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母から聞かされていた病室の番号を探し、白いドアをノックせずに開ける。 「……兄ちゃん」 小さな声だった。 オリバーはベッドの上で、掛け布団を胸までかぶったままカミロを見つめていた。 元気そうに見えるのに、その目だけが泣きそうに揺れている。 「大丈夫そうだな。熱は? 下がったか?」 「うん……。でも、ごめん、またお金かかったよね?もう大丈夫だから、すぐ退院しよ?」 「バッカだな〜、病人がそんなこと気にしてんじゃねぇよ。せっかく入院できたんだ。ちゃんと診てもらって、全部治してもらえよ。そしたら安心できるだろ?」 「でも…兄ちゃん…ほんと、ごめんなさい」 オリバーは俯いたまま、細い声で繰り返す。小さな肩が震えていた。 カミロの胸が締めつけられる。 まだ子供なのに、金のことまで気にしている。こんな思いをさせるために兄でいるわけじゃない。 「先生と話してくる。ちょっと待ってろ」 振り返りながらも、カミロは後ろ髪を引かれるような思いで病室を出た。 ナースに案内され、主治医と向き合う。 医者は静かな口調で言った。 オリバーの症状は、慢性的なストレスと、埃っぽく不衛生な生活環境によるもの。そして栄養も足りていない。 「生活を変えれば改善します。逆に、このままでは治るものも治りません」 突き刺すような言葉だった。 でも、驚きはなかった。 カミロ自身も昔、何度も熱を出して倒れたことがある。あの町で育った子供たちは、みんな少なからずそうだ。 「生活を変える」それが一番難しいことだと、カミロは知っている。 薬で症状は抑えられる。だが、根本は何も変わらない。 医者は最後に「明日には退院できます」と淡々と告げた。その瞬間、カミロは咄嗟に「よかった」と思ってしまった。入院費がこれ以上増えない。でも、その考えが頭をよぎったと同時に、強い罪悪感を覚えた。 病室に戻ると、オリバーは枕を抱えて、ドアの方をじっと見ていた。 「な、たいしたことなかったよ。だから明日には退院できるって。よかったな」 「……本当?」 「ああ、先生が言ってた。今日はゆっくり休んで、ちゃんとご飯も食べろよ。入院食って意外と美味いらしいぞ?」 「兄ちゃん……ありがとう。明日って、何時ごろ?迎えに来てくれる?」 「んー、俺でも母さんでも……どっちかが来るよ。安心しろって」 オリバーは、ようやく少しだけ笑った。 でもその笑顔は、どこか遠慮がちだった。 熱が出ても我慢し、入院すればお金を気にして、退院の日の迎えすら、気を使って訊いてくる。 そのひとつひとつが、胸に突き刺さる。 「今日はひとりで心細いだろうけど…ゆっくり休め。じゃあ、明日な。また来るよ」 カミロはそう言い残して病院を出た。スケートボードに飛び乗り、地面を強く蹴る。 ひと蹴り、またひと蹴り。空気を裂くように風が身体を冷やしていく。 流れる景色は、今日もいつも通りだった。 変わらない町並み、変わらない現実。ただひとつ違うのは、背負っているものの重さだけだった。 カミロは深く息を吸い込んだ。 喉の奥に、埃と湿気の味がした。

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