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 二日後の日曜、朝八時台。この日もキンジロウはアイから呼びつけられて行動していた。キンジロウの数メートル先には、暖かそうなニットにマフラーを巻いて歩道を歩くイブキの姿。命令の内容は彼の護衛だ。 『仕事明けで体調が優れず、イブキのそばにいてやれない。日曜に一人で買い物に行くそうだから、時間を空けておけ』  前日に届いたラインにはこうあった。計画がらみを除いて、比較的短いスパンで呼びつけるなど滅多にない事。連絡が来た時は、まさか朝から晩まで調教コースか!?と一瞬期待したが、違ったようで、キンジロウは肩を落とした。 『中森くんは立派な社会人ですよっ!Σ(・ω・`;ノ)ノ 窮屈に思われませんか?(^^;ゞポリポリ  下僕(ぼく)はあなた様ほど変装上手ではありませんし、付けているのがバレたら気まずいです!(((゜Д゜)))ガタガタ』  休日返上は構わないのだが、信用すべき恋人に対する扱いでない事や、自分自身が尾行に適していないのが気になった。問題なのは特に後者。イブキは寝取られ計画をアイの単独による犯行だと思っているので、アイとキンジロウが繋がっていると疑われるのは、好感度の大幅な下落に繋がるのだ。自分を手に入れるために親ぐるみで娘を傷つけるなんて、イブキが許すわけがない。そもそも月二で職質されている(三割は事実無根)ような人間に課す仕事ではない。 『ここ最近、ガラの悪そうな連中が跡をついて来たり、マンションの近辺をうろついている事がある。借金した覚えはないし、イブキも心当たりがないという。念のため防犯グッズは持たせるが、発見次第すぐにボクに連絡しろ』  思ったより深刻な内容であった。キンジロウは「了解です!」と可愛い動物スタンプを贈った。  そんなわけがあって、キンジロウはイブキを陰ながら見守る事になったのだ。もちろんしっかり変装をして。昔コミケで一般参加者として「亀甲仮面SM(スパイダーマン)」のアニメキャラの衣装を着て参加した際、道中何度か職質されてしまったという経験があったので、それを生かして、サングラスにマスク、帽子、パーマのかつらとトラの顔がでかでかとあるヒョウ柄の服という、コスプレ感のない無難な大阪のおばちゃんスタイルをチョイス。時々注意を払っているイブキに怪しまれないよう行動する、というのはハードルが高かったが、今のところバレている様子はなかった。 「『9:00、国道〇〇号の歩道橋を通過!∠(・ω・’)ビシッ』と……。――ふむふむ、ラフな中森くんのお姿をご所望ですか。『オッケー狭間!』のスタンプは、確かこの辺に……」  スマホでやり取りをしつつ、歩道橋を激写するキンジロウ。イブキの他にも丈の短いスカートの制服を着た女子生徒たちや原宿系ギャルが歩いていて、最悪彼女たちを被写体にしていると受け取られてもおかしくなかったのだが、今のキンジロウの格好は大阪のおばちゃん。行き交う通行人には「大阪のおばちゃんなら、別に怪しくないか」とスルーされた。職質大好き警官とすれ違っても、「大阪のおばちゃんなら職質しなくていいか」とニッコリされた。  キンジロウが監視する中、フラワーマーケットへ立ち寄って店員と話をしたり、ショッピングセンターへ入って服屋、雑貨屋、家具屋、書店、ペットショップ、宝石店などの小売店を覗いて行くイブキ。フラワーマーケットは三十分ほど。ショッピングセンターでは大体十分前後で、全体を見ては去って行くというのを繰り返している。  続いて寄ったアニマルカフェが一番長尺で、一時間越え。鉢合わせのリスクが高そうだったので、キンジロウは向かいのレストランの窓際席で待機。食欲に負けて、うっかりピザとステーキセットとコーヒーなんて張り込みに適さないメニューを注文してしまったが、汗だくで平らげなくとも大丈夫だったらしい。「動物が好きなんだなぁ」と、かつらを外してハンカチや紙ナフキンで汗を拭きながら、チョコパフェを追加注文した。 「『下僕(ぼく)以外に不審な影はなし!∠(・ω・’)ビシッ』と。ふ~っ、尾行は気が張って疲れるなぁ。たくさん歩いてダイエットにはちょうどいいかもしれないけど、あんまり食べた気がしないのは難点だなぁ~」  店員がチョコパフェを運んできて、待ってましたと散らばった紙ナフキンを片付け、置き場所を確保する。だがスプーンを持って大口を開けた時、ふと窓の外が気になって視線をやると――アニマルカフェの前で、こちらをじっと見つめて立ち尽くしているイブキと目が合ってしまった。  しまった! かつらを被ってなかった! アイスを口に運ぶポーズのまま固まるキンジロウ。大阪のおばちゃんでなくなった今、彼はヒョウ柄服を着たただの食欲モンスターお義父さん(元)だ。  今から被って誤魔化せないだろうか。収まっていた汗がまた流れ出す。するとイブキは何を思ったか、後ずさりして走り去っていった。  尾行とコスプレ癖がバレたと思った。しかし、直後に後方席でガタガタッと複数人が立ち上がる音がして、店内を慌ただしく駆け抜けていくグループがあった。強面な風貌やちゃらついた服装の男ばかりで、どう見ても穏やかな雰囲気ではない。窓に張り付いて確認すると、偶然にもイブキの走る先と同じ方向へ向かうようだった。 (……おや? これはひょっとすると……マズい状況なのでは!?)  まさか後方席に例の要注意人物たちがいただなんて。キンジロウはパニックになった。すぐに追うべきか、連絡するべきか。まったく手を付けていないチョコパフェはどうすればいいのか。優先順位がさっぱり分からない。  迷ったキンジロウは、真っ先にチョコパフェを掻っ込んで選択肢から排除し、その間に思案した。そうして若者たちの脚力には叶わないと即断すると、チョコ塗れの手でスマホを取った。「ピンチです! 追います!」と電話口で要点だけはっきり伝えて、後はこまめな報告結果やスマホのGPSを辿ってもらう事にする。一万円札をテーブルに叩きつけ、レジ係の店員に釣りはいらない旨を伝えると、キンジロウも店を飛び出していった。  幸か不幸か、イブキは店からそう遠くない場所でチンピラグループに絡まれていた。「久しぶり~元気してたぁ?」なんて大げさな声が聞こえるが、イブキの表情は強張っていて、旧知の仲に対するものではない。防犯グッズが入っているであろう肩掛けバッグは地面に捨てられていて、後部ドアが開けっぱなしになった、黒塗りのワンボックスカーが留まっている駐車場へと追い込まれて行っているように見える。かなりまずい雰囲気だ。  アイの到着を待つより、これは流石に通報した方がいいかもしれない。汚れた指のせいでスマホ操作がうまくいかずにあわあわしていると、通行人の中から青年が飛び出し、果敢にグループの輪に立ち向かっていくのが見えた。チンピラに一言二言言ってイブキの腕を引っ張ると、体当たりして蹴散らしながら逃亡。  チンピラは二人の後を追う。キンジロウは呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。 「――で? チンピラに囲まれたイブキは、ヒーローのごとく颯爽とやって来た男に救助され、二人で町中に消えていったと」 「ハイ~。まるで恋愛ドラマのワンシーンのようで、お腹の下がきゅんとしてしまいましたね」 「そうかそうか、ここまで苦労を掛けたな……となるわけないだるぉぉぉおうがぁぁぁぁああああッ!! なんにも解決してないだろうが、このチョコデブがぁぁぁぁあああああああああッ!!」 「ぎゃひぃぃぃぃぃいんッ!!」  歩道のど真ん中でアイにしこたま蹴りを入れられ、ヘッドロックを仕掛けられるキンジロウ。耳がキーンとなるような連絡を受け、急いでタクシーで現場に駆け付けたアイだったが、そこにいたのは口の周りにチョコをべったりつけて手を振るキンジロウのみ。持ち主不在のバッグを持っている経緯を聞くと、彼なりにやれるだけの事はしたようだが、服に付けたシミや甘い匂いなど、全身が「直前まで呑気にチョコパフェ食べてました☆」感満載なせいで、立腹もやむなしであった。 「クソッ! チンピラ以前に、イブキを搔っ攫っていった男の正体が気になる! 二人は一体どこへ行った!?」寝起きらしい髪を掻きむしって、更にぐしゃぐしゃにしていく。 「遍く作品を鑑賞してきた下僕(ぼく)の勘では、赤の他人というより、見知った仲のような雰囲気でしたねぇ。抵抗せず、すんなり引っ張られていったように感じました」 「不安を煽るな無能! くっ、万全でないせいで思考が思うように機能しない……っ! 一ノ瀬を通じて探ってもらうか」  地べたに潰れるキンジロウを足蹴にしながら電話を掛ける。ツーコールで出てくれたが、電話に出たのはなぜかジュンであった。 『彼は体を張りまくって、今はお休み中だよ。死兆星じゃなくてオリオン座が見えるとか、とんちきな事ぼやいてるけど、聞く?』 「仕事終わりか」 『オフの日はパーッと発散しなくちゃね。――要件は?』 「本人がくたばっているなら、代筆でイブキに現在地を聞いてもらいたい。事情は後で話す」  自然な導入になるようアドバイスをして、ジュンにメールを送ってもらう。すると即座に反応があった。イブキのバッグの中からくぐもった着信音が鳴り響いている。アイの顔色はみるみる悪くなっていき、へなへなと地面にへたり込んでしまった。 「……寝取られる側になると、この世の終わりみたいな気分になるんだな」 「おおおお気を確かにっ! 早合点がすぎますよっ!」 「いや……いや! 連れ去られる寸前に顔見知りが助けが入るなんて、都合が良すぎる! おそらく一連の出来事はすべて山田(仮名)の策略だ! 学生時代にイブキと親しくしていた山田(仮名)は、どこかで男とできた事を知り、今更になって恋心が爆発したに違いない! そうしてあからさまな不良仲間を募って、ヒーローの救出劇を演出したんだ!」 「山田くん(仮名)の一体何を知っているんですかっ! 根拠もなしに創作している場合ではないですよっ!」 「寿((ボク)本名)はそうした!」 「うぅ、実行した本人に言われてしまうと否定しづらい……。と、とにかく、心配なら行動しましょうっ! 下僕、この辺りの店の従業員や通行人に、片っ端から聞き込みしてきますからっ! ね?」  見た事もないくらいに取り乱すアイを励ますキンジロウ。とはいえ戻って来る気配はないし、今頃イブキらはこの場から相当遠くへ行ってしまったに違いない。交通の便も発達しているので、バスやら電車やらを足に使われたらお手上げだ。  無事を祈るしかない。おばちゃんスタイルのキンジロウは、大きな息子に世話を焼くみたいに無理やり立たせる。その時、キンジロウのスマホの着信音が鳴り響いた。アニメ曲や取引相手に設定された音響ではない。非通知の電話であった。 『お久しぶりです。中森イブキです。わけあって、お借りしたスマホから失礼します』 (! 中森くんから!?) 『休暇中に申し訳ないのですが、もしまだ〇〇町のレストラン近辺にいらっしゃいましたら、手前の駐車場にアニマルカフェの缶バッジがついた肩掛けバッグが落ちているはずなので、一時的に預かっていただけないでしょうか』  チンピラに気を取られていたように見えたが、キンジロウの事もしっかり認識していたらしい。ガチめの食事をしていたおかげか、尾行していたとは気づかれていない様子。それはそれで私服を見られていたと思うと恥ずかしいが、これは絶好のチャンスだ。  キンジロウは正直にチンピラに追われる現場を目撃していたと伝えて、無事なのか、今はどこにいるのか、堂々と質問をぶつけ、最終的にカバンを直接手渡しする方向でまとまった。 「よかったぁ~。中森くん、無事のようです……よぉおおっ!?」  行方不明の相手と連絡がついて一安心したキンジロウだったが、急激に肩にズシンと重いものが圧し掛かって来て驚いた。ふら付いたアイがキンジロウの体を支えにしたのだ。肩口にかかる熱い息遣いや腹に絡みつく腕にドキリとしたが、これも発情なんかではなく、体調不良による影響。熱に浮かされて縋りつく力すらなくすと、キンジロウは慌てて倒れ行くアイの背中を支えた。 「こ、こんな状態で外に出ていたんですか!?」ボタンが留められていないコートの下にパジャマが見えて、更に驚愕。「いっ、今すぐ帰りのタクシーを呼びますから! 後は:下僕(ルビ(ぼく))にお任せをっ!」 「……断る」 「へぇっ!?」 「ゴホゴホッ、その辺でマスク買って、ボクも連れていけ……。お前にやつらの逢瀬は阻止できまい……」 「逢瀬まで妄想が行っちゃってるんですか!?」 「一週間……一ヶ月寝込む事になってもいい。何としてでも田中(仮名)の策略を止める。このボクを敵に回して、そう易々とイブキを奪えると思うなよ……。ふふっ、ふふふふふ……」  流石は初恋をこじらせて強引に実らせたモンスターだ。放っておくもっと厄介な事になりかねない。意志を汲んだキンジロウは、弱々しくも物騒に笑うアイを背負おうとした。 「むぎゅぅ、ふんぬ~~っ!――ハァハァ、幼児ならともかく、成人男性ともなると、運ぶのは無理ですよ~。停留所にすら辿り着けません~! 何かこう、小回りの利く人力車やリヤカーみたいな車輪のついた乗り物でもあればいいんですが……」 「はいはいしながらボクをおぶっていけばいいだろぉ……。体勢は異なるが、主従プレイの時によくやっているだろう」 「あなた様はそれでいいんですかぁ!? ――うん? はいはい?」  どうにかして運び込もうとくんずほぐれつした矢先、キンジロウの視界に、ファミリーが行きかう町中に堂々あってはならないような、いかがわしい哺乳瓶ロゴの看板がついた店舗が飛び込んで来た。

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