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テオから『57St近くなった』とメッセージが入った。 『何番?』 『B355』 テオは、カミロの待つ、57Stバスストップのいくつか先から乗っている。 バスの番号は、B355。 カミロは、金属製のベンチに腰をかけ、ボードのデッキに足を乗せていた。 頭が重い。寝不足だ。 こめかみに力を入れてあくびを堪えると、少し涙がにじんだ。 今日は、テオと一緒にダウンタウンに行く。このスラムから外に出るのは、いつぶりだろう。行き先がどこであれ、ここを出るというだけで、少し胸が浮ついた。 遠くから、バスが近づいてくる音が聞こえた。「B355」という文字が、フロントの電光掲示板に光っている。 エアブレーキの音とともに、バスが停車する。ドアが開くと、冷たい空気がふっと足元に流れ込んできた。 車内は思いのほか清潔だった。 ダウンタウン経由で空港まで向かうルートだからだろうか、椅子のクッションもへたっていない。 「WIFI繋がんねぇよ」 声がした方を見ると、テオがスマホの画面を睨んでいた。 「マジか!使えねぇ~」 軽口をいいながら、テオに手を上げ笑顔で近づく。 カミロはテオの隣に座り、お互いスケートボードを膝に抱えた。 「ま、ダウンタウンまでだしな」 「そうだな。すぐだもんな。ま、いいか」 口ではそう言ったが、ダウンタウンまでは1時間、いや2時間近くかかる。しばらく乗っていなかったせいで、感覚が鈍っているのかもしれない。 気づかないうちに、瞼が重くなっていた。 昨日のことを思い出す。 父親が数年ぶりに帰ってきた。 何か嫌な感じがするなと思ったら、案の定だった。 父親は、家の中のどうでもいい物ばかりをいくつか持ち出していった。誰も使っていないスピーカー、古いドライヤー、片方だけ音が出ないイヤホン。金になるとは思えないが、ゴミとも言い切れない。そういう絶妙なラインを選んで持ち出すのが腹立たしかった。 現金にもスマホにも手をつけないのは、せめてもの配慮か。まるで「俺は最低ではない」とでも言いたげだった。 父親とは仲が悪いわけではない。 でも、やっていることは最低だ。 身内というだけで許されるわけじゃない。 バスは、淡々と停留所を通過していく。 乗り降りする人たちの靴音が、微かなリズムになって揺れる。隣のテオが話し始めた。 「Jからもらったボード、滑りよくね?お前に調整してもらってからさ、この前、過去最大の大きさのトリック決めたぜ。やっぱ、道具って大切なんかな」 「……どうだろな」 「俺の古いボード、オリバーにやるよ。今度持っていくから。っつうか、聞いてんの?俺の話!」 「う…ん、聞いてる。オリバー喜ぶよ、テオのボードだったら」 オリバーがスケートボードに興味を持っていることを、覚えていたのだろう。古くなったボードを、オリバーに渡したいと言われた。 オリバーは、憧れであるテオのボードなら大喜びなはず。新品より、テオが使い込んだボードの方がオリバーには価値があるんだ。 「今日休みだろ?帰りにキース寄ろうぜ」 「……ああ、いいけど」 言葉の重みがなくなってきた。眠い。 まぶたが落ちそうになる。 「眠いのか……ダウンタウン到着するまで寝てろよ」 テオの声が遠くなる。 ___夢を見る。 濃い霧の中、誰かが立っている。 見えないのに、わかる。テオだ。 夏になると、スラムにはこういう霧が出る。洗濯物に匂いが移るほど、重く湿った霧。でもこの夢の霧は、それよりずっと柔らかい。 テオが何かを言っている。声が届かない。 霧の中で走ろうとしても走れない。 __バスが減速し、金属のきしむ音と共に停まった。 「おい、起きろ、着いたぞ」 テオの手がカミロの腕を叩いた。 肩が揺れて、視界が一気に現実に引き戻される。 霧はもうない。 目を開けると、テオの顔がくっきりとそこにあった。

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