2 / 26

第2章:交差する視線

放課後の廊下。衆哉の言葉のあと、気まずい沈黙が流れていた。 「……やめるって、何を?」 恵斗の声は、抑えた震えを含んでいた。俊介が知らない恵斗の声だ。 「この関係。俺、もう限界なんだよ」 衆哉の声は淡々としていた。怒りも悲しみも感じさせない、ただ“終わらせたい”という意思だけ。 勇気は俊介の肩をそっと叩くと、視線だけで「行ってあげなよ」と促す。でも俊介は動けなかった。動けば、自分の心のどこかが壊れてしまいそうで。 「俊介くんって、優しすぎるんだよ」 勇気がぽつりと呟いた。 「誰かに手を伸ばされるのを、ただ見てるだけ。でも、ほんとは誰よりも――」 そこまで言って、勇気は口を噤んだ。言葉にしてしまったら、もう戻れない気がしたから。 • 一方で、教室の裏手。恵斗はただ俯いていた。衆哉にとっては、ただの火遊びだったのかもしれない。でも恵斗にとっては……俊介に向けきれなかった想いの逃げ場だった。 「ごめん。俺、俊介のこと、ちゃんと好きだよ。でも……俺の中のどこかが、止められなかったんだ」 衆哉は苦笑して、背を向けた。 「それを言うなら、俊介に言ってやれよ。俺じゃなくてさ」 • その夜、俊介のスマホに恵斗からのメッセージが届く。 ――「少し、話せる?」 迷った末に「いいよ」と返した俊介の横で、勇気は黙って自分のノートに何かを書いていた。 俊介がちらりと覗くと、そこにはびっしりと書かれた文字。 『誰かのために我慢するのは、優しさじゃない。自分を傷つけるだけだ』 「……これ、小説?」 「うん。今、書いてるの。モデルは――言わなくても、わかるよね?」 勇気は笑った。でも、その笑顔の奥にある痛みを、俊介は見逃さなかった。 その瞬間、彼はふと気づく。もしかしたら、勇気だけが自分の“今”をちゃんと見てくれているのかもしれないと。 でも、心の奥にはまだ恵斗がいて、離れない。 この四人の心が完全に交差するには、まだ少し時間がかかりそうだった。

ともだちにシェアしよう!