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【25】
テオの言う通りだった。
時間ってやつは、思ったよりもずっと速い。気づけば、出発は明後日になっている。
カミロはテオと廃墟近くの瓦礫の山で落ち合った。埃っぽい匂い、いつもの空気が肺を満たす。
テオは使い古したスケートボードを抱えてやってきた。以前使っていたやつだ。オリバーに渡して欲しいという。
「俺仕様になってるからさ、オリバー用にセッティング変えてやってくれよ。お前も時間は無いかもしれないけどさ」
「うん、そうだな。あいつ、まだ子供だからさ。もうちょいタイヤを大きくして、幅も広くしたほうがいいかもな」
受け取ったデッキの表面に手を這わせながら、カミロが目を細める。テオはぽつりと、デッキの端を指で撫でながら言った。
「……ここ、ちょっと割れてんだよな……」
その手元を見ながら、カミロは、ボソッと話し始めた。
「……母さんさ、今の職場で正社員の誘いが来たらしくてさ」
「え?マジで?それ、すげぇじゃん!」
「うん。本人も奇跡みたいって笑ってた。しかも、家族ごと社宅に入れるんだって。だから、近いうちに引っ越すことになるかもって言っててさ…」
「うわ、マジか。ここから出れるってことか?そりゃラッキー中のラッキーだな」
「やっぱそう思う?」
テオに言われて、カミロは小さく笑った。
思い返すのは、母が見せた珍しく安心したような顔。その顔を見て、ほんとうに良かったと思った。
瓦礫の山は音もなく静かだった。
「カミロ……」
その声に顔を上げた瞬間、テオがキスをした。
外だ。瓦礫に囲まれてるとはいえ、いつ誰が通るかわからない場所で、こんなふうに唇を重ねるなんて思いもしなかった。
だけど、テオの唇はまっすぐで、なにかを噛み締めるような味がした。
たぶん、今は二人とも同じことを考えている。
離れたくない。
このままキスをしていたい。
抱き合っていたい。
キスの合間に、テオが息を呑むようにして呟いた。
「……カミロ……好きだ……」
唇が離れる一瞬の隙を縫って、何度も、何度も、そう呟く。
答えを返すことはないと知っていても、それでも、惜しみなく愛を告げる。
まるで、少しでも言葉にしておかないと、この時間ごと全部消えてしまいそうと、言っているみたいだ。
テオは一度、唇を離し、また重ねた。
それから、もう一度。
そしてまた、もう一度。
何かを確かめるように。
形を覚えようとするように。
忘れたくない、忘れないためにと、言われているようなキスだった。
唇が触れては離れ、呼吸のたびに言葉がこぼれる。
「……カミロ」
囁く声は、すぐ耳元で揺れているのに、
どこか遠くから聞こえるようだった。
「やっぱ、好きだ……ずっと…いつか…」
カミロは何も言わなかった。
代わりに、そっと目を伏せてまた唇を重ねた。
触れるたびに、少しずつ深くなっていく。
けれど決して激しくはならない。
どこまでも、静かで、丁寧なキスだった。
テオの指先が、カミロの頬をそっとなぞる。その優しさが、かえって胸に痛い。
「……あと、もう少しだけ、こうしてていい?」
カミロは小さくうなずいた。
声を出すと、なにかが崩れてしまいそうだった。
風が、瓦礫の隙間を通り抜けていく。
ただ二人だけが取り残されたみたいに、時間が静かに流れていく。
何度も、何度も、惜しむように、
二人はキスを重ねた。
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