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【11】
夜が明けるずっと前に、帰ってきた。
雨上がりの路を、テオと一緒にボードを滑らせる。車も通らない裏道ばかりを選んで、廃墟から活気の死んだ自宅の街へと戻る。
ガードレールが壊れた道の分かれ目で、いつものように別れる。互いに片手を上げるだけで、言葉も交わさずに、それぞれの帰路へと滑り出した。
3階建ての古いアパート。自宅のドア、壊れたままの鍵を静かに押して開けると、中から明るい光が漏れていた。
キッチンに人の気配がする。いつもこの時間には寝ているはずの母親が、まだ起きているらしい。
スニーカーを脱ぎ捨て、嫌な予感を抱えたままキッチンへ急ぐ。
「母さん!どうしたの、こんな時間に…?」
「…あ、カミロ。おかえり。スケボーの帰り? 雨だったけど、大丈夫だった?」
明らかに動揺しながらも、母は明るく、カミロを心配してくる。
「うん、大丈夫。……それより、どうした?何かあったんでしょ?朝早くから仕事なのに、こんな時間まで起きてるなんてさ」
「うん……大丈夫よ。大丈夫、っていうか、大丈夫じゃないかも…」
母の言葉が詰まる。
「オリバーの具合が悪くなって、さっき病院に連れてったの。新しい薬で落ち着いてたのに…急に高熱が出ちゃって、即入院になった」
「うそ……今朝、学校行ってたよね?」
「私が仕事から帰ってきて…その時にはもう熱が出てうなされてた。あのままじゃ危ないって思って、すぐ病院に連れてって…そしたら、そのまま入院で」
カミロの胸が、ズキンと痛む。
仕事終わりに一度家に帰ってさえいれば、自分が気づけていたはずだ。そんな後悔が頭をよぎる。
「ごめん、俺がいなかったから…」
「違う、カミロのせいじゃないから!」
咄嗟に母が否定する。それでも、カミロの胸に突き刺さるのは、自分だけが遊んでいたという罪悪感だ。
「ほら入院したら、検査もあるし、ちゃんと原因がわかると思う。だから、悪いことばかりじゃないよ。でも……お金が、かかるね」
その母の言葉に、カミロの視界がぐらっと揺れた。
この家には、余裕なんてない。
今の生活だってギリギリなのに、入院費、検査費、薬代……どれだけ必要になるか、想像もつかない。
「それと…おばあちゃんも。朝、転んじゃったみたいでさ。当分寝たきりになるかもって」
「……は?」
「家の前の段差で転んだらしいの。道、ガタガタでしょ? で、本人は、寝てれば治るって病院には行かなくて」
祖母の無理が、簡単に想像できた。
お金がかかるのを遠慮して、自分の痛みを黙って抱える姿が、胸に刺さる。
「明日、俺が病院に連れてくよ。ばあちゃん、俺がなんとかする」
それだけ言うのが精一杯だ。カミロは母に背を向けリュックの中に手を突っ込む。
「……仕事の時間も増やすから。母さんは、心配すんな。金は、なんとかするよ」
家族の問題は、自分が背負わなければならない。その重さが苦しいのに、それでも背負うしかないと思っている。
「そうだ、ご飯は? これ、今日店でもらってきた。冷めてるけど……食べる?」
リュックの中で転がっていた冷めたバーガーを母に手渡すと、笑って受け取ってくれた。
「ありがとう。食べようかな。カミロは?」
「……さっき食べたから、いいよ」
さっき、なんて嘘だ。昼に口にしたきり何も食べていない。でも、自分が食べれば、家族の分が減る。それだけのことだった。
「明日、仕事行く前にオリバーの病院にも寄ってみるよ」
「……カミロ、本当にありがとう。頼ってばかりで、ごめんね」
「……いいって。母さんこそ、無理しないでよ。俺が、家にいなくてごめんな」
これが生活。
これが現実。
一歩も未来に進むこともできないまま、日常だけがずっと続いていく。
夢も、希望も、逃げ道もない。
明日をどうやって過ごすか…それだけを、考え続けていくしかない。
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