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第7話 美しいことは罪なのでしょうか
桜は今年の一月から美少年倶楽部に在籍している鶯谷にある派遣型売り専サービス会社のボーイだ。女と見紛う美しい容貌に負けず劣らない凛とした透き通った声を持つ彼は当時仕事を探していた。よく周囲の人間や初対面の人間からは「容姿端麗だから人生苦労してなさそうで羨ましい」と言われてきた。実際のところ桜自身は自分の容姿について両親に感謝しているし、それを利用して生きてきたのも事実だった。仄暗い承認欲求を満たしては渡り鳥のように転々と居場所を変えていた。
幼い頃から自分の性的嗜好がわからなかった。周りの大人や友人からは「女のような男の子」ともてはやされ、ちやほやされたり、翻って嫉妬され陰湿な嫌がらせを受けたこともある。学生時代は通学電車内での盗撮や痴漢に悩まされたものだ。友人に撮られた写真や動画をSNSに勝手に上げられて、見知らぬ人に声をかけられることもしょっちゅうだった。桜のファンだと自称する男女がストーカーしてくることにも閉口した。自分は全く好意のない相手から一方的に好かれて執着されることが嫌だった。友人たちは美麗な桜の容姿を求めて群がる蟻のように甘い蜜を啜っていた。陰では「女泣かせ・男泣かせ」というふうに話のツマミにされた。「誰にでも股を開く淫乱な奴」と罵られたこともある。それは事実無根であると桜が主張しても彼らは全く聞く耳を持たなかった。桜は彼らに自身の身の潔白を証明することを諦め、彼らのグループから外れた。18歳の生ぬるい夏の暮れだった。それ以降、学生時代の知人と関係を断ち切り今に至る。
桜にとって美しいということは罪であり、逃げられない宿命 だった。人目の多いところではマスクをつけて顔を隠した。この世界には自分の容姿を利用する人間がごまんといるのだと理解してしまった。街でナンパされても、バイト先で口説かれても、桜は頑として自身の隙を見せなかった。他者に入り込まれればまたおもちゃにされるのが目に見えていたからだ。
両親は幼い頃に交通事故で亡くした。桜と3つ歳の離れた弟を残して炎の中へ静かに消えた。幼い頃の記憶でぼんやりとしているが、警察が来て両親は後方から煽り運転をされてガードレールを曲がりきれずに前方にあったトンネルの壁に衝突したのだという。その日は桜の誕生日だった。両親は桜と弟の瞬 に内緒でバースデーケーキを買いに出かけたらしい。炎焼した車の中から煤けたケーキ箱が出てきて、中には真っ白な生クリームを被った崩れたケーキがぺしゃんこになって見つかった。ホワイトチョコの誕生日プレートには「桜 誕生日おめでとう!」と丁寧な字で書かれていた。その時見つかった両親の遺品はそのケーキ1つしかなかった。両親の葬式は静かなものだった。明治時代から名のある名家の娘の母はしがないバックパッカーとして世界を旅する父と駆け落ちして、桜と瞬を産んだ。母の実家は絶縁し、父もまた早くに親族から縁を切られていたので家族4人だけの世界を過ごしていた。通夜には母と父の親族は1人も来なかった。代わりに生前の母と父のとても仲の良い数人の友人が見送ってくれた。
父と母の2人しか頼れる大人のいなかった桜と瞬は身寄りのない子どもが集まる教会へ引き取られた。教会への寄付により桜と瞬は公立の高校へ進学することができた。協会では高校を卒業すると同時に寄付を受け取ることができなくなるため、桜はそこを後にした。今、弟の瞬は17歳で高校2年生だ。協会の寮で桜達と同じように身寄りのない子どもたちと暮らしている。桜は高校卒業と同時にありったけの企業に履歴書を送った。しかし、高卒くらいしか肩書きのない桜が書類選考を通過することは難しかった。運良く面接に漕ぎ着けたとしても、その会社は慢性的な人手不足でパワハラが横行するブラックな会社のことが多かった。面接ではハキハキとした受け答えをして、桜の見目麗しい様を見て性別を問わず面接官の目が輝き採用されることが多かった。しかし、実際に働いてみると同僚や先輩からは妬まれ蔑まれあることないことを社内や取引先に言い振られて解雇されるというのを数社繰り返した。お金に困り、頼れる人もいない生活を送っていた。そんなときだった。渋谷で売り専のボーイのスカウトをされたのは。
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