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第19話 ミケの講習
「んっ!?」
首を傾け何度も唇を重ねてくるミケの顔が目の前にある。白い陶器のような頬と二重の切れ長の瞳を見ていると、その瞳の奥に囚われてしまいそうになる。黒い瞳の奥にはどこか儚さがあり、膨らみのある涙袋には睫毛の影が差している。桜は身体が硬直して動けない。かろうじて爪先だけがひくひくと動かせたがそれでは何の意味もない。キスをすること自体久しかった。最後にセフレに会ったのはいつだったろう。渋谷で逆ナンされてから、数度身体を重ねた。清楚な見た目で黒髪ロングなのに性欲は驚くほど強かったのを覚えている。桜からは誘ったことはないが、たまに忘れた頃にメッセージが届いてホテルに直行していた。桜はミケとの口付けの間にそんな過去のどうでもいいことを思い出していた。きっともう彼女が思い出すこともないくらいの軽薄な男だった桜は今こうして売り専のボーイになるための講習を受けている。そう思ったら不思議と身体の強ばりがすうっと消えていって両手でミケの背中を鷲掴みにする余裕も生まれた。ぴくと僅かに彼の背中が跳ねる。そのまま桜のほうからも唇を押し付けた。上唇を軽く吸い、ミケの口を開かせる。ミケは簡単に桜の舌の侵入を許さずに焦らすように口を離した。
「……っなに。結構ヤル気あんじゃん」
口端を歪めたミケを桜は上から無表情で見下ろす。
「仕事のための講習だろ? ならもっと実践的なこと教えてもらわないとな。《《ミケ先輩》》」
桜の口調は気づけば普段のように戻っていた。小生意気で好戦的、冷めた目をしてると言われてきた色のない表情。
「……ふ。そっちが本性か」
ミケも瞳の奥が暗く光っている。まるで新しい玩具を与えられた子どものように無垢な表情で桜を見つめる。
「じゃあさっさとシャワー浴びるぞ。後輩くん」
「ああ」
ミケは仕事用のトートバッグからイソジンの入った容器を取り出す。桜もそれにならって容器を掴みシャワールームへ向かった。乾いた足音が廊下を渡る。
「先に風呂作っておけ。play中は時間が命だからな。玄関開けたら即風呂溜めに行くくらいの速さで動け。そういうところもお客様からのポイント稼ぎに役立つ」
「わかった」
桜が風呂に湯を溜めている間にミケはクローゼットからバスローブを2着取り出しプラスチックの包みを剥がす。バスマットを敷き、ホテルに備え付けられているバスタオルを2枚用意して洗面台の端に置いておく。
「桜。はい、コップ」
「……? 何すんだ。この液体を飲むのか?」
「ぶっ」
ゲラゲラと腹を抱えながらミケが爆笑する。笑いすぎて目に涙が浮かぶほどだ。桜は釈然としない気持ちでミケを睨む。
「なんだよ」
同い年というのもあって、ミケが先輩だとわかっているのにむくれた態度で接してしまう。
「今どきイソジン知らねえやつとか初めてでっ。わりっ……はは。やっぱ面白ぇわ、お前」
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