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番外編③:勇気 ―お母さんじゃない君へ―
入院生活は静かだった。
白い壁、消毒の匂い、決まった時間に運ばれる食事。
勇気は日に何度かのカウンセリングを受けながら、ノートをつけるようになった。
《5月10日 天気:晴れ》
《俊介くんは、もう僕のそばにはいない。
でも、今もあの時の「拒絶の目」を忘れられない。怖かった。……でも、必要だったんだと思う》
自分を愛してくれる“母親”を探していた。
優しく微笑んで、抱きしめて、どんな醜さも許してくれる誰かを。
――俊介は、そうじゃなかった。
彼は僕に“境界線”を教えてくれた。
どこまでが僕の心で、どこからが他人の意思かを。
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週に一度、見舞いに来る衆哉と恵斗。
恵斗は不器用ながらも「勉強進んでる?」と声をかけてくれる。
衆哉は何も言わず、ただ同じ部屋でスマホをいじっているだけの日もある。
それでも、安心する。
彼らがいると、「誰かといても壊れない自分」を感じられる。
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《6月1日》
《もうすぐ退院。
まだ誰かを好きになる自信はない。
でも、自分のことを“見捨てない方法”を、少しずつ覚えた。》
最後のページに、勇気は小さく書いた。
《俊介くん、あの時止めてくれてありがとう。
あなたがいなければ、僕はもっと壊れていた。
あなたを愛していた気持ちは、本当だった。……でも、あれは「愛」と呼んではいけないね。》
彼はノートを閉じた。
これから先、“誰かを愛する”ための準備を、やっと始められる気がした。
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