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【5】

ポツポツと雨が降り出した。 スケートボードのデッキは木製だから、水に弱い。濡れると反りやひび割れの原因になるし、耐久性にも影響が出る。 「あ〜あ……」 誰かがぼやくと、それに続くように仲間たちもため息をつく。しばらく空を見上げていたが、雨は本降りになりそうだった。仕方なく、今日は解散ということになった。 「キース、行こうぜ。雨宿り」 テオがカミロにだけ聞こえるように、低い声で囁く。カミロは軽く頷き、テオの後を追った。 テオが言う「キース」とは、2人だけの隠れ家のことだ。 住人が退去したまま取り壊しを待つ廃墟のマンション。そこにある一室には、まだ家具や私物が残されていて、ベッドもソファも自由に使えた。 その部屋には、家族写真が落ちていた。 お父さん、お母さん、そして息子が2人。古びた写真だったけれど、家族が並んで写っているのは一目でわかった。 父親も母親も笑っている。けれど、息子のひとりだけがムスッとした顔をしていた。 写真を撮る直前に、何か気に食わないことでもあったんだろう。口を尖らせた少年の顔を見て、カミロとテオは吹き出した。 「家族写真なんて、裕福な家の証拠じゃん」 「なのに何ムカついてんだよ」 2人には、その理由がわからなかった。 親と一緒に写真を撮るのが嫌だったのか、兄弟と喧嘩でもしたのか。どちらにせよ、そんな小さなことでふくれっ面をするのは、きっと余裕のある生活をしているからだ。 その少年のことを、カミロとテオは勝手に「キース」と名付けた。 「キース、なんでそんな顔してんだよ」 「撮影の直前にお菓子でも取り上げられたんじゃね?」 そうやって茶化しているうちに、その部屋のことも「キース」と呼ぶようになった。 キースに行くには、みんながたむろしている裏手の小さな空き地を抜け、壁と壁の隙間に入り込んで、その先へと進む。 廃墟の一室なんてこの辺にはいくつもあるが、ここは少し離れているせいか、誰も近寄らない。だから、いつもこの場所に来るのはテオとカミロの二人だけだった。 誰にも見つかっていない場所。そう思うと、なんとなく秘密を持っているようで嬉しくなる。 夜になると、かすかに風が抜けて涼しい。埃っぽい空気に、錆びた鉄の匂いが混じる。そんな場所で、2人は並んで座り、コーラを飲みながら他愛もない話をする。 バカみたいにどうでもいい話をして、笑って、ただ時間を潰す。 でも、それだけじゃない。 カミロは、ふとテオの手が自分の腰に触れるのを感じる。わざとらしくはないけれど、意図的な距離の詰め方。 こういうのは、たいていテオの方から始まる。 笑い声が途切れる。コーラの炭酸が弾ける音だけが、やけに大きく響いた。 「昨日やっただろ?」 「なにが…」 「セックスだよ」 腰に触れたテオの手を叩き、払いのける。 「やらないよ?こうしてるだけだから」 そう言いながらも、すぐにベッドへ押し倒される。「キース」のものだったはずのベッドのスプリングが、ギシッと小さく軋んだ。 テオが覆いかぶさり、唇を寄せる。 「…狭いってば」 「重なってれば狭くないだろ?」 荒々しくセックスする時もあれば、こうしてただ抱きしめられて、キスだけで終わる時もある。 キスだけって、なんだか落ち着かない。 甘ったるいような、恥ずかしいような、それでいて心が満たされるような。 言葉にしにくい感情が、胸の奥をチリチリと焦がしていく。 チュッチュッと静かな部屋にリップ音が響く。ロウソクの火に照らされたテオの影が、壁いっぱいに大きく揺れる。 「昨日いっぱいやっちゃったからさ…今日はこのまま」 「…とか言って、どうせちょっとしたら気が変わるんだろ?」 カミロの言葉に、テオは、あははと笑う。 半分割れたガラス窓から、ゆるい風が流れ込んでくる。本降りになりそうだった雨は、いつの間にか止んでいた。 鍛えられたテオの体は厚い。でも、下にいるカミロを潰さないように、気をつけているのがわかる。 キスを重ねながら、テオの腕がカミロを強く抱きしめる。カミロも、無意識にテオの背中に手を回した。 そのまま、Tシャツの中へとテオは手を滑り込ませてくる。 真っ平らな腹を撫でられ、胸へと手がずり上がる。気がつけば、シャツはもう脱がされていた。 「ほらな…やっぱりやるんじゃん」 「ははは、ダメ?」 「…いいよ。だと思ったから」 テオの指先が、ゆっくりと肌をなぞる。 触れられたところから、じんわりと熱が広がっていく。 「……お前、力抜けよ」 「抜いてる……」 「嘘つけ、肩カチカチ」 ふっと笑いながら、テオがカミロの首元にキスを落とす。 半分割れた窓の向こうで、また風がゆるく吹いた。埃っぽい匂いに、鉄の匂いが混じる。 この場所の匂いだ。 カミロは目を閉じた。

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