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「助かったよ!カミロ、また残業頼むな」 「オッケーです!じゃ、今日は上がります」 厨房には、ポテトを揚げる油の匂いと、床の水拭きのあとに残る洗剤の香りが混ざっていた。 働いているファストフード店では、ここ最近ずっと残業続きだ。人手不足の店にとって、手早く動けるカミロはありがたい存在らしく、頼まれるたびにシフトを延長してきた。 オリバーの入院費と治療費、それに祖母のケアと家の生活費。今は、働かないといけない。そんな事情を知っている店長は、いつも快く迎えてくれていた。 仕事が終わると、売れ残りのバーガーやポテトを手渡してくれる。今日は残業せずに帰ることにした。店長は、特別に作った温かいバーガーをくれた。 「カミロ、いつも頑張ってくれてるからな。持って帰りな」 帰り際、そう言って笑ってくれた店長の手の温もりが、紙袋越しにじんわり伝わった。 ポケットの中のスマホに、テオからの通知が入っていた。先週は雨続きで、あいつは仕事がなく暇を持て余していたらしい。スケボーもできないから「キースに来いよ」と何度も誘われていた。 でもあの週は、カミロの家で色々なことが起きていた。 オリバーの入院。 祖母の転倒。 ため息も吐けず飲み込む日々。 働いて金を稼ぐのが最優先。だから「キース」にはいけず、断るしかなかった。テオには、正直に理由を伝えた。 仕事と家の往復だけの日々だったが、ようやく生活も少しだけ落ち着き、まとまった金額も手元に入った。 今日は時間的にまだ早い。そろそろ、久しぶりにあの廃墟に行こうか。そう思って連絡をすると、今度はテオが夜勤続きで来れないという。 タイミングが、ずれていく。 あれだけ毎日一緒にいたはずなのに、時間が少しずつ、すれ違っていくのを、カミロはぼんやりと実感していた。 明日は久しぶりの休み。 とにかく一度家に帰って、祖母と弟の様子を見てから、廃墟に行こう。そう決めて、バーガーの入った紙袋をリュックに詰めた。 温かいうちに届けたいと、スケボーに乗って地面を蹴る。街を、静かに滑り始めた。 アパートに戻ると、扉の向こうからテレビの音が漏れていた。中では、祖母とオリバーが並んでソファに座り、コメディ番組を見て笑っている。 「あ、兄ちゃん!おかえり!」 「カミロ、今日は早いのね」 明るい声が、部屋を満たす。 「ただいま。バーガー持って帰ってきたぞ。今日のは、あったかいんだ」 「食べる! 夜ご飯まだなんだよね? ね、おばあちゃん!」 「ええ、ちょうどお腹が空いたところだったのよ」 オリバーと祖母がキッチンにやってきて、カミロの手から袋をもぎ取るようにして笑いながら中身を取り出す。 祖母の顔色もよく、オリバーの声も弾みを持っている。その様子に、カミロは心が温かくなる。 家族の問題が解決すると、こうも明るくなれる。気持ちもささくれなく、穏やかになる。 一瞬だけ、「キース」でテオと過ごす時間を思い出しながら、でもやっぱり、今目の前の光景が、一番大事だと思い直す。 夕食を済ませたあと、カミロは祖母に薬を飲ませ、オリバーの体温を軽く測った。どちらも体調は安定しているようで、ようやく肩の力が抜ける。 「じゃあ、ちょっと出てくる。すぐ戻るよ」 「あーっ!兄ちゃん、スケボーだろ。あそこ行くんだな? いいなぁ、僕も行きたい」 出かけると伝えると、オリバーはすぐに察したように声を上げた。「行きたい」と言える元気が戻ってきたことが、何より嬉しい。 「また今度な。ほら、夏休みになったらって約束しただろ? 今日は仲間のメンテナンスしてくるだけだから、連れて行けないんだ」 「あはは、いいよ兄ちゃん。僕、明日学校だし。夏休みまで我慢する」 一段と元気そうなオリバーの笑顔に、カミロの胸にじんわりとした安心が広がった。 このままずっと体調が良く、病気なんて忘れられたらと、心からそう思う。 「気をつけてね、カミロ。ほら、オリバーも、もう寝ましょうね」 祖母の声に頷きながら、カミロは玄関のドアを静かに開けた。夜の空気は少しひんやりしていて、街は静寂に包まれている。 スケートボードを小脇に抱え、人気のない路地を歩く。湿った夜風に混じって、どこか懐かしい錆びた金属の匂いが鼻をかすめた。 カミロはひとつ深く息を吐いて、ゆっくりとボードを地面に置いた。足をかけて、軽く蹴り出す。タイヤの音がアスファルトを撫でるように響き始める。

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