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【8】
久しぶりのテオとのバトルランを終えた。興奮が冷めきらず、二人とも笑いが止まらない。地面に寝転んだまま、空を仰ぎながら笑い合っていた。
「ブラボー!二人とも、すごかったよ」
パチパチと手を叩く音とともに、声がした。声の主は、スラッとした長身の男。陽に焼けた肌に、派手すぎないシンプルな服。けれど、どこか只者じゃない空気をまとっている。
二人の前に立ったその男を見上げ、カミロは眉をひそめた。どこかで見たような気もするが、思い出せない。ただ確信できるのは、この街のやつじゃないってこと。
「誰?」
テオは立ち上がらず、警戒心むき出しで尋ねる。
「あ、俺?……初めまして」
にっこり笑ったその男は、自分のことを「J」と名乗り、手を差し出してテオを立たせた。
テオは少し躊躇しながらもその手を取り、立ち上がる。次にカミロにも手を差し出したが、テオが軽くそれを制してカミロを引き起こした。
「体力残ってたら、俺ともバトルしてよ」
Jはそう言って、自分のボードに軽く足を乗せた。その動作は洗練されていて、無駄がない。
「…俺は疲れた。テオ、つきあってやれよ」
「えーっ?なんで俺だけ?」
「お前は体力バカだから大丈夫だろ?俺はお前についてくのに必死だったんだよ」
「体力バカ?お前、言ったな」
カミロとテオの軽口とふざけ合いを、Jは笑いながら目を細めている。
ひとしきり笑った後、テオがJに向き合い伝える。
「じゃあ…ここを一周して戻ってくる。その間、どれだけトリックを決められるか。派手さも、滑りの美しさも、観客の反応も全部込みで、より『刺さった』方の勝ち」
「ルールは特にないから、適当。ノリ?ってことで」と、テオは補足した。
仲間たちも「早く見せてくれ!」と手を叩き、口笛を吹いて煽ってくる。
自然と輪ができていた。笑い声とざわめきの中で、カミロはJのボードにふと目を留めた。
ウィールはほとんど削れていなく、デッキは新品同様、そしてストリートっぽくはない。地味だけど、部品の一つ一つが高級で、しかも見たことのないセッティングだった。まるで、別の国の空気を吸っているボードみたいに。
Jは人懐っこく、大勢の中でも物怖じせず、あくまで穏やかに微笑んでいる。
「さあ、準備はいい?じゃあ、俺が合図するよ」
ボード仲間のスタート合図とともに、バトルが始まった。
テオはいつもの豪快な滑り出し。スピード、迫力、トリックのキレと、どれを取っても群を抜いている。
一方のJは、まるで別のスタイルだった。力強さではなく、滑らかさとリズム。空気を裂くような滑りじゃないのに、なぜか目を引く。重力のルールが一瞬だけ、彼だけに違って見える。
あっという間に一周が終わり、テオとJがゴールに帰ってきた。
最後は、テオが一段と高さがある特大のオーリーを決めて空を切り裂く。途中失速し、遅れてきたJはキックフリップで静かにフィニッシュした。歓声が、空に吸い込まれていく。
カミロも思わず立ち上がり、手を叩いていた。テオが手を振って、笑いながら歓声に応えている。
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