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第21話 美少年倶楽部ナンバーワンの桜

「桜くんっ! ナンバーワンおめでとう。オーナーとして鼻が高いわあ。入店して3ヶ月目で初めてナンバーワンになってから、4月もナンバーワンだなんて。2ヶ月連続ナンバーワン!! とってもすごいことよう。桜くんは美少年倶楽部きっての最速ランカーよ」  5月の半ば頃、桜は事務所でオーナーと面談をしていた。その日は珍しく月に1度の店の店休日で、事務所には桜とオーナーしかいなかった。普段とは違う閑散とした室内にいると不思議といつもの騒がしい電話の音やボーイたちの話し声が頭の中に浮かんでは消えた。桜は今年の1月に美少年倶楽部に入店して以来、めきめきと実力をつけお客様を獲得していった。今では50人の常連客を持つまでになった。中でも太客と呼ばれる類のお客様が1人いる。清水という名前の巨漢の男だ。黒縁の四角いメガネと二重顎が特徴の40代くらいの男。入店してまもなく桜を美少年倶楽部のホームページで見つけて指名をしてきた。それ以来、週に1度のペースで桜を指名してくる。たいてい180分コースを利用していて、さらに有料のオプションをいくつも付けてくれる優秀な客だ。桜に心底惚れているらしい。桜は自ら全ての客に色恋営業をかけているが、それを本気で捉えてしまう客も何人かいる。そのうちの1人が清水だった。仕事は健康器具を売り歩く営業職らしく、全国に出張することもあるらしい。その度に地方のお土産の菓子やご当地グルメを買っては桜へプレゼントしてくれる。気の弱いおじさんという印象を桜は持っていた。 「さ! 今日は桜くんのナンバーワンのお祝いよっ。派手にぶちかますわよう。時間も時間だし、ちょっと早いけど飲みに行きましょ」  オーナーはふふんと得意げに笑う。桜はまさかオーナーに祝ってもらえるとは思っていなくてたじたじとしてしまう。 「いいんですか?」 「もちろんっ。行きつけのお店を予約してあるから、タクシーで向かいましょ」 「っありがとうございます……! で、その店ってどこにあるんですか?」  桜の純粋無垢な問いにオーナーはウィンクして答える。 「決まってるじゃない。ワタシの行きつけのお店といえば……新宿二丁目よ」 「新宿二丁目……」  桜はまだ1度も行ったことのない場所だった。タクシーの中でウキウキしてテンション爆上がりのオーナーを見て、桜も少なからず影響を受ける。身体がざわざわとして心音が高まっていく。オーナーは豪快に笑いながら何度もスマホで多方に電話をかけて話している。 (こういうの、初めてだ。誰かにお祝いしてもらって、行きつけのお店に連れていってもらうなんて)  桜は少し感傷に浸りながらタクシーの窓から流れていく風景を眺めた。鶯谷は夕方でもネオンが煌めいている。鶯谷で仕事をしている桜からすると、鶯谷の悪いところは1つしか見当たらない。夜になると道路にネズミが倒れていることだ。それも両手に乗るくらいの大きさのデカネズミ。それはまるで自分が世良にスカウトされていなかったら、美少年倶楽部のナンバーワンになっていなかった世界線の自分のように思えてしまう。

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