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番外編④:俊介 ―選ばなかった、その理由(わけ)―
あの日、俊介はすべての関係を断ち切って町を離れた。
恵斗の優しさも、衆哉の執着も、勇気の寂しさも。
その全てを真正面から受け止めたまま、彼の心は静かに壊れかけていた。
だからこそ、「自分自身」とだけ向き合う時間が必要だった。
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「……じゃあ、君が描いてたのは“誰かの気持ち”をテーマにした作品?」
芸術系の小さな大学で、彼は今、静かに学びながら、自分の感情をキャンバスに描き続けていた。
先生に問われて、俊介は小さく頷く。
「はい。あの頃、愛されるのが怖くて。でも、誰かに必要とされたくて。
だから、描いたんです――僕が誰かの“理想”じゃなくて、“現実のまま”愛されたかったって」
その言葉に、先生は深く頷いた。
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俊介のもとには、ときどき3人からの連絡が来る。
恵斗は「教育実習、もうすぐ本採用!」と明るく報告し、
衆哉は「また誰かに泣かれた」と相談室での話を送ってくる。
勇気からは、簡素だけど丁寧な文章で、「今度は自分の足で立てるよう頑張ってる」と綴られていた。
それぞれが、彼から離れて、それでも彼のもとへ“想い”を残していった。
(もう一度、誰かと向き合う日が来るかもしれない)
俊介はそう思う。
でも今は、まだその時じゃない。
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夕暮れ。大学のキャンパスのベンチで、俊介はスケッチブックをめくる。
そこには、ふとした表情を描いたスケッチがあった。
――恵斗の困った顔。
――衆哉の怒った目。
――勇気の泣きそうな笑顔。
「……全部、大切だったな」
彼は笑って、それをそっとファイルにしまった。
それは、選ばなかった“愛”たち。
けれど、確かに彼を育てた“真実の感情”だった。
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俊介は歩き出す。
新しい日々の中で、きっとまた“誰かと心を交わす日”が来ることを信じて。
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