「僕はあなたのファンだよ、アイ」
言いながら、背中に敷かれた長髪が引っ張られて痛くならないよう、丁寧に広げるイブキ。
「ッ! そのセリフを――」
言うな!と一喝しかけててつぐむ。だがこちらを見つめてくるイブキの目は、陶酔や欲に塗れてなどいない。もっと清らかなもの。
「僕は、先生の作風と本人のやり口を知る唯一のファンだ。日記に書かれていた物語は綺麗だ。綺麗で、甘酸っぱくて、切なくて、アイの作風と雰囲気がよく似ている」
「!?」
「だけど、主人公たちが抱えているものは綺麗な悲恋にそぐわないくらいに、もっとドロドロとしているんだ。まるで大本のモデルが存在しているかのよう。『明日の君へ』はそれが顕著だ。大地はとっくに忘れてしまったのに、過ぎた事をいつまでもずーーーーっと覚えているくらいに粘着質で、夢見る乙女みたいに妄想が止まらなくて、やりたいと思った事は有言実行に踏み切るくらいにアグレッシブなんだ。後書きには『無我夢中で書き散らした文章から広げて行ったら、一週間足らずで書き終わってしまった』とある。そんな書きたくて書いた末の処女作の主人公は、きっと作者の鏡みたいになってるはずなんだ」
「イ、もっ、もういい! それ以上は……!」
アイの顔が熱を帯びていき、思わず手で隠したくなる。それをイブキは封じて手を握った。
「可哀想って抱きしめて撫でられて、やっと思い出した。高校どころじゃない! 僕とアイは小学生の時に会ってる! 何がきっかけだったのかは分からないけど、あの頃からの縁だとしたら、やっぱり大空はアイの投影だ。どうして僕なんだ? 何が原因でひねくれちゃったんだ? 本当のあなたを教えてほしい! 僕のやらかしで盛大に偽るようになってしまったのなら、僕は必ず、あなたの呪縛を解いてみせる。真っ当な愛に目覚めさせてあげるから……!」
「うっ! やめろ! 語るなっ! やぁっ♥ あっ♥ そんな目で、そんな目でボクを見るなぁああ~~っ♥」
好きになる! 好きになってしまうぅっ!
嘘塗れのストーリーを用意したのに、イブキが指標にしたのはこれまでに書いた作品全部だ。演技には自信があると高をくくって、流れで小説のURLを送ったのが悪手になってしまったのだ。作家としての面を知る一ノ瀬は小説自体読まないし、ジュンは読者の一人にすぎなかったため、まさか作品一本どころかすべて読破されて、紙の書籍まで購入されるとは思ってもみなかった。
立てていた計画が無に帰す勢いで切り込まれ、丸裸にされたところに猛烈な愛の告白。手の平で踊らされていた時のアタックとは髄への響き方が違う。見立てに利用した小説を通して暴かれてしまった恥ずかしさに、アイはのたうち回った。イブキは優しい手つきで背中に手を回すと、紳士的な王子様がやるみたいに顎をくいと持ち上げ、覚えたてのキスを浴びせる。一連の動作は呪いに掛かった眠り姫を目覚めさせるみたいなロマンチックな雰囲気を漂わせていたが、子供向け童話では描けないほどに情熱的であった。牙城がボロボロと崩壊していく。秘部に指の侵入を感じると一瞬きゅっと閉めたが、心は邪魔をしたくないと訴えてきて、される側として受け入れるようになっていく。
――思えば、不可解だった。
それは、チハルがテレビ画面の向こうで反省の色を見せていた事だ。退去日を教えるのは計画の内だったが、婚約破棄の話し合いで思いっきりイブキを罵倒していた手前、チハルが部屋を訪れるのは正直賭けだった。チハルに当てつける形でイブキを辱めてやる事が最上であったが、彼女の性質からして、姿を現さない確率の方が高かった。
それでも彼女は現れた。あろうことか、イブキとよりを戻す事を若干期待しているような素振りだった。金銭的目的ではないのは明らか。おそらく、手放すのが惜しくなったのだろう。
一ノ瀬はイブキに対して、「友達として付き合っていくとどんどん良いところが見つかっていく」と評価していた。転校先でも早くに友達を作っていた。顔パスで内定が通った会社内でも、退職時は送別会を開いてもらったり、女性社員から贈り物を貰えるくらいの人気ぶりだった。
(み、見誤った! こいつ、天然の人垂らしか……っ!)
小学生以降、直接相対してこなかったから気付けなかった。相手に悟られぬよう、企てを進行させていくのがアイのやり口なのと同様に、地道な接触で気付いた時には好いているのがイブキという人物なのだろう。
最たる例は、ひょっとすると地道を多く積んだアイ自身なのかもしれない。イブキをバカにする事から始まり、泣きっ面に嗜虐心を覚えて、いじめる事でイブキの頼れるヒーローになって。転校で繋がりが切れてもおかしくなかったのに、アイは後悔からしょっちゅう家へ通い、夜を選んでまで出歩き、結果滅茶苦茶に壊された。
一時期はトラウマまで抱いていたのに、自ら近づいた。中学校も高校も違っていて、完全に別々の道を歩もうとしていたのに、近況を知ろうとした。永久的に続くはずだったいたぶりの対象に、他の誰でもなくイブキを選んだ。
愛を知らないだのなんだの威張り腐ってきたが、とっくの昔に射抜かれていたとしたら――?
散々奔放に遊んできて、それでも一切揺るがなかったという事になってしまう。悲恋版の裏で書かれた強姦小説が、ただのイブキとセックスしたい欲求の裏返しになってしまう。寝取り計画の協力者全員から「お前それ恋じゃね?」みたいな指摘やニヤニヤを受けるたびに「根底は違うんだなこれが」と匂わせ発言をしてせせら笑って来たのが滑稽になってしまう。
「そんなバカなぁっ! すでに恋していただと!? このボクが、こんなやつにぃっ!? 恋愛経験ゼロで読者 どもを虜にしてやるのが誇りだったんだ! 冗談じゃ――~ぁああっ♥♥♥」
ショックに打ちのめされているのに、滾った熱の挿入を感じた途端、想像を絶するほど色めいた声が口から飛び出してくる。別にされる側が初めてなわけでもない。テクニシャンなわけでもない。なのに、真っ向から視線を浴びているだけで胸が高鳴る。肌と肌が吸い付くだけで気持ちよくなる。手を握っているだけで満たされる。体を痛めつけて無理やり犯そうとか、そういった容赦のなさはない。アイの顔色をよく見て、お互いに気持ちよくなる方法を探っているという感じだ。拙いけれど、甘くて麗らかな気持ちに包まれていく。反抗的な言葉とは裏腹に、彼のやる事なす事にときめいていた。
やがて、アイはこうなった。
「いぶきぃっ♥ んっ♥ ココいじめてっ♥ いぶきの粗チンでもっと突いてぇっ♥♥♥」
「ッア♥、そ、そんなに小さくないよ。でも、痛かったら言ってね♥」
自分の初恋はイブキであると屈してしまうと、すっかりメロメロに。激しい刺激が欲しくなってアイが攻めに、お返しとばかりにイブキが攻めに転じたりしてどちらともなく絡み合い、熱い夜を過ごした。
――明日の君 へ。 恋は盲目だ。
翌、精魂を抜き取られたようなやつれた顔で乱れ狂った事後処理をしている最中。アイは書きかけの日記にこう記して、物語を閉じた。
――《あとがき》――
『真相編』はこれで終わりですが、後日談の番外編が続きます。もう少々お付き合いください。
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