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家族全員が、明るい顔をしていた。 来週早々に、引っ越すことが決まった。   久しぶりに、家族そろっての夕食だった。 いつもならピザやバーガーで済ませる食卓に、今夜は母が時間をかけて手料理を並べてくれている。 スープの湯気があたたかく、部屋の空気がゆっくりと満ちていく。 オリバーは夢中でごはんを食べている。 あまりに嬉しそうに笑うから、また熱を出すんじゃないかと不安になるくらいだ。 「お前さ、ちょっとは落ち着けって」 「やだ!」 思わず吹き出しそうになる。いつの間にか、こんな風に喋るようになったんだな、と思う。 「あ、そうだ。テオがボードくれたぞ。お前が使えるように、セッティングも変えてあるから」 「ほんと!?じゃあさ、夏休みになったら……連れて行ってくれる?」 カミロは少し間を置いて、笑う。 「……ああ、そうだったな。でも今は、やれる場所がなくてさ」 「えーっ!約束したじゃん。なんで?どこか他にないの?」 「……探しておくよ。ストリートのやつら、また新しい場所見つけるから。すぐにそこがたまり場になるさ」 「やったー!俺、兄ちゃんみたくなりたい!」   俺と自分ことを呼ぶ。 いつの間にか、オリバーは「ぼく」じゃなくなっていた。自分のことで頭がいっぱいだったあいだに、弟は、ちゃんと成長していた。 母の会社が手配した新居には、最低限の荷物だけ持っていけばいい。初めての引っ越しに浮かれているオリバー。少し不安そうな祖母。でも、ここを出られることは、やっぱり嬉しいのだろう。 母は元気に、いつも通り家族の真ん中にいる。そして自分もその隣にいる。 「ダウンタウンの方って、霧は出ないのかな」 「……あるだろ。たぶん、あるよ」  窓を開けると、今日も湿気と、埃の匂いが鼻をつく。どこに行っても、この街のにおいは、しばらく忘れられそうにない。 夜眠れず寝返りを打つ。 何度も繰り返す中、ピコンとスマホに通知が届く。なかなか寝られないでいるから、すぐにメッセージを確認した。 『チェックインしたか?』 テオからだ。 『ああ、ちゃんとチェックインできた』 と返す。 画面の上で飛行機の手続きが完了する。 たった数回のタップで、東へ行く手配が整ってしまったことが、どこか現実味を欠いていて、少し怖かった。 『朝一番のバスだからな。番号はB355だ。間違えるなよ』 『お前こそ、大丈夫かよ。朝早いから、もう寝ろよ』 スマホを伏せたまま、天井を見つめる。 部屋は静かで、時計の針の音だけがゆっくりと響いている。眠ろうとしても、まぶたが下りてこない。何度も目を閉じては、すぐに開いてしまう。 ……本当に、行くのか? 心の中で、自分に問いかける。 あと数時間もすれば、この家を出て、街を抜けて、バスに乗って、見たこともない東の国に着く。テオと一緒に、新しい日々が始まる。 でも。 この家の匂い。 オリバーの寝息。 母の笑い声。 祖母が落とした小さな咳払い。 全部が、耳の奥に染みついて離れない。 目を閉じれば、そればかりが浮かんでくる。 自由って、なんだろう。 夢を追いかけること? この場所から抜け出すこと? それとも、大切なものを、守り続けること? 布団の中で身体を丸める。 答えは出ない。 どちらかを選べば、どちらかを諦めるしかない。それが現実だと分かっているのに、何度も同じ問いに戻ってしまう。 結局、カミロは一睡もできなかった。 空がほんの少し明るくなる頃、鳥の声がかすかに聞こえ始めた。 朝が来る。 時間が進む。 選ばなければならない瞬間が、静かに近づいてくる。

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