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【22】
働いているファストフード店の店長に、辞めることを伝えた。
「そっか…カミロには本当に助けられてたからさ。できれば、もう少し一緒に働きたかったな」
意外な言葉だった。引き止められるなんて、思ってもみなかった。
「…すみません。急で」
「いやいや、大丈夫だよ。ごめんね、こっちこそ。事情あるもんね、わかるよ」
「事情っていうか……別の土地に行こうかなって。うまくいくかは、わかんないっすけど」
それを言葉にするのは、これが初めてだった。口に出すと、思ったより現実味を帯びてくる。
「おばあちゃんとか、オリバー……大丈夫?あ、ごめん。聞いちゃいけないことだったかな。カミロのこと、よく知ってるからさ」
店長の娘とオリバーは同級生だ。だからカミロの家庭のことも、たぶん全部伝わっている。
いつも帰り際に、家族分のバーガーを何度も持たせてくれた。あれは、店長の気遣いだ。今さらだけど、ありがたく思う。
「…まあ、大丈夫…だと思います」
胸がきゅっと締めつけられる。
家族の話になると、言葉が急に出てこなくなる。やっと絞り出すように返す。
「もしさ、もし気が変わったら……また、いつでも戻ってきていいから。ここも俺も、いつでもカミロを待ってるよ」
店長には、たぶん顔に出てしまったのだろう。躊躇しているわけじゃない。テオと東へ行くことは、もう決めた。はずだった。
だけど。
「あはは、そうっすね。どうなるかわかんないし。ありがとうございます、店長。じゃあ今週いっぱい、よろしくお願いします!」
夢があったわけじゃない。この仕事に強い思い入れがあったわけでもない。
でも、宙ぶらりんにやっていたわけじゃない。誰かと過ごした時間の分だけ、名残惜しさが胸をよぎる。
店長も、情が湧いたってやつなのだろうか。引き止めてくれたその言葉が、不思議と温かく残った。
____
仕事帰りに廃墟へ向かうと、先に着いていたテオと合流した。
思った以上に工事が進んでいる。
来週から取り壊しが始まるはずだったのに、すでに今夜から工事が始まっていて、あちこちで重機がうなり声をあげていた。
ちらほらとボード仲間も来ていたが、騒がしい工事現場の気配に押されるように、すぐに姿を消していった。
「来週からって言ってなかったか?」
「雨が降ると作業が止まるから、今のうちに前倒しで進めてるらしいよ」
工事現場で働いているテオがそう言った。
「キース、行ってみるか」
「……たぶん、そっちももう入ってると思う」
いつもなら真っ先に「キース」に行きたがるテオが、今日は珍しく言葉を濁した。
秘密基地のようなあの場所へ移動してみると、テオの言った通り、すでに解体作業が始まっていた。
「ほらー!言ったじゃん!現場で聞いたんだよ。こっち側も壊すって…なんだよなあ、もうちょい待ってくれよ、こっちの都合もあるのに」
悔しそうに声を上げるテオの顔が可笑しくて、カミロはつい笑ってしまった。
「元々、俺らの場所じゃないし。別にいいだろ」
「でもさ、キースとお別れ、ちゃんとしたかったじゃん」
キース。
あの家族写真の少年。
むすっとした顔でカメラを睨んでいた、写真の中の小さな存在。今頃は、もういい年齢の大人になっているのかもしれない。
滑れる場所を探すが、どこも工事の手が入り、居場所はなかった。
瓦礫の山に囲まれた、すでに更地になった一角の影に、二人で腰を下ろす。作業の終わったエリアは静まり返っていて、深夜の空気がやけに澄んでいる。
「…ここじゃ、滑れねえな」
「土だし、デコボコだしな。ボードやるにはキツいわ」
ふたりでスマホを取り出して、黙って画面をいじる。
夜空にはまんまるの月。
スマホの光と月の光が混ざって、テオの顔がはっきりと見える。
「Jがいる東って、寒いのかな。ここからどれくらい遠いんだろ」
テオがスマホの中で広げた地図を、隣からカミロが覗き込む。
「同じ国なんだし、大して遠くねえよ」
「でもさ、俺ら、隣の州すら行ったことねえだろ?」
「……だな。ちょっと楽しみだよな」
知らない土地で、一から始めること。
それは怖くもあるけれど、ワクワクする。
何よりテオと一緒だと思うと、それだけで心強く感じる。
「ボードトリップしようって、Jが言ってたよな」
新しい街にも、スラムや廃墟はあるのだろうか。キースの代わりになるような、そんな秘密基地が見つかるのだろうか。
早朝の霧。
埃っぽい空気。
あっちの街にも同じ匂いがあるのか、想像はつかない。
「……今日、お前の顔が見れてよかった」
下を向いてスマホをいじるテオが、ぽつりと呟いた。
「これからも毎日、見れるじゃん」
「ま、そうだよな。もうすぐあっち行くんだもんな。俺さ、仕事場と家族に話した」
そう言って、テオがカミロの方を見て笑う。その目の奥にあったのは、迷いじゃなかった。ちゃんと決めている目をしていた。
カミロは黙ったまま、その顔を見つめていた。
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