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【13】
母から聞かされていた病室の番号を探し、白いドアをノックせずに開ける。
「……兄ちゃん」
小さな声だった。
オリバーはベッドの上で、掛け布団を胸までかぶったままカミロを見つめていた。
元気そうに見えるのに、その目だけが泣きそうに揺れている。
「大丈夫そうだな。熱は? 下がったか?」
「うん……。でも、ごめん、またお金かかったよね?もう大丈夫だから、すぐ退院しよ?」
「バッカだな〜、病人がそんなこと気にしてんじゃねぇよ。せっかく入院できたんだ。ちゃんと診てもらって、全部治してもらえよ。そしたら安心できるだろ?」
「でも…兄ちゃん…ほんと、ごめんなさい」
オリバーは俯いたまま、細い声で繰り返す。小さな肩が震えていた。
カミロの胸が締めつけられる。
まだ子供なのに、金のことまで気にしている。こんな思いをさせるために兄でいるわけじゃない。
「先生と話してくる。ちょっと待ってろ」
振り返りながらも、カミロは後ろ髪を引かれるような思いで病室を出た。
ナースに案内され、主治医と向き合う。
医者は静かな口調で言った。
オリバーの症状は、慢性的なストレスと、埃っぽく不衛生な生活環境によるもの。そして栄養も足りていない。
「生活を変えれば改善します。逆に、このままでは治るものも治りません」
突き刺すような言葉だった。
でも、驚きはなかった。
カミロ自身も昔、何度も熱を出して倒れたことがある。あの町で育った子供たちは、みんな少なからずそうだ。
「生活を変える」それが一番難しいことだと、カミロは知っている。
薬で症状は抑えられる。だが、根本は何も変わらない。
医者は最後に「明日には退院できます」と淡々と告げた。その瞬間、カミロは咄嗟に「よかった」と思ってしまった。入院費がこれ以上増えない。でも、その考えが頭をよぎったと同時に、強い罪悪感を覚えた。
病室に戻ると、オリバーは枕を抱えて、ドアの方をじっと見ていた。
「な、たいしたことなかったよ。だから明日には退院できるって。よかったな」
「……本当?」
「ああ、先生が言ってた。今日はゆっくり休んで、ちゃんとご飯も食べろよ。入院食って意外と美味いらしいぞ?」
「兄ちゃん……ありがとう。明日って、何時ごろ?迎えに来てくれる?」
「んー、俺でも母さんでも……どっちかが来るよ。安心しろって」
オリバーは、ようやく少しだけ笑った。
でもその笑顔は、どこか遠慮がちだった。
熱が出ても我慢し、入院すればお金を気にして、退院の日の迎えすら、気を使って訊いてくる。
そのひとつひとつが、胸に突き刺さる。
「今日はひとりで心細いだろうけど…ゆっくり休め。じゃあ、明日な。また来るよ」
カミロはそう言い残して病院を出た。スケートボードに飛び乗り、地面を強く蹴る。
ひと蹴り、またひと蹴り。空気を裂くように風が身体を冷やしていく。
流れる景色は、今日もいつも通りだった。
変わらない町並み、変わらない現実。ただひとつ違うのは、背負っているものの重さだけだった。
カミロは深く息を吸い込んだ。
喉の奥に、埃と湿気の味がした。
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