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テオの言う通りだった。 時間ってやつは、思ったよりもずっと速い。気づけば、出発は明後日になっている。 カミロはテオと廃墟近くの瓦礫の山で落ち合った。埃っぽい匂い、いつもの空気が肺を満たす。 テオは使い古したスケートボードを抱えてやってきた。以前使っていたやつだ。オリバーに渡して欲しいという。 「俺仕様になってるからさ、オリバー用にセッティング変えてやってくれよ。お前も時間は無いかもしれないけどさ」 「うん、そうだな。あいつ、まだ子供だからさ。もうちょいタイヤを大きくして、幅も広くしたほうがいいかもな」 受け取ったデッキの表面に手を這わせながら、カミロが目を細める。テオはぽつりと、デッキの端を指で撫でながら言った。 「……ここ、ちょっと割れてんだよな……」 その手元を見ながら、カミロは、ボソッと話し始めた。 「……母さんさ、今の職場で正社員の誘いが来たらしくてさ」 「え?マジで?それ、すげぇじゃん!」 「うん。本人も奇跡みたいって笑ってた。しかも、家族ごと社宅に入れるんだって。だから、近いうちに引っ越すことになるかもって言っててさ…」 「うわ、マジか。ここから出れるってことか?そりゃラッキー中のラッキーだな」 「やっぱそう思う?」 テオに言われて、カミロは小さく笑った。 思い返すのは、母が見せた珍しく安心したような顔。その顔を見て、ほんとうに良かったと思った。 瓦礫の山は音もなく静かだった。 「カミロ……」 その声に顔を上げた瞬間、テオがキスをした。 外だ。瓦礫に囲まれてるとはいえ、いつ誰が通るかわからない場所で、こんなふうに唇を重ねるなんて思いもしなかった。 だけど、テオの唇はまっすぐで、なにかを噛み締めるような味がした。 たぶん、今は二人とも同じことを考えている。 離れたくない。 このままキスをしていたい。 抱き合っていたい。 キスの合間に、テオが息を呑むようにして呟いた。 「……カミロ……好きだ……」 唇が離れる一瞬の隙を縫って、何度も、何度も、そう呟く。 答えを返すことはないと知っていても、それでも、惜しみなく愛を告げる。 まるで、少しでも言葉にしておかないと、この時間ごと全部消えてしまいそうと、言っているみたいだ。 テオは一度、唇を離し、また重ねた。 それから、もう一度。 そしてまた、もう一度。 何かを確かめるように。 形を覚えようとするように。 忘れたくない、忘れないためにと、言われているようなキスだった。 唇が触れては離れ、呼吸のたびに言葉がこぼれる。 「……カミロ」 囁く声は、すぐ耳元で揺れているのに、 どこか遠くから聞こえるようだった。 「やっぱ、好きだ……ずっと…いつか…」 カミロは何も言わなかった。 代わりに、そっと目を伏せてまた唇を重ねた。 触れるたびに、少しずつ深くなっていく。 けれど決して激しくはならない。 どこまでも、静かで、丁寧なキスだった。 テオの指先が、カミロの頬をそっとなぞる。その優しさが、かえって胸に痛い。 「……あと、もう少しだけ、こうしてていい?」 カミロは小さくうなずいた。 声を出すと、なにかが崩れてしまいそうだった。 風が、瓦礫の隙間を通り抜けていく。 ただ二人だけが取り残されたみたいに、時間が静かに流れていく。 何度も、何度も、惜しむように、 二人はキスを重ねた。

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