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第1章:崩れはじめた放課後

――「今日は衆哉と一緒に帰るから、先帰ってていいよ」 差出人は、恵斗。付き合ってもう半年になる恋人だ。 (またか……) 胸の奥がじくじく痛む。でも、それを恨むように見つめることはできなかった。恵斗が好きだから。たとえ、その手を他の誰かに伸ばしていたとしても。 「俊介、また考え事?」 声をかけてきたのは勇気だった。転校してきて数ヶ月、今ではすっかりこの教室の一員になっている。柔らかい雰囲気と、少しズレた言動で、どこか目が離せない存在。 「……別に、なんでもないよ」 「ふーん。でも顔、めっちゃ寂しそう。あ、もしかして……恵斗くん?」 図星を突かれて俊介は苦笑いするしかなかった。勇気はいつも、妙に勘が鋭い。 「ねえ、俊介ってさ、どうしてそんなに我慢するの? 好きな人が、別の人と一緒にいても、怒らないの?」 「怒るよ……でも、嫌いになれないから」 その言葉を聞いた勇気の目が、ほんの一瞬、影を落とす。けれど次の瞬間には、彼特有の柔らかな笑みを浮かべて言った。 「俊介って、うちのママに似てる。全部受け入れて、全部抱きしめようとするとこ」 「……それ、褒めてる?」 「もちろん。ママは世界で一番優しい人だったから」 “だった”という過去形が引っかかった。けれど、俊介が聞き返すより先に、勇気はふいに距離を詰めてくる。 「ねえ、俊介。僕のことも、受け入れてみてよ。恵斗くんだけじゃなくて、僕も……君のこと、ちゃんと見てるんだよ」 その言葉に、俊介の心がぐらつく。けれどその瞬間、廊下の奥から声が聞こえてきた。 「……あのさ、恵斗。俺たち、もうやめたほうがいいと思う」 ――衆哉の声だった。 俊介も、勇気も、息を止めて耳を澄ませる。聞いてはいけないものを、聞いてしまったような気がして。 その日、俊介の中の何かが、少しだけ崩れた。

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