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「母さんと姉さんに正直に伝えた。なんて言うかな…って思ってたけど、『おお、行ってこい!そんでもう、こっちに戻ってくるな』って。笑って言われたんだ。ちょっとホッとしたよ」
テオは嬉しそうに笑った。口元は照れくさそうで、でもどこか誇らしげだ。
テオの家族も、カミロと似たような環境にある。ただ、末っ子のテオの家では、皆がある程度自立していて、生活に少し余裕がある。その分、カミロよりも背負うものは少なかった。
「仕事場はさ、辞めまーす!って言ったら『おっ、そうか。いつまで?』で終わり。気楽なもんだったよ。…お前は?ちゃんと伝えた?」
「……うん。さっき仕事場で店長に伝えたよ。理由は言わなかったけど『なんかあったら戻ってこい』って。ギリギリまで働くけど、ちゃんと話せた。大丈夫」
「家族は?おばさんと、オリバー……何て言ってた?」
テオが言葉を被せるように尋ねてくる。視線はスマホに落ちたままなのに、その声はまっすぐで、強かった。
「あ……まだ、言ってない。タイミングが合わなくてさ。会えてないんだ。今夜、帰ったら言うつもり」
母は遅くまで働いている。祖母とオリバーはもう寝ている時間だ。カミロは、まず母に伝えようと思っている。
東へ行くこと。未来を、変えること。
「そっか……でも、ちゃんと話した方がいいよ。思ってるより、時間ってあっという間だしさ」
「わかってる。俺も、早く言いたいよ」
なっ、と目を合わせて笑うと、テオがわかりやすく安心したように表情を緩めた。
「……好きだ、カミロ」
ふいに言われて、短く唇が触れる。
チュッ、とほんの少しだけ。誰もいない。スマホは閉じているのに、月だけが明るく、すべてを見ている。
あの夜から、テオはためらわずに言うようになった。「好きだ」と。
カミロは、まだ真正面から「俺も」とは言えない。いつもふざけたり、笑ったりしてごまかす。
「はは……お前はバカみたいに真っ直ぐで、ズルいくらい、重い」
怖いのは、気持ちを言うことじゃない。
その言葉を、選ぶということだ。
いつかは選ばなければならない。
そして、それを間違えてはいけない。
「なんだよ……いつになったらお前も言ってくれるんだよ」
久しぶりに拗ねた顔を見せるテオ。あのキースの部屋で、何度も見た顔だ。
「テオがプロになった頃かな。頑張れ」
「えー!なんだそれ、交換条件!?カミロさ、好きって言わないくせに、俺のこと欲しいって言うじゃん。それと同じだろ?言えよ…言えって」
「ははは…そうだな。俺は、お前が欲しい。今だって、ずっと」
「もぉ……そんなこと言うなよ。キース、無くなったんだぞ。やれないじゃん……」
「ほらな、やっぱりお前は、やりたいだけなんだろ?」
「違う!……やりたいのもそうだけど、ほんとにカミロのことが……なんだよ、もういい!恥ずかしい!」
「あははは……戻ったな、いつものお前に」
不貞腐れたテオが、ごろんと寝転がる。カミロも隣に寝転んだ。見上げた空に、月が近く、まるで手が届きそうだった。
「やっと、自由が来るのか……」
テオが小さく呟く。
「来るっていうか……自分で、取りに行くんだろ。自由が勝手に向こうから来るようなこと言うなよ」
「……そうだな。人生で初めてだよ。自分の意思で、自分の場所を選べるって。自由って、そういうことなんだな」
『選ぶ』ということ。それは、怖くて、それでも胸が高鳴ることだった。
「自由ってさ、どこかに転がってるもんじゃなくて、たとえ苦しくても、自分の手で掴みにいくもんなんじゃねぇの?」
カミロはそう言った。テオに言ったつもりだったが、それは同時に、自分自身に向けた言葉でもあった。
「……そうだよな」
テオは、少し笑ってうなずいた。
「そうだ。あっちに行く前に、オリバーに俺のボード渡さなきゃ」
「きっと喜ぶよ。……俺も、何か残していこう」
静かに笑い合う。
隣にテオがいる。目が合うと、自然に笑える。
うまくいかないことばかりだった。
飲み込まれそうな夜の中で、それでも手を離さずにここまで来た。
たったひとつ、確かなことがある。
明日は、来る。
二人で選んだ、最初の未来が来る。
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