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第4話 60分 1万5000円

「では、先払いなのでコースを確認しますね」  テキパキと慣れた様子で説明をする桜の一方で、なんとか財布を用意した男の有様はひどく滑稽だった。ふるふると指先が震える。自分の不甲斐なさをこれでもかと突き示されたような気がした。 「今回は60分のご利用で1万5000円になります」 「あっ、どうしよう2万しかない……」  小銭が足りなくてもたついていると、桜がすっと5000円を差し出した。その指は恐ろしいほど白く、華奢で骨ばっている。男は桜の一挙一動を息を飲んで見つめていた。桜には人の目を惹くミステリアスな雰囲気がある。大抵の人間は桜のその雰囲気にのまれて言葉を失い従順になるのだろう。男は自身とはまるで違う桜を見続けていると己への劣等感に引きずり込まれそうになる。そんな痛い姿を見せることはなんとしてでも防ぎたい。 「お釣りはあるので、そんなに慌てなくて大丈夫ですよ」 「す、すみません。じゃあ、それで」  桜は持ってきた荷物を置くと、そのまま男と目線を合わせた。男は改めて桜のことを見た。男から見た桜はとても健気な少年に見えた。185センチの長身にもかかわらずどこか儚い白薔薇のような印象の彼は純情そうに見える。目の奥は光の粒に満たされ天の川のように煌めいて見える。きっと性格も一途で真っ直ぐないい子なのだろうと男は考える。街ですれ違ったとしても、売り専のボーイにはとうてい見えない。そもそも桜はゲイなのだろうか。韓国アイドルのように美麗な立ち姿を見て、女性からもさぞかしモテるに違いないと男は確信する。そんな美しい男がなぜ売り専のボーイとして働いているのか。かなり気になるところだが時間も限られているし、客に何かと探られるのは嫌われるだろうと思って男はその疑問を喉の奥に押し込んだ。男は今、お金を払ってサービスを受ける身にあるのだ。客は客らしく素直に言うことを聞いておこうと思った。痛客やクソ客と呼ばれる類にはなりたくない。変なトラブルはごめんなのだ。 「時間ももったいないのでシャワー浴びましょうか」 「あっ、はい」 「それと…敬語じゃなくていいんですよ」 「ああ……そうだね」  ぽりぽりと頭をかいて呟けば、桜はふふと微笑みを浮かべてきた。輪郭のいい唇からつむぎ出される言葉を男は待ち望んでいた。 「お兄さんはこういうお店初めてですか?」  手馴れた手つきでシャワーを浴びる準備をしながら桜が男に声をかける。 「そうなんだ。だから慣れてなくて……」  男は目を伏せ恥ずかしそうに頭を掻きながら答えた。 「ふふっ。じゃあ僕がリードしてあげます」  出会って初めて桜が笑った。愛嬌のある明るい表情だ。男はその笑顔に惚ける。少しリラックスした男は、桜との会話もスムーズに進むようになった。さすが売り専のボーイだ。コミュニケーション能力がずば抜けて高い。

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